失われた物語

幻典 尋貴

失われた物語

「やぁ、カタリ。珍しいね、僕を呼び出すなんて」

 学校の屋上、夕日に染まった空間が唐突に歪み、一匹のふくろうに似たトリが現れる。

 羽根が付いていながら、このトリは何故か飛ばずに現れる。異次元から来ているのか、何処どこかから転移して来ているのかは分からないが、その現れ方はファンタジーに満ちたこの世界らしくて良い。

「それで、どうしたんだい?」

「あぁ、トリ。“至高の一篇”についてなんだけどね」

 スマートフォンを取り出すと、青い四角に鉤括弧かぎかっこのようなマークの描かれたアプリを開き、マイページから一つの小説を選択する。そして、「これなんだけど」とトリの顔の前にグイッとスマートフォンを突き出す。

 その小説は『あたらしいちきゅう』という題名のSF小説。何らかの理由で新しい地球に来た人類が、旧地球の記憶を書き換えられた世界の話。そんな中、記憶の書き換えを行われなかった観察者と呼ばれる女性が記憶操作の酷さを語りながら展開する。しかし、最終的に彼女は人間の愛の素晴らしさを求め、本当は死んだはずの人間をクローンとして復活させてしまうという罪を犯す。女性はこれでは記憶操作と同じではないかと自己嫌悪に陥り、最終的にはその世界での記憶の無意味さを嘆く。

 SF小説としては好きだが、暗い感じで話自体は好きではなかった。

「ふんふん、『私は色々な人間と人間のエピソードを見てきた』か。これがどうしたんだい?」

わかってて言ってるんだろ、トリ。僕はこの人が“至高の一篇”について知っているんじゃないかと思ったんだ」

彼女は小説の中で様々な人間の繋がりを語る。

「でも、これは小説だろ」

「いいや、これは実話さ。詠目よめのお陰で分かったんだ」

「どう言う事?」

 僕ははぁと息を吐き、答える。

「君が授けてくれた能力だろ。人々の心の中に封印された物語を見通してる内に、忘れられた記憶があることが分かったんだ。…やっぱり適当に選んだんだな」

 そう揶揄すると、トリは真剣な顔になる。

「適当なんかじゃない。ちゃんと意味はあるさ」

「まぁ良いけど」

「それで、詳しく教えてよ」トリの顔はいつも通りに戻っていた。

 僕は話す。まだ中盤までしか行っていないが、人々の心に有った封印された物語を繋ぐことによって見えてきたこの世界の真実を。昔の地球と新しい地球がある事。ほとんどの人が記憶を操作され、古い地球を事。そのせいで消えてしまった“人の繋がり”がある事。

「だからやっぱり、この話は実話なんだ」僕は確信を持って言う。

「君がそう思うのなら、そうなんだろうね」

「それで、この人の所に行こうと思うんだ」そう言うと、トリが嫌な顔をする。多分、僕がいつもこう言うから。

「だからさ、道案内よろしく」

「全く、僕はマップじゃないんだよ!」

 そう言いながらもトリは僕が伝えた場所に向かって道案内を始めてくれる。

「ところでさ、そろそろトリって呼ぶのはやめてくれない?」

「じゃあ、ヨミトリ」

「まぁ、それで良いや」

 歩き出した僕らの真上、空には一番星が輝いていた。


 古いアパートに着く。

 ボロボロの様に見えるが、きっとこの新しい地球にそう見える様に新しく造られた物なのだろう。

 301号室に、あの小説を書いた彼女はいる。

 彼女は小説に自分の特徴を書きすぎた。あれなら僕でも彼女を特定できる。まぁ、あれを実話だと気付かないと無理な話だが。

 僕は、“至高の一篇”の事を教えて貰う前に、しなければならない事がある。

 物語を届ける仕事だ。

 愛を求めた彼女は、小説の中で自分を擦れてしまったと評価した。

 ならば、そんな擦り傷を塞げる様な物語を届けたい。

 だってそれが僕の仕事だから。

 ドアの前に立つ。インターホンのボタンを人差し指で押すとピンと鳴り、離すとポーンと鳴った。そしてゆっくりとドアが開く。

「どなたですか」

「貴方のための物語をお届けに参りました」

 そう言って一冊の本を差し出す。

 彼女の為にヨミトリの魔法で作った本。

 中には彼女が知らずの内に愛の物語が入っている。

 実は、彼女も記憶を操作され、消えてしまった“人の繋がり”がある。

 彼女を愛し、彼女に愛された男がいた。

 前の地球で、叶わなかった愛の話を、彼女に。

「これは…?」

 彼女が聞く。

 ならば、こう答えるしかあるまい。

「読めばわかるさ!」

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