第7話 とあるワン娘の変身プレイ

 リンカが駆けることで掻き回された室内の魔力。ポップしたレレト集団の性能。そしてイシスによって還元された魔素の拡散速度を確認した狩済磨は、この場所の異界強度が回廊部より三割近くは高いと判断した。


「ふむ、リンカー、全力で床を割ってもいいぞ」

「えっ、思いっきりやっていいのっ!?」

「まあ試しだ。そのまんまで拳でなら許す」

「じゃっいくのっ!!」


 スカート姿の少女がするにはやや悩ましい、脚を大きく開いて腰を落とし、空手の瓦割りを連想させる姿勢になったリンカは、足下の床に視線を固定すると右腕を静かに引き……打ち出す間を残さずに拳を真下に放っていた。冗談みたいな衝撃波が周囲を襲い、自分と直ぐ近くに立つイシスの髪を舞い上げ掻き乱す。

 “パァーーーン”という打撃の音はインパクトから一瞬遅れて皆の耳に届いた。それは意外にも軽い音であり、リンカの拳が内包した破壊力が床には一切伝わらなかったが故のリンカ自身の腕が鳴らした自壊の音の証明である。


「ったーーーーいっ……のーーー!」

「ふむ、まあ大体予想通りの結果か」

「過大な攻性魔力に対する対消滅結界が機能したようです。これは私も初めて確認しました」

「イシスの戦闘手段は純粋な物理に近いからな。というかリンカ並みの魔術攻撃を出せるのはそうそう居ないし、当人じゃねぇと確認のしようもねーわ」

「うーあーっ、超再生の魔法が一瞬だけ中和された感覚なのー」

「なるほど、て事はこの室内空間自体がゴーゴンの加護が入ってた神域って証拠だな。普通、神性の効果は同じもんでしか帳消しできんし」


 この世界では神話の伝説に埋もれて消えず現存する神々が人間やその他の生き物を素材に色々とヤンチャをし続けている。加護や恩恵という名の魔改造がその代表で、その人間の直系子孫にまで伝染するような特殊能力を付加し、超人や魔人をその時の気分で創り出していた。

 リンカの家系もその一つである。愛城家の始祖は人間社会の聖職者を生業にしていたようで、それに見合う聖属性の魔力適性を尋常でない規模の加護で得たのである。

 そして聖属性に関する魔術に魔法は生命をより高みに至らせる効果がある。最初は敬虔な信仰の徒であった系譜も代を重ね、自らの加護の効果をより引き出す研鑽を重ね続けて現在に至った結果、すっかりプロテインな生命溢れる筋肉の権化と化してしまったのは……加護を与えた名もなき神の大いなる誤算だったのではと……御近所さんの同類ザ・ゴッズの共通見解だったりするのは、愛城家の身内には戒厳令指定らしい。

 ともあれ、そういった神性が関係する能力に干渉可能なのは同じ神性をもつ効果のみ。ならばこの空間は、ダンジョンという異界でありながらも神界に近いものと化しているという証明である。


「うん、ゴーゴンの庭先化してんなら得体の知れない時空に歪む可能性が少ない分、安心できるな。んじゃリンカ、今度は本気の全力で……ああ、あの柱の一本も圧し折るつもりでやって良いぞ―。変身も許す」

「わおっ、なの!」

「……いいのですか?」

「加護が効いてるってことは、この空間内は現在進行形で当人と繋がっていることになる。万が一ヤバいと思えばあのババアが勝手に対応してくれるだろ。で、オレはリンカのMAXのデータも取れるって結果になるから楽で好い」


 さらに内心では、これでゴーゴンの神性が少しでも弱体化すれば隣接する時空を歪め馬翁荘に侵食してくる心配も減るだろうという、リンカ関係とは全く関係無い私情の計算も働いてたりするのだが、そこは言葉にしない下劣さの狩済磨だった。



 ジャイアントセコイアに似た意匠の、大理石の材質を模した謎の素材の柱。その一番近い一柱に近づき、およそ10mの間をもって立つ愛城リンカ。

 天頂部が霞むほどにも高く巨大な柱を前に、ともすれば長い金髪の中に埋もれがちな垂れ耳も大きく持ちあがり、当人の興奮の感情がよく伝わった反応をしているのが判る。

 尻の上、腰椎に接続された尻尾も大きく勢い良く左右に振られ、その感情が歓喜であるとも示している。正に、ジャンルが違えば足下に嬉ションの聖水溜まりすら産みかねないハイテンションな状態であった。


「往くのっ、変身っ、プーリーサンディ!」


 起動の祝詞に反応し、神域化の理に染まった魔素が強引に引き離されて自身の周囲を『愛城リンカの世界』へと染め直される。狩済磨謹製、リンカ専用ぶっ壊れ武装解禁の第一段階である。

 武器はともかく防具とは、本来、瞬間的な装備換装方法には適さない類のものになる。その日その時の体調によって、そのフィッティング性は微妙に変化し、事前に設定した着脱工程が完全に機能しない問題があるためだ。さらには魔術的な付加を添加した装備ほど“着付ける”という行為が一つの儀式にもなって装着者の強化に繋がる。防具に限らず、衣類全般ただ頭から被り着る程度の工程では、その身に布を巻き付ける意味以上の効果は発揮しないのである。

 しかしアニメ女児は妥協しない。変身と唱えた後の御着替えの時間を無かったものと記憶から消去はせずに、本当に一瞬で着替えれるという夢は捨てない。『成りきる』とはそういうものなのであって、あくまで当人達には模倣でないのである。そして当然、衣装作成の絶対条件としてリンカはその無茶ぶりを狩済磨に要求した。

 その解答がこれだ。


 最初にリンカが衣装を着た時点で、それは一度リンカの第二の外皮として当人の魂魄情報へと記録される。そして起動ワードにより活性化し魔素の状態から物体へと状態を変質化させる。その工程には衣装の持つ機能の解放も条件づけられ不活性状態では完全に休眠状態として隠蔽される。

 つまり、見掛けは置いとき常に着たままの状態で体表に固定しておくという、荒技である。この状態は待機中でも稼動中でも絶えず魔力を供給し続ける必要がある非常に燃費の悪い仕様ではあるが、元から魔力を余し気味なリンカなら問題無いという容赦無い判断で行われたものとなる。処置後に狩済磨が計測したところ、リンカの総魔力量の2%がダダ漏れと同様の無駄遣いになっていた。しかし当人は文句どころか大はしゃぎ。もらった初日は所構わず起動しまくり、自宅の数割が半壊する騒ぎで慌てて起動セーフティを増強した経緯すらあったりしたりなかったりしたり……。

 ともあれ、要は現実の瞬間換装とは、多大な投資と手間をかけてでしか不可能という説明である。


 外部からの魔力干渉を防ぐ領域でリンカは変貌する。

 元のワンピとお子様パンツは光属性の魔素として昇華消滅。そのまま全年齢対象仕様の謎の光に変化しリンカの肢体に纏いつき、大きなお友達の視線はどの角度からも通さない絶対防御として機能する。

 自身の魔力と周囲の魔素から不足分を補いつつリンカの表皮は一瞬でラベンダーの衣類を生成。露出過多でも視る者が性癖異常者でなければ『まあ可愛い』で済まされる程度のマイクロビキニで要所を覆う。その上に顔の下半分を隠すシースルーのヴェール、四肢にも肩から手首が、付け根から踝までが同様の筒布で覆われ素肌が隠される。胴体は腰に緩くシンク調の帯が巻かれるだけだが、全身の要所要所の情報量を増やすためか沢山の玉鈴型のガラスの小瓶付きの金と銀の飾り鎖が彩られ肌色占有率はぐっと抑えられた。頭部には唐草文様ロータスパターンの透かし彫り銀のティアラ、手首と足首にも同じ意匠の飾り環が幾つもはまり、最後に衣装に比べ少々安っぽいプラの質感のポシェットが腰帯に装着されて、変身は完了する。


 全体的な印象はアラビアン風味の踊り子のそれ。リンカお気に入り元の作品が砂漠の異世界を舞台としたものなので、主役のデザインもその雰囲気を醸すものである仕様だ。キャラクター名は『プーリーサンディ』コンビを組むもう一人との合体技を担当する。本当ならサポート役主体の存在である。

 作中では相方が三機合体巨大ゴーレムを謎パワーで作成し、サンディがそのゴーレムの仕様する多彩な武装を、やはり謎パワーで作成し敵の大軍団を無双する展開なのである。


「[オプションズっ!]」


 リンカの呼び声に反応したのは、全身に纏う小瓶の中身。アニメの作中では武装の素材となる謎の砂なのだが、狩済磨アレンジではその詳細を語るとちょっとドン引かれるモノを素材にしたAI的なエクトプラズム型の半自立行動体になる。躾の行き届いた猟犬程度の知能はあるので、リンカを主人として懐く現状立派にリンカのサポートオプションとして機能する。

 因みに、ハーフエルフの三つ子の呼び方はここから流用された呼称となる。


 小瓶から飛び出したオプションズは犬・猫・鳥のシルエットを備えつつも不定形の靄へと時折姿を崩し、リンカの周りを周回。この時点で敵性の存在が近づけば勝手に迎撃の行動を取る。


「[オプションズ]、ジャッジメント・ロードなのっ!」


 リンカに指示によりオプションズは彼女の前方に集結。それぞれが幾つかに分割し環状へと変化。柱を終点にした緩い傾斜をもつ登り階段を形成した。

 そして、ふと狩済磨へと振り向いたリンカ。


「ねねっ、狩済磨くん狩済磨くん。本当にホントに、本気で行って良いのなの!?」

「おー、イイゾー」


 今回の環境破壊案件では、リンカは変身によるレベルアップ強化の無い状態での被害で最悪の結果を出した。ならばそれ以上の被害が予想できる状態を確認しなければ、結局はこの空間も使えなかろうという判断である。


狩済磨さんマスター、しかし仮に、それでこの空間が崩壊した場合は大惨事なのでは?」

「大惨事だなあ、下手すりゃ完全にこの時空との接続も切れるって感じで」

「となると、私共は時空の迷子と化すのでは?」

「お前達はそうなる。しかしオレはならない。例の強制帰還の扱いだな。そして魔力パターンのマーカーを打ち込み済みのお前らは、後からオレが回収可能なので時の迷子の可能性はゼロだ。故に問題無い。というか、この魔の神界モドキが消えてくれる分には大助かりだ」

「……途中から完全に目的が変わっているような……?」

「気のせいだ」


 気のせいではない。確信犯である。


「いくのっ、[ジャッジメント・ハンマー]!」


 アニメと現実の妥協点其の2である。

 本来巨大ゴーレム用の巨大武器という設定は、単にリンカの創造魔術による再現で簡略化された。一応はアニメ用の既定の武装で構築されるよう魔術回路を仕込んだカードにて剣や斧の複数のパターンが作られたが、根が単純なリンカはカードを使わず変身機能を得る前から使い慣れている物で武装するのが通常運転となる。そうしての仕様から[ジャッジメント・ハンマー]は素の状態で自身の背丈を越える3m程のバトルメイス。聖属性から分岐する生命属性という存在で、魔素の性質に偏ったものなので重量はゼロに近い。それでいて攻撃対象が生物の場合は実体並みの重量を錯覚させるという卑怯千万な機能を持つ。またその反応は無生物でも精霊を内包する物体なら効果が出る状態で、実質、万物に精霊が宿る地上では全てが破壊対象になると言っていい。

 変身可能後はその設定に忠実な意識となったのか、増加した魔力により強引に20mサイズまでも変化させれる。しかしそれも理性の範疇による自分に許した変化であって、本気でキレればサイズの上限はリンカの魔力次第となる。関東の岩盤を抜く一撃となれば、その最大サイズがどれ程だったかは、想像も容易いだろう。


 今回は興奮のしきりで目が渦になるほどの状況だが、それでも意識は正常なのだろう。膨張しても狩済磨も何度か見ている20mサイズに落ち着いたそれを頭上でぶんぶんと回転させるに留まっていた。


「いくのっ、[ファイナル・みっしょん・こんぷりーとっ! っなの!!]」


 作中前期の最終必殺技名を唱えつつ自前で創った回廊を爆走。最終的に地上10mほどの高所に舞ったリンカはジャッジメント・ハンマーを横殴りに一閃。そのインパクト部分が丁度柱にヒットする位置で見事に振りきった。


“ッキィィィィィーーーーーーン!”


 破壊こと逃れたが確実に柱が震え、天頂の葉を模したガーゴイルが何千枚と宙に舞う。


「うあうっ、やっぱり固いのっ。でもっ!」


 落下途中のリンカが空中に留まる。その足下にはオプションズの一体が浮遊するクリスタル状の足場となってリンカを支えているためだ。


「変身っ[ウエディング・ランジェリー・モード]、なのっ」


 今度は作中後期、大人の事情でこの手のアニメでは定番化した、スポンサー提供グッズ販促テコ入れ用のお色直しの二弾変身モードの解放である。

 衣装の色が純白に変わり、薄紫の縁取りを所々に残して前のデザインの名残りとする。フリル激盛り。アクセサリーもてんこ盛り。しかしランジェリーなどと冠したためか全体に透かし模様が追加され、原画と動画担当が『バンク無しならもうCGでやってくれぇ』と魂の慟哭を叫びそうな破廉恥度を増量させた。

 因みにこのモードでは疑似的なレベル増加がさらに10上がる。


 変身を終えてのその場での回転。手にした武器はいつの間にかハンマーから長大な剣へと変わっていた。


「[えくすとら・ふぁいなる・サーブ]、なのーーー!」


 伝えられた設定のまま狩済磨が再現した必殺技だが、何故に突然『結婚式』で『ケーキ入刀』の展開なのかと疑問にしきりだったプーリーペア・シリーズ共通の最終必殺技であった。


 振り抜かれた長剣は、今度は逆に柱をものともせずにあっさりと通過。その手応えの無さにリンカの回転は収まらず、自然に回転が治まるまで5~6回は柱を斬り続けた。足下のオプションズが徐々に高度も下げたので、斬られた勢いで起きたズレにより柱はダルマ倒しの輪切りが積み重なったような状態と化した。


「……おおーぅ、流石に30レベル近くまで上がると神殺しの領域になるか」

「こうして現実を見ると、不思議と神様への畏怖が減りますねえ」

「……まあ、お前達周辺の連中は軒並み残念だしなあ」


「ふんすっ、完全勝利っなの!」


 やっと成果を出せて満面の笑みを浮かべたリンカは、少々距離の離れた狩済磨たちへと振り返りVサインを決めてくる。その背後では、やや斜めに斬られたせいか柱の一部がゆっくりとズレて、輪切りの一部がスローな落下の情景を供している。重量感満載の岩の切り株は床への着地と同時に岩混じりの砂状へと崩壊。その後直ぐに膨大な魔素へと還元し、巨大なガス爆発に似た惨状へし変化した。

 その爆音を音と呼ぶのは正しくなく、素で聞けば鼓膜が弾ける衝撃波となって室内を蹂躙した。無事なのは、過去の経験則からこうなると知っていて事前に耳を防御した狩済磨のみ。いい笑顔で決めポーズをしていたリンカ。ただ呆然としていたイシスは魔素の爆風が去った後に、無残に横たわり耳血の血溜まりを生んでいた。


「……ま、流石に神域モドキだな。柱一本が逝った程度じゃ歪みも起きやしねーってか」


 こうなると予想していたらしき狩済磨は、ぶっ倒れてピクピクと痙攣する少女らを気にする事無く感想を述べ、さらに[チッ]と舌打ちすらする外道っぷりであった。


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