第一章 7.

 腰から提げた片手剣に手を触れた。軍事国家であるリシュウト国は、子どもは幼いうちから硬い木刀を振るうことを教わる。見込みのある者は、そのまま国営騎士団に入ることができるし、そうでなくても、心身の鍛練になる。

 そのためだろう、ローラ家の武器庫には、装飾がほとんど施されていない、鋼をよく鍛えた剣が仕舞われていた。その中からティセは、背丈の三分の一ほどの長さを有した剣を選んだ。盾は嵩張るのであえて持たずに出てきた。それに、精霊魔法を盾として戦えばいいだけの話である。

 魔物とやり合って、勝てるかどうか……しかし、ティセは魔物を倒す気などさらさらなかった。相手の移動が不可能になるような手傷を負わせ、その隙に逃げればいい。無駄な殺生をする必要はないはずだ。

 第一、森は魔物たちの領土だ。ティセたち人間は、その森の一部を開拓し、住まわせてもらっているに過ぎない。魔物からしてみれば、人間こそが侵入者であるのだ。大抵の人間はそれを認めず、人間以外はすべて侵入者であると考えがちだったが、ティセの住むリシュウト国の民にとっては、自分たちが森への侵入者であるということは、言うまでもない常識であった。

 ティセは、トウヤの住む小屋が木立に隠れるまで歩いてから、街とは逆方向――より深まっていく森に向かって、歩を進めた。骨が冷えていても、心は火を宿し始めている。歩ける。歩こう。一歩一歩、足を運ぶ。一歩ごとに体は冷えていくが、しかし同時に、体が軽くなっていく。自由へと近付いていける気がする。

 突然、風が吹き抜けた。これまでと異なる、粉雪のような乾いた雪を含んだ突風。森の外が吹雪いているのだろうか。森の奥深くにまで風が浸食してくるとは、かなり大荒れの天候のようだ。

 再び、帰ろうかという弱気が顔を見せた。しかし、それも一瞬。これだけの吹雪だ、どうせ森の外へ出て平原に出ても、雪に視界を遮られるだけに過ぎない。それに、ついほんの今し方、この森を抜けてみせると誓ったのだ。そう口の中で呟き、雪と風に眼を細めながら、また一歩、足を踏み出した。

 自分がここまで逆境に立ち向かう性格だと、知らなかった。今までの安寧な生活の中では発揮する必要のなかった性格なのだろうか。ともあれ、この反骨精神があるのなら、なんとかなるような気がしてくる。

(そうよ、私だって、ただのお嬢様じゃないんだもの。一人の人間として、自分の為に努力しなきゃいけない!)

 まるで革命家の演説のようだと、苦笑してしまう。もっとも、リシュウト国には革命家などいないのだが。

 ――ふと、風鳴りが耳を突いた。

 いや、風鳴りではない。甲高い遠吠え。ロウの声ではない。ロウはもっと悲しげで孤高な声で鳴く。ということは、魔物だろうか。魔物だって獣のようなものだ、遠吠えくらいは上げるだろう。そう思って、ティセは不意に背後を振り返った。

「ッ!?」

 雪と風の向こうに、二足歩行の魔物の姿があった。頭――人間でいう頭の位置が、巨大だった。ぐりぐりした眼のような器官が、ばらばらに動きながらティセを捉える。やはりそれは、眼なのだろう。

(さっきの魔物とは、全然違う姿をしている……!?)

 よく考えれば、魔物は「魔物」と呼ばれるだけで、それが一体どんな生物であるのかは、まるで謎に包まれているのだ。先ほどのような巨大な体を持った魔物がいれば、今背後にいるような、細長く人の背丈とあまり変わらないくらいのものもいる。魔物という種族が、果たして同一の生物なのかと、ティセは疑問を覚えた。

 魔物が、一歩踏み出す。と同時に、人間で言う手の部分が八本に枝分かれし、それぞれが自由に動き始めた。木の枝に触れると、音もなくその枝を切り落としてしまう。

「いけない!」

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