第5話 とある外道の御宅探訪

 一通りの戯れ事を終えたイシスは当初の予定通り、謎の子持ち昆布を素材に料理の下準備を始めていた。献立は普通に和風の煮付けのようで、タレを作ったら一口大に切った昆布を浸し馴染ませていくだけである。

 ただし、元の量が量だけに作業量がとんでもない。しかもサイズも桁違いなので、そんな料理の光景を流し見る狩済磨の視界には両腕の肘から先を超振動刀に変形させたメイド少女が謎の粘膜を周囲に散らしながら『ウフフ、ヌルル』と怪しく呟き剣の舞いを披露する奇態にしか観えていない。狩済磨が懐かしき地球は日本のシンテムキッチンを模して作った台所が、みるみる透明の膜に覆われていく様はとても料理には見えやしない。しかも時折、魚卵の一部で中に何かが蠢くような映像を視たような錯覚もあったために、半分ほどの分量を終えた時点で昆布は空間収納へ強制回収となる。


「時間が経過する以上、冷蔵庫の中だと明日怖いことになってそうだ」


 そんな判断による英断であった。


狩済磨さんマスター、作業しておいて何ですが、下拵え程度で残り半分の脅威は取り除けたのでしょうか?」

「さあなあ、しかし醤油出汁で絞められねえ食材は存在しないから物が魔物素材でも何とかなるんじゃね?」


 調味料がまるで毒か殺鼠剤のような扱いである。

 しかしこの調味液も、元を質せば基本は狩済磨謹製なのでそういう成分を内包していないとは断言できない。さらに言えば調味液自体も魔物が素材にされている可能性が高いため、既存の性能と思い込むのは非常に危険なものなのであった。

 とりあえず、キッチン内の粘膜物体が全て片付き濡れたメイド服も交換してきたイシスが、ふと思いついたような物言いをする。


「そう言えば狩済磨さんマスター、一般ダンジョンには制限があるようですが、それ以外のダンジョンではどうなるのでしょうか?」

「んー、野良か私有のって話か。そりゃもう極論ルール無用の無法地帯だな。ローカル規約を敷いてるならまだ良心的って感じか。しかし一応は魔物の棲息する危険域だし、役所が噛んでない物件なんぞ、そうは――」

「例えば、馬翁荘うちの地下など、その無法地帯の筆頭ではないかと?」

「――……あ……」


 此処では深く語られない何処か別の時空ジャンルにて、馬翁荘の謎多き地下の一角が解放される逸話があったとか無かったとか。

 その詳細は大人の事情で封印したままとするが、ともかく現状、馬翁荘の地下の一部がダンジョンとして機能しているのは、此処に住む者にとっては周知の事実であったりする。ただし、それはこの外道にしても封印対象の記憶であって、今の今まで完全に記憶の中から消去したものと扱っていたりした。しかし思考の一部すら機械化しているイシスの場合、条件的に必要と感じれば容赦なくメモリー内から復帰させれる情報なのである。


「んー……、確かに異界の強度とすりゃあ、冒険者が定期的に魔素の間引きを済ます地域よりは高い。つーか普通なら飽和するような濃度を強引に封印してたって感じか。部分的に解放はしたが魔素の減衰なんぞ欠片もしてねーからなあ。たぶん直ぐ下の階層でも結構期待は持てる……か?」

「では私も御一緒するのに問題は無いわけですね」

「いや、それとこれとは別の理由でダメだと言ってるんだが、聞けな、おい」

「ですが、私も下の方々の御用聞きで既に何度か地下には下りてますし。多少はガイド役として機能しますが」

「……え、何だそれ。オレ初耳なんだが?」

「殆んどは狩済磨さんマスターが出掛けている時間帯の事ですし。封印解除で外界の情報に飢えてる方々のご要望で、ファッション雑誌などの差し入れを」

「……あんのババア共……」


 狩済磨が馬翁荘をアパートと称するように、その城塞のような各部屋は賃貸物件として様々なモノへと貸しだされている。永く地下階に封印されていたモノ共は、本来は狩済磨が此処を利用するよりも前に居た先住者という立ち位置なのだが、何故か狩済磨の一方的な大家宣言を受諾。今では過去に遡る形での膨大な家賃をポンと払った挙句、体の良い小間使いよろしく今の時代の面白グッズの買い出し要員として狩済磨を使い倒す古漬けニートと化しているのであった。

 そして、そういう既成事実がある以上イシスの参加を拒否る理由が弱いと自分のピンチを自覚した狩済磨であるが。


「……ほっ、幸い、元凶リンカには聞かれずに済んだか」


 食う専門のリンカにとって料理の下拵えの時間は拷問にも等しかったらしい。先程からの不貞腐れた姿勢のまま、リビングのソファに埋まって寝落ちしていた。

本体の意識が沈黙したため後付けパーツの犬耳と尻尾が狩済磨達の言葉に自動反応を示しているが、これは生体アクセサリーとしての基本動作なのでリンカ自身に情報を送っている反応とは別物となる。

 そう、愛城リンカはその家柄からして生粋の人間種である。この世界の常識として日本の地域は大航海時代以前からの混血が進み生粋の日本人的な外見は絶滅したが、白人体質が顕著になった外見が家系的に固定した現在でも愛城家は歴とした異世界日本ヤッポンに根付く土着人種なのである。

 それがどうして獣人のような姿と化したかに関しては、原因は全て、この狩済磨の趣味によるものとしか言いようがない。

 とある理由でリンカと接点を持った狩済磨は、ただその時の趣味の気分で彼女に犬畜生セットを強制施術。そしてホムンクルス製パーツは取り付けた狩済磨も驚く親和性を発揮しリンカの後付け身体端末として自分の身体同然に機能させることとなり、人類を越える五感と身体能力を付加することとなった。それ以降リンカは狩済磨の傍に居ることが多くなり、現在では馬翁荘の住人同然の暮しに至るのであった。


「まあ、近くていい候補地には違いねーから、明日あたりから現場確認はしてみるか」

「了解しました。では戦力不足を補うためにも、狩済磨さんマスターの世界に有るという重力系SF兵器への改修をば」

「それアニメな。虚構、嘘と妄想の産物な。ブラックホール内蔵エンジンとかねーから」


 つい先日、神の御業を再現する魔術を放った男が何を言う……的な、非常識満載の常識的な発現であった。



 翌日。



「きゃはーーーーっ、なのーーー!」


 犬娘リンカの奇声が轟き、一瞬遅れて通路内に軽い地響きが起きる。リンカの得物になったらしい魔物は原型も残さず残骸と化し、直ぐに魔素化の霧となって散ってしまう。馬翁荘の地下に入って、ものの五分もせずに始まった狂犬の舞いであった。


「……スケルトンにリビングメイル、他その亜種がいろいろか。流石は元最前線の砦って感じの由来だな」

「私、内戦時代の記録はあまり知りません」

「ああ、普通の座学じゃ余り教えんしなあ。確か聖歴に直すと1700年代の初期ごろか――」


 その当時は今の東京・神奈川・埼玉の地域を版図とする幕府勢力と、千葉の房総半島に勢力の拠点を置いた反幕府勢力に分かれての内戦が起きていた。地上では隅田河、荒川近郊を合戦場の舞台として何度も衝突が起こり、東京湾を横断する形で浜松町付近からの海上侵攻も起きていた。馬翁荘の前身は、その当時の防衛ラインの一角として建てられた幕府側の砦の一つなのである。


「……ということは、此処に湧く魔物の?」

「まぁ、素体ルーツって考えても、いいんじゃないか」


 因みに、当時の内戦は半世紀に渡って続き、人類としては異常な身体能力をもつヤッポン人の特性から敵味方の個人が範囲兵器並みのバトルを繰り広げた。結果この地は一度は完全に焦土と化し、今も続く結界による封印を敷く一因を生むことにもなっていた。


「どっちの勢力も背後に質の悪い“ヤツ”が隠れてたらしくてなあ、とにかく人間が死ぬ様が見たくて永々と戦わせ続けさせたらしいわ」


「きゃはーーー!」


「……あー、もしかして地下階の方々は」

「もしかしなくても当事者の、本人か関係者は確実だわな」


「気持ちいいーーーのなのーーー!」


「とすると、馬翁荘うちの最上階にあの“方々”が家賃滞納で寄生なされてるのは、もしかして?」

「いや、監視とか愁傷な事じゃないぞ。あのクズ共は単に部下てんし共に役立たず認定されて強制隠居くらった老害だ。しかもいまだに役員報酬は手放さない類の、な」

「はあ……、此処って、本当に危険地帯なんですねえ」


 因みに、狩済磨の基準に当てはめるとこの世界は完全にファンタジーに類する異界になる。なにしろ神に悪魔に妖怪や魔人、人間以外の亜人認定される人種と、現存する生命体のバリエーションが豊かすぎるのである。しかもその名を冠する存在は名ばかりでは無く、その名に相応しい力も振るう。元の世界では人間同士の悪辣さにすら辟易してたが、人外の理不尽が日常に混ざるこの世界の常識は、たとえどれほどの時を過ごそうとも慣れれるものではない非常識なのである。


「ノッて来たーのー! 変身っ、プーリー――」

「そこまで許して遊ばせねーわーっ!!」

「――っぎゃぶっ!」


 リビングメイルの甲冑をダンボールのように拉げさせて遊ぶリンカの危険な兆候に即効で対応する狩済磨である。手段は物理。


 さて、狩済磨に近しい女性陣は、彼女らがこの世界ですくすくと育つ流れでとある女児アニメを観て憧れる時代の記憶を持つ。主に日曜の朝に初回放送され、その後別の放送媒体から無限に再放送が繰り返される変身少女ヒーロー物とも言えるアニメである。アン……もといディアネーが装備していたビキニアーマーも、それらが元ネタ……もとい、モチーフとなった魔道具装備だ。その洗礼はリンカにも当然のように発症していて、年齢的にも現役でアニメに被れているが故にディアネーの装備を羨んだ結果、散々駄々を捏ねて実家の財力すら注ぎ込み狩済磨に造らせた同系列の装備を、既にリンカは有していた。

 まずこの装備の共通する特徴は、元のアニメで披露した機能を可能な限り再現しているというもの。毎年変わる各キャラクターの特色は別にして、か弱い少女が変身して強大な力を発揮するように、変身――稼動状態となった装備は着用者のレベルを疑似的に10以上も上げるのだ。素の状態でも馬鹿魔力による大破壊をしかねないリンカが使ったらどうなるか?

 語る必要が無い大惨事が必然化する事態である。


 不用意に近寄って来たスケルトンの頭部をもぎ取り、手頃な投擲武器にしてリンカを止めた狩済磨を、拍手で讃えるイシスの図であった。



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