第一章 14.
いつの間にか、トウヤの左腕は完治していた。破れた服の奥に、滑らかに鍛えられた腕が見える。ティセは手当をしながらその腕に触れ、この男は腕に覚えがあると踏んだのだろう。
トウヤは、どうしてこんな娘を助けてしまったのかと自分を悔いた。しかし、そんなことは簡単なものだ。放っておけないのだ。誰かが傷付けられそうな場に出くわして、放っておける性格ではないのだ。その性格故に、今もこうして森の奥深くで苦しんでいるというのに。
ティセに「帰れ」と言っているのは、本当のところ、自分が手を貸さなくても彼女に危険が及ばない、安全を保障したいからではないのだろうか。彼女がピンチに陥れば、トウヤは半ば勝手に、彼女を救おうとしてしまうのではないだろうか。だから、そもそも自分との接点をなくそうとしているのではないだろうか。
いや、あるいは「帰れ」というのは、自分に対しての言葉なのではないのか? 何もかも棄てて逃げ出してきた自分を、責めているのではないだろうか?――終わらない自問自答が、トウヤの首を締め上げていく。息苦しさに、思わず声を上げそうになった時、彼の手をそっと包む者がいた。
ティセ。
「お願いです。私は、何も知らずに死にたくないんです。お願いです」
真摯な瞳。潤んだようなその瞳。そして、彼女の言った言葉。それが、トウヤのすべてを吹き飛ばしそうな衝撃となって、彼の体を駆け抜けていった。
「……雪が、溶けるまでだよ」
言ってしまって、トウヤはどういうつもりだと、自分を責めた。しかしティセはきょとんとして、それから、にっこりと笑う。
「そうですね、雪がなくなれば、早く森を抜けて旅に出られますものね!」
「…………」
そういうわけではない。しかし、どうして雪が溶けるまでここにいていいなどと、自分は言ったのだろう。分からない。分からないまま、事態だけは進み、それに釣られるようにして、トウヤはもう一度、呟いた。
「……雪が溶けるまで。約束、だからね」
それまでに、どうやってか彼女を説得しようとトウヤは思い――そして同時に、それが不可能なのではないかと、心のどこかで諦めてしまうのだった。
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