第一章 4.

「魔法使いが珍しい?」

 言われて、ティセはようやく、自分が魔法使いのことをじろじろと不躾に観察していたことに気が付いた。かっと顔が赤くなる。

「ごめんなさい、つい……魔法使いというより、そもそも、異国の人を見るのが初めてで……」

 ティセは俯きながら、もごもごと呟くように謝る。

「いや、気にしなくていいよ」と魔法使いは笑い、「僕も最初は、眠っている君のことを観察したからね。白い肌に金髪だなんて、やっぱりそうそう見られるものじゃないし」

 そんなに珍しいかしら、とティセは思い、自分の体を見下ろした。もちろん顔が見えるはずもなく、それどころか自分が、魔法使いのものであるはずの外套を着せられていることに気が付いた。

「あ、これ……」

「いいよ、着てなよ。僕は結構、この寒さには慣れてきたんだ。でも、君はそうじゃないだろう?」

 魔法使いが意地悪そうに言う。その言葉がなにを指すのか――温かい寝床と食事が約束された貴族を揶揄する意味なのかは、ティセには計り知れなかった。

 ティセは少し気まずい思いで、部屋の中を見渡す。一間にベッドとキッチン、テーブルとソファが置かれたその部屋は、どうやら一部屋がすべての生活空間であるらしい。暖炉があり、外よりだいぶ温かいだけでも充分なのだろうが、ティセにとってみれば、みすぼらしい以外の形容が見付からない。

 そのみすぼらしい部屋を暖める暖炉の前に、大型のギウの胃袋を鞣して作った鞄が置かれている。ティセが抱えていた荷物だ。そこには食料と水、毛布と地図といくらかの金貨が収まっているはずだった。そして傍らには、ついに抜くことのなかった剣が立てかけられている。

「君の荷物だよね、これ」魔法使いは立ち上がり、暖炉のそばに歩み寄った。「貴族のお嬢さんが、付き人も連れずにこんな森の中にいるなんて、僕じゃちょっと考えられないことなんだけど……なにか理由があるの?」

 どこか、責めるような調子なのはどうしてだろう。ティセは黙り込み、じっと床を見詰めた。魔法使いは、しかしなにも言わずに、ただティセの答えを待っている。

 やがてティセは、観念したように小さな声で答えた。

「……飼っていた小鳥が、逃げてしまったんです。だから、それを追い掛けて、森にやってきました」

「そうか……」

 魔法使いは呟き、そしてティセの服装と荷物をちらりと見やって嘆息する。

「まあ、そういうこともあるのかも知れないね」

 魔法使いは、部屋の隅にぶら下げていた鳥かごを手に取った。蔦を編み上げて作ったのであろうその中に、一羽の小鳥が大人しく止まっていた。

「あ、トウヤ!」

 ティセが声を上げる。その声に反応したように、中にいた小鳥――トウヤが、ちよちよと鳴き始める。ティセはベッドから立ち上がり、魔法使いの手から鳥かごを受け取った。

「トウヤっていうのが、この子の名前なの?」

「そうです。……どうも、ありがとうございました。無礼な態度を取ったこと、お詫びいたします」

 ティセは深々と頭を下げる。こういう躾の良さに、魔法使いは好感を抱いた。

「ところで、あなたのお名前は、なんというのですか?」

「……トウヤ。その鳥と、同じ名前だよ」

 魔法使い――トウヤが答える。その声はどこか暗く、そして照れ臭そうな声色であったが、ティセはそれには気付かず、ぱっと花のように笑った。

「すごい、奇妙な偶然があるんですね!」

「まあ、そうだね……鳥に付けるような名前なのか、僕の名前は……」

 トウヤが落ち込んだように見えて、ティセは取り繕うように言った。

「そんなことはないです。ただ、私の好きな言葉だから、この子の名前にしただけです。……なにか、探し物があるんですか?」

 ティセが尋ねる。トウヤは眦を上げ、半ば睨むようにして彼女を見詰める。その視線の鋭さたるや、割れたガラスの鋒に似た冷たさを放っていた。

「……それは、どういう意味?」

 トウヤの低い声。その声は不機嫌なようにも、怯えているように聞こえる。ティセはぶんぶんと首を振って、

「違います!……トウヤって言葉は、元々『探す』って意味らしいから、そんな意味を込めて名付けられたのかな、と思って」

「ああ、なんだ、そういうことか」トウヤはふっと息を吐いた。「残念だけど、意味は全然違うかも知れない。『夜を統べる』って意味の名前だよ」

「夜を統べる……変わった意味の名前なんですね」

 ティセが感心したように言う。トウヤはそれに苦笑するだけで、なにも答えなかった。

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