第一章 5.

「私が言えたものじゃないとは思うんですけど、トウヤさんは、どうしてこの森に? 魔物がいるのはご存知ですよね? こんな危険な森の中に住まなくても、私の国に来たらいいんじゃないですか?」

「いや、そんな……」トウヤは、少し困ったような表情で言った。「……見慣れない顔立ちの人間がいたら、やはり、周囲の人々は困るだろうし、それに、仮に君の生まれた国……リシュウト国、だっけ? そこに住むとして、何の役にも立てないと思うんだ」

 辿々しい、それは誰の耳にも言い訳だと分かる言葉だった。ティセにもそれは分かっていて、だけどこの森で暮らすトウヤを放っておけないとでも思ったのだろう、強情なほどに言葉を継ぐ。

「異国の人が珍しいのは仕方ないとしても、だからと言って外見でその人のことを悪く言ったりする人はいないはずです」

 それは自分の祖国に愛着と誇りを持っての言葉だったはずだ。しかしトウヤにとっては、老婆心以外なにものでもなかった。

「……いいんだ、僕は一人で。――誰にも関わらなければ、傷付くこともない」

「……傷付いたんですね。なにがあったかは分かりませんが、どうすればその傷を、癒すことができますか?」

 どうしてそんなことを言い出したのか……ティセ本人にも、よく分からなかった。傷付きたくないと言っている人間に、傷付いたのかと問うような無礼は、普段はしないはずだ。だというのに、どうしてトウヤに対しては、こんな言葉が出るのだろう? どうしてこんな気持ちが生まれるのだろう?

(きっと、助けてもらったお礼がしたいんだわ)

 ティセはその言葉で自分を納得させた。なるほど、道理に適っている。

 しかしトウヤは、そうは思わなかったらしい。露骨に不機嫌な様子になって、それがティセにもひしひしと伝わってくる。きっと彼の感情を、精霊が伝えてくれているのだ。いつもはありがたい。しかし、今は少しばかり心がチクチクと痛む。

 トウヤは、表面に貼り付けただけのような笑顔を浮かべて言う。

「僕が傷付いたかどうかは、割とどうでもいいと思うよ。それをわざわざ聞き出すのは、余計な干渉だと僕は思うんだけど? それともそれが、君の国のマナーなのかな?」

 嫌みったらしい、棘の生えた言い方に、ティセは思わず黙り込んでしまう。余計なお世話だということは分かっていた。しかし、彼女はこうして、人の傷を癒そうと思ってしまう節があるのだ。きっとそれは、彼女が治癒魔法を得意とするのにも繋がるはずだ。

 だがそれも、度を過ぎれば迷惑となる。当たり前だ。人が皆、自分と同じくらいに他者からの干渉を求めていると考えるのは、やはり思い上がりなのだ。

「ごめんなさい……」

 ティセは、謝った。その声が小さく震えていることに気付き、トウヤは言い過ぎたと瞬間的に悟った。傷付いていると図星を突かれて、反射的に相手を傷付けるなど、トウヤの望むところではなかったはずだ。

 謝るべきは、こちらの方だ。そう思い、口を開きかけた時には、先にティセが別れを告げていた。

「もう行きます。危ないところを助けてもらい、ありがとうございました」

 ティセは自分には丈の合わない外套を脱いで、そっとトウヤに差し出す。トウヤは口の中でいや、などとぼそぼそ言うばかりで、ろくな言葉も喋れずにいる。差し出されるままに、外套を受け取っていた。ティセは荷物を担ぎ直し、腰に剣を刺し、自分の外套を着込んだ。ごわごわと重いのは、それがリューヌの毛皮だからだけではなさそうだった。

「……家に、帰るの?」

 トウヤは、ようやく口から出てきた言葉がどうでもいいようなことだったことに苛立ちを覚えた。いつもだ。肝心なことは、言葉にできない。

 ティセは頷いた。寒さに強ばったような、ぎこちない動きだった。

「小鳥は見付けましたから……それじゃ、お世話になりました」

 ぺこりと頭を下げ、そして、ドアを開けて出て行く。雪はますます酷くなっているようだったが、ティセはまったく振り返ろうともせず、雪の中へ歩み出した。鳥かごを抱えて背中を丸めた彼女の様子は、まるで悔し涙を流すようにも見えた。

 トウヤはドアを閉めることもできずに、じっとティセの後ろ姿を見送っていた。

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