第二章 1.

 噂くらいしか耳にしたことはありませんでしたが、王子はまだまだ若い男の人でした。年齢は二十二歳だと伺っています。確かに立派な男の人でしたけれど、彼の目には、まだまだ幼さを感じてしまいました。

 父が、どのようなコネを使い、私を王子の妃にしようとしているのか、その辺りは政治に明るくない私にはよく分かりません。ただ、よく耳にする「政略結婚」というものが自分自身に降りかかって最初に思ったことは、漠然と「嫌だなぁ」という思いでした。

 私はまだ十六歳で、確かに結婚できる年齢ではありますが、だけどまだまだ、色んな物事を学びたいのです。剣術や魔法の勉強も確かに面白かったのですが、私はもっと、他の国のことや、この世界の本当の姿を見てみたい。人間というものの過去と、そしてこれからを考えてみたいのです。これは、行き過ぎた願いでしょうか?

 ……王子とは、最初の謁見の後、二回ほど一緒にお出かけしました。一度目は、王家の別荘として有名な、山脈の麓に。空のように青い湖と、夏でも雪を頂いた壮大な山の風景に心を奪われ、また王子自身もとても優しく、私を気遣ってくれることもあって、とても楽しい小旅行にはなりました。二度目は、騎士団の方たちを連れて、森に狩りへ行きました。私は見ているだけでしたが、魔物すら棲む森の中でも堂々としている彼の姿には、やはり女として、逞しさを感じざるを得ません。

 ですが、それだけです。王子は確かに素敵で優しく、そしてきっと勇敢な人なのだと思います。ですが、彼の隣に立つのは、私ではないと思うのです。私はやはり、旅をして、世界を知りたい。王子が私を好いてくれているのは、よく分かります。けれど、私はまだ、あの人の隣であの人を支えるほどの力はない。

 だから、その力を得るためにも、もっと勉学に励みたいのです。王家の一員となって、そんな自由が与えられるわけがありません。だからこそ、今、世界に向かって旅立っていきたい。

 けれど父は、そんなことは露程も理解してくれない。最近では、私と顔を合わせる度、「王子とはどうなっておる?」という質問責めの毎日です。そりゃ確かに、王子のお気持ちに気付きながら、すでに半年ほど、彼を待たせてしまっている。特に何も言いませんが、きっと母も、同じようなことを感じ、考えているはずです。

 私の意思というのは、存在しないのでしょうか。悔しくて涙が出そうになります。けれど、泣いていれば救われるのは、子どもだけ。私はもう、子どもではないのです。

 だから、泣きません。泣くくらいなら、自分の置かれた境遇を変えようとしなければならない。かつてこの国が、そうして独立を勝ち取り、また魔物の棲む森を開拓し、手狭ながら自分たちの領土を主張したように。戦わなければいけないのです、私は。


          ●


 ティセは、目を醒ました。涙でぐしゃぐしゃになっていた視界を、シーツで拭った。

 ベッドから立ち上がり、ティセは部屋の中を見渡した。トウヤの姿はない。小鳥のトウヤなら、暖炉の近くに据えられた篭の中で、丸くなって眠っているが。

 台所からは、火花の散る音とナイフが食材を切る音が聞こえてくる。ということは、トウヤはすでに日課の肉体鍛錬を終えたらしい。まるで王室近衛騎士団のような激しい鍛錬を、彼は毎日のように続けている。日によって鍛える部位の異なる、なんともちぐはぐな印象を受ける彼の鍛錬を、ティセはしかし、ほとんど目にしたことがなかったが。

 というのも、トウヤの一日は日の出前から始まるのだ。まるで時計でも持っているかのように、ほとんど毎日同じ時間に目を醒ます。そして、日が昇るまでの時間を肉体鍛錬に費やすのである。

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