第6話 とある地下での迷宮参拝
狩済磨が気にしているのは、体感で10分も過ぎていないにも関わらず、リンカの行動に耐ええる強度を持つのを確認してしまったという事実であった。
「ううう、気分を仕切り直しでのっ、うっきゃーーーっなの!」
テンションのギアを無理矢理上げるような……もしくはアクセル全開のままブレーキで強引に停車していたのを戻されたような雰囲気で再び発狂モードに復帰したリンカは、されど今度は変身はせずに素のままで魔物との戦闘を再開する。
今の装備は実家提供の高品質というだけは解るシルク風の藍色染のワンピースに、例のアニメキャラの決めポーズがプリントされたお子様パンツ、手には周辺に二次被害を出し難いようにとナックルガード型に構成した創造魔術の武装のみ。小さな裸足の御御足でペタタタタっと約20m前方に現れたスケルトンを目標に疾走していく。接敵までの時間は二秒そこら。その間にスケルトンの武装を確認し、向かって左側となる右腕に錆びた長剣、左腕に上半身をまるまる覆い隠すカイトシールドであると観て進行ルートを盾を持つ側へと調整していた。しかし相手も剣士のスタイルの魔物である。リンカの素早い動きに反応し、シールドバッシュの後に怯んだリンカを剣で突こうという動きの準備をする。
その様子を確認した狩済磨の予想は、馬鹿魔力で威力強化した拳を突き込み、盾の防御ごと潰すというもの。しかし実際は、回廊の右端から壁を駆け上がり螺旋の道程をもって天井を逆さに疾走。スケルトンの迎撃行動を完全に無駄にする不意打ちの形の特攻となった。位置的にガラ空きとなった骨の頭部の暗い眼窟に驚愕の意思が浮かんだのは狩済磨の錯覚では無いだろう。見直す暇もなくリンカの拳を粉砕されたが、それだけは確信を持てる光景であった。
天井付近から突き込まれた拳はそのまま床まで達しような勢いだったが寸前で停止。とりあえず、周囲への被害は無いようにとの狩済磨の指示は……今のところ守れているようである。
しかしそれでも、本来ならば勢いのまま放散される創造魔術の魔力の余波で破壊しかねない魔素の変質を、ダンジョンが自前の強度だけで充分に崩壊を防いでいるのは、狩済磨の観察眼で捉えれる範疇の情報だった。
「こりゃ下手すると……オレはこの世界に拒絶されて強制帰還かもしれんなあ」
実はこの男、その独自の体質で『狩済磨ジョージ』という存在を今の世界に固定されている。共通の時空に隣接する異界間の移動には問題無いが、逆に言えばそれに該当しない神隠しの類は効果を打ち消してしまう結果に結ぶ。
つまり馬翁荘の地下に関して言えば、既に違う時空の領域ではと疑う規模の異界化に進んでいると判断したのである。
「……では、今回は安全安心を心がけまして、私の行動範囲に限って進むに留めておきましょうか。であれば、
「そうだな。とりあえずオレが居ない状況になったらリンカへの上位命令権を
「……完全に飼い犬仕様で御座いますね」
「まぁ、今回の仕事は躾のならん馬鹿犬のドッグラン探しだからなあ。んな気分で設定すんなら最適なワードだろ?」
「完全に同意できてしまいますね」
狩済磨は、リンカより随分と前から冒険者デビューを強請られている経緯がある。しかし爆弾じみた基礎能力に戦闘技術が追い付いていない部分から、今まで頑として許可をしてこなかった。狩済磨ジョージという男は自他共に認める鬼畜外道ではあれ、人間社会に接して暮すと決めてはいたので、今の時代では一応は社会常識に沿った対応を心がけていたのである。その中にはリンカの実家より内々に告げられた報酬付きの育成依頼も含むわけだが、契約という形をとった以上、より誠実に対応していたのであった。
しかし今回、リンカの人災被害の震源地化が確認されたことで、そこに例外という形でリンカの能力に耐えれる環境の探索が仕事の主題。だがその確認にリンカ本人が必須なのも当然であって、その一連を一纏めにすれば仕事の内容に『リンカに自制能力をつけさせろ』という言外の依頼が付属する。
結局のところ、例えリンカ用のシェルターが発見できても面倒事の度にそこへ狩済磨が運び込む手間があるわけで、より重要度の高い問題はリンカ自身の成長という解答になるのである。
最近は周辺からリンカの保護者と認知される狩済磨は、とうとう実父代わりの面倒まで押しつけられたかと辟易する状況なのであった。
「まぁ、本物の親父が親父だしなあ」
実の娘とは似ても似つかない、バルクの権化のような男の記憶が狩済磨を苛む。実のところ戦闘時のリンカも脳筋であるが、その親父は遥かな高みに君臨するほどの脳筋である。愛城家の特性は一応は聖職者の系譜のはずなのだが、行動原理は戦時の十字軍が如し、立ち塞がるは滅せよを地で往く。なにせ、当人達は回復の魔術は常備する上に蘇生魔術も普通にこなす。過去に一度、狩済磨はリンカの実父を即死させたこともあるのだが、それでも死にきらない間に自分で蘇生し復活すらしたのだ。魔術の才能では既に父親の上だというリンカの場合、魔力さえ尽きない状況なら確実に不死身だろうと身内からは認識されている。
「まあ、この特性が有りやがるから技量の方はちっとも上がらんのだが」
「しかし、先程の対戦は多少は策を弄したと思いますが?」
「ダンジョン内でタイマン用の戦法取る時点で馬鹿だろうが。此処は敵が無数に、何処かから襲ってくるってのが前提だ。一対一に思考を割く時点で落第なんだよ」
「……御厳しいですねえ」
「ま、遊ばせてやってるって状況だから許してやってるがな」
他にも、現状はまだ小出しの威力でダンジョンの強度確認のデータを収集中という理由もある。狩済磨の意識には既に安全度は充分と納得している部分もあるが、依頼内容とは別にして、馬翁荘の地下まで壊されては堪らないという自己保身の気分も大きくあるが故の慎重さでもあった。
「では、そろそろリンカ様の御希望に沿うかの場所に着きますので、
「ふむ? ……あ、ちょっと待て。もしかして其処は」
「はい。地下階の方々の御部屋に続くエントランス空間となります」
「きゃーーーっ、すっごい広い場所なのーーー!」
先行するリンカは既にその場所へと至っていた。
第一印象は、何処かの世界一小さな国にあるかのような大聖堂のホールである。狩済磨判断による検索結果では幅が約1km、奥行きは5km。高さに至っては2kmはあろう、地上では絶対に不可能な規模で造られた閉鎖空間。左右200m辺りに前方へと等間隔で聳え立つ
「一応御注意を。あの柱の上空の枝に葉のように見える意匠は全てガーゴイルでして、およそ1kmほども上昇すると無差別に迎撃の対象になります」
「つまり実体験済みと」
「はい、あまりの先の遠さに目眩がしまして。飛んでショートカットしようしたら……、ですが強さはそれ程でもないので、
「単に物量ってのが問題なんだがなあ」
巨木の葉といった意匠は万の規模を軽く超えそうな光景である。当然の感想であった。
「因みに高度200mになりますとロックオンも外されるので、意外と安全とも思います」
「いや、そもそも敵対行動開始の基準が普通の人間には無理だからな」
「他に――」
「まだあんのか?」
「――はい。他に地上においても高速で移動しようとすると別の迎撃機構が……、丁度あのように」
「ん? あー……」
狭い通路から広大な空間に出た解放感からか、リンカの全力に近い疾走に何かが反応して物体化する歪みを狩済磨は感知していた。
「河馬の獣人?」
「いわゆる、眷族の一つと聞いてます」
「となるとあのババアの仕様上……
レレト、またはタウエレト。太陽神以前の古代エジプト系列の神になる。女性を象徴する家庭と出産の属性を持つが、同時に現地民によれば人食い動物筆頭となる河馬の生物としての凶暴性を女のそれに重ねられた類の偶像神である。
魔素から権限した魔物と化したそれは、その凶暴性のみが強調されたのか実に綺麗なアスリート走法を披露し物凄い勢いでリンカを追走する。が、最大速度が足りないせいか何処かのレース場で観るような勢いは有りつつも緩慢な展開に見える追い駆けっこの様相を呈していた。
「おおよそ、瞬間時速80kmであれば追い付かれませんね。まあ楽勝です」
レレトのポップ位置は一定間隔に設置されているのか、リンカの移動距離が伸びるほど後に続く追走者の数は増えて行く。まさにフォーミュラーなレースの様相を呈してきた絵面であった。
「……ま、軽く一周して戻ってくる走りだから放っとこう」
「ですね」
「でだ。図らずも此処のラスボスの部屋の手前まで来た流れになったのに……なんでオレは気づかんかったかなー……」
「最初から私の知るコースでと言いましたが?」
「だよなー、どっか途中でルート変更するつもり……の気を操作されてた流れだよな。あのババアに」
「
「単に相性だ。偶像神の類は司る特徴が顕著だから専門分野にゃ滅法強い。しかも古い女神の系統だからなあ、相手が男なら威力が軽く倍化するそうだ」
「何度かお会いした印象は、御優しそうなのですが」
「ゴーゴンの原種の系統はそんなもんだな。同性には正に聖なる母だ」
人間のコミュニティは規模が小さければ女性が主導した方が安定しやすい。そのため原始的な集団には大地母神などの女神信仰も定着しやすい。偉大な母という心象が、そのまま神格化した結果だ。そうして誕生した女神群を一度屈服させたのがギリシャ神話に繋がる系統の一派。ただの女神は蛇の頭髪を持つ醜い魔物として貶められた。とはいえ元々は生活に密着した家庭の女神だ。例え外見が洗脳教義で変えさせられても信仰自体は途切れず現代まで連綿と続いているのである。故に、今でも最も強力な力を維持している神でもある。
「古代の女神の本性はスゲーぞ。究極の慈愛、真実の愛を多く持ちその結晶を多く産む。なんでも10の美貌の多面を持ち、子を育む乳房も10対、当然胎の下も同様。愛を仕草で語る手腕と赤玉出すまで男を逃がさぬ両脚は無限ってな具合だ。普通に旦那10人と同時に愛を育むのが当時の流行りだったとも言うしな」
「……それは……ある意味羨ましいような?」
「男にしてみれば提灯アンコウみてーな生涯はどうかとも思うんだが、まあそれでディスられて蛇の髪に転じたってとこからすりゃ、後の男尊女卑の世界にも意外な理由があったってとこなんだろ」
アンコウに類する魚類は小さなオスが巨大なメスの身体に寄生し、やがて細胞的にも結合同化し一体化したメスの血管から栄養を貰い生きるただの外部生殖器官と化すのは有名な話。多い場合は一匹のメスの身体のアチコチに複数のオスであったろう名残りを残す出来物のような盛りあがりが貼りついているそうだ。生殖管は胴体表面の何処かから体内へと突き刺し、卵巣へ直接送り込むという交尾ですら無いものなのだから凄まじい。
植物の接ぎ木に等しい現象を自ら体現するのだから、生物の生に対するバリエーションにはただただ脱帽である。
もっとも、それを人間の形態で再現した場合のシュールさは如何程のものという問題はあるのだが。
「……お、折り返して来たか。ピットインのボードでも出しといた方がいいか」
「この場合、後続からの玉突き追突前提の流れとなりますが?」
リンカの背後の様相は百鬼夜行のそれである。しかしレレトの河馬の表情には先を往く
「あー、リンカが気づいて引き連れてるなら始末させてで良いんだが……ありゃ完全にただ走るのが楽しかったって顔だしなあ」
「では、私が?」
「やれんなら殺っていいぞ」
「では」
リンカに向けて狩済磨が軽く手を振り、それに気づいて帰還場所を決めたリンカの速度はさらにアップ。完全に引き離されたレレト一行は心が折れたのか、もはや走るという言葉が当て嵌まらない鈍足での行進と化してしまった。
そして、その伸びた追う物と追われる者の間に身を滑り込ませたイシスは軽くその場でバレエの踊り子の様に一回り。視える者には大きく広げた両腕の十指と片脚の爪先に、光を反射する曲線が写って円を描いていたのが解ったろう。
「
光の円が幾つも重なり水平の広がって行く。その円はレレトに触れて、何も無いように通り過ぎて行く。しかしイシスから離れた円が崩れて、それが金属の光沢を放つ糸であったと解ったあたりで、レレトの全ては上半身と下半身を分断された肉塊と化し転がった。
いわゆる斬糸による攻撃である。その武器の正体はイシスの四肢から変形した部品によるもの。少々痛い技名に関しては、狩済磨由来の異世界の創作物の成果であるので、忖度できる者はスルーして上げるのが優しさというものである。
「あれ、イシスが中二を発症してるの」
もちろん、リンカには忖度などは無縁の言葉である。
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