第一章 13.
暖炉にくべられた薪が、パチパチと火花を飛ばす。ゆらゆらと揺れる橙色の灯りの中で、ティセは精霊達と協力して、トウヤの左腕を癒していた。
「自信があるっていうのは、こういうことか」
くすりと笑うトウヤ。左腕は、傷が治りかけている時によくある疼くような痒みを訴えてくる。なるべくそちらを意識しないようにしながら、ティセの真剣な様子をちらりとうかがった。
「私、一人娘なんです。だから、政略結婚のために色々と仕込まれて……」
ティセは、トウヤが聞いていようといまいと関係ないとばかりに、訥々と自分のことを語る。政略結婚、とトウヤがオウム返しすると、顔をしかめてティセ、
「今時、時代遅れなんですよ、政略結婚なんて。貴族だからって、なんで貴族であり続けなきゃいけないんです? 軍隊だって、今はもう国が直接運営しているんです。かつては武家だったウチのような貴族が、今さら肩書きにこだわっても、しょうがないじゃないですか」
「僕は貴族については詳しくないから、分からない。だけど、政略結婚が嫌なら嫌だって、ちゃんと訴えたらどうかな? 家出をするなんて、あまりに子どもらしい反抗だと思うけどね」
トウヤが言うと、ティセはむっつりと押し黙る。畳みかけるように、トウヤは問うた。
「家を出て、どこへ行くの? 今度は嘘はなしだ。どこか、あてがあるの?」
「……別に、あてなんて、ありません」
「だったら、」
「ただ私は、世界を見て回りたいんです」
その言葉に、トウヤは、
「……世界を、見て回りたい?」
妙に、引き付けられた様子だった。逆にティセが驚くくらい、真剣な表情。
「ど、どうしました?」
「あ、いや……なるほど、世界を見て回りたい、ね。実にそれらしい理由だとは思うけれど、だから家出するの?」
ティセはムキになって言い返す。
「そ、そうです。世界です。旅人になりたいって程じゃないですけど、この国のことしか知らないのに、あの人と結婚しても、国のためにならないと思うんです」
「……結婚してからでも、どこかへ旅することはできるんじゃない?」
「……結婚相手は、この国の王子なんです」
トウヤは、深く納得した。
国の姫となってしまえば、世界を見たいからと気軽に旅立つこともままならない。この国のことしか知らずに、というのは確かにその通りだ。末席とはいえ、自国のことしか知らずに、国の行く末を決める立場になるなど、笑い話にもならないのではないだろうか。
だというのに、ティセの父親は政略結婚を推し進めようとしているらしい。よくある話だが、やはり王族と親戚関係になれるというのは、どんな国であっても利益となるのだろう。トウヤは少しだけ、ティセの境遇に同情してしまった。
その同情を、肌で敏感に感じ取ったのだろうか。ティセはぱっと顔を上げて、真剣な様子でトウヤに訴えかけた。
「迷惑はかけません。少しの間、ここに置いて下さい。今日、思い知りました。一人では私は旅をすることなんてできないってことを。だから、ここでトウヤさんから、色んなことを学びたいんです」
「いや、それはちょっと、論理が飛躍しているような――」
「そんなことないです! 私は、戦う方法なんて全然知らない。剣を振るのだって、お手本の通りにしか振るえないような、その程度なんです。トウヤさんは、剣を自由自在に操っていた……それを教えてもらえるだけでも、私は、こうして家を出てきた理由があると思うんです」
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