第4話 とある連中の幕間劇

 環四かんよん迷宮、地下32層のモンスターハウスにて。

 ジョンを始めワンカとアンにハーフエルフの幼女達オプションズは再びの強度テストを行っていた。


「ダメだな……、まだ強度が足りないわ」

「えええーーーっ、なの!」

「「「ワンカまーじバカまりょくー!」」」

「うっさーーーいっ、なの!」


 30階層のショートカットから二階層ほど歩き詰めでのテストであった。全員体力的には問題ないが、幼女達は年相応に飽き始め、ワンカもそれに釣られるように気力が落ちている。さらにはアンの集中力が途絶えがちにもなっていて、そろそろチームとしての行動に齟齬が出ても可笑しくない状況になっていた。


「うん、ディ……じゃなくて、アンがこの程度で調子崩すのは珍しいな?」

「あ、ええっと、実はそろそろお乳を上げないとな時間になってまして……はい」

「ああ、ディーネスってまだ離乳食が始まってないのか」

「いえ、もう時期的にはそうなんですけど、甘えん坊でまだ半々な感じなんですよねえ」

「……ああ、じじばばの甘やかしが半端ねーからなあ」


 アンはこう見えて現在一児の母である。年齢は十代なのだが、この世界の既婚年齢は地球に例えると江戸時代に等しいものなのだ。さらに言えば妊娠と結婚がイコールでもない。夫婦にならないまでも体力のある若いうちに出産だけは済ませておき、仕事を持っていればそれに集中する。親が居なくても次代は母方の家族全員で育てるというのが一般的だ。特にアンの家系は一つ上の代から冒険者ギルドの支部運営を担っていて、構成員の子供を纏めて養育するシステムを備えている。普段はそこに自身の子であるディヘネスも預け、実質ディーネスの祖母に当る人物が面倒を見ているのである。

 さらに最近、アンは生き別れの実父にあたる人物とも再会。これがもう年頃の実娘への対面で親バカを発症した直後に初孫との対面でさらに爺バカも併発。中々に手に負えない厄介な存在と化しつつあるのだから、アンの胸中は複雑である。


「先生……じゃなくてお父さん、最近は頻繁に仕事を抜け出して家に来るそうで。よく母さんにお店ギルドから蹴り飛ばされてるんです」

「わはははは、まあ騎士堂教師にとっちゃ孫娘でもあるしなあ、無理無かろうとも想像できるぞ」

「でもそれを毎日観てるディーネスが、男性は蹴るものだと覚えてる感じで。ちょっとあの子の将来に不安が」

「あー……うん、まあ祖母が祖母ディオレッタだし……アキラメロ?」

「そうなんですよねえ……、はぁ」


 アンの実母は女手一つで20年近く娘とギルドを維持してきた女傑である。しかもこの世界のバブル景気の光と影を最前線で乗り切ってきた実績もある。ある意味箱入り娘として育てられたアンが面倒をみるよりは確実に良い育成環境ではあるので、いかな実母とはいえ、アンに育児関連の発言権は無いに等しい環境なのであった。


「うー……。狩済磨かりすまくん……じゃなくてジョンくんジョンくんっ、そろそろ妥協しても好い頃合いだと思うのなの。ちょっとくらいの環境破壊なダメージは偉大な自然の治癒力が何とかしてくれそうなの」

「ドアホウ! まかり間違って環状四号線規模の大陥没が関東で起きたら異世界日本ヤッポン壊滅だわっ。それでなくともテメーは一度関東の岩盤ぶち抜いてんだから自重しやがれ!」

「うーっ、うううーーーっ!」


 しかし結局、全員の集中力が途切れた時点でこの活動には無理があった。何とか40層のモンスターハウスの確認はできたものの、やはり強度不足で使えないと判明した上に幼女達の睡魔による電池切れも起きた事で、この日の活動はお開きとなった。

 環四支部への探索終了の報告はスッポかしての帰還となったが、それを気にする者も誰一人として居なかったため、欠片も話題にのぼること無かったのであった。



 そして数日後。


 馬往まおう通り、翁馬おうま横町、百波ひゃくは界隈。

 関東に在りながらも結界に覆われ余人は知らず、存在しない土地として捨てられた棄民の地。掘っ建て小屋同然の家々を黒塀で囲い、路地による迷路のような回廊の先に在る、とある欧風の石造りな要塞じみた外見を晒し、しかして大家は集合住宅アパートと無駄な主張をする謎の建築物である『馬翁荘まおうそう』。その一階の大家が住む管理室にて。


「うーがぁーあああっ、リベンジするのっ、リベンジなのっ、冒険者再開なのーっなのっ!」


 少し前までは『ワンカ』と偽名を名乗っていた愛城あいしろリンカが吠えていた。

 本来ならば東京城管轄の武門の上位家臣、愛城家の三女であり、武家ではあれこうまで乱暴な言動を日常で晒す少女では無かった。それが変わったのはこの馬翁荘の大家にして同じクラスの学友として活動するとある男の影響である。


狩済磨かりすまくん狩済磨くんっ、またダンジョンに行くのなのっ。今度は最初から100階でも良いと思うのなの!」

「阿呆、オレでもそんな階層行っとらんわ。っつーかな、他の連中の予定がつかんから行きたくとも行けんのが実態だ。諦めろ」

「ええー、駄肉女アンは?」

ディアネーアンは学校行事な」

三つ子オプションズは?」

本体ママのサポートで御上関係の仕事に行っている」

「むむむむぅ」

「一般ダンジョンへの未成年の探索は、最低でも成人二人のサポート参加が必須条件だ。探索の理由がお前の関連な以上、事情を知らん部外者を都合よく使うって選択は無い。だから諦めろ」

「むううううっ、狩済磨くんが意地悪なの」


 狩済磨ジョージ。外見の推定年代は二十代後半の、目付きの悪い黒髪無精髭のチンピラ日本人といった雰囲気の男である。一般的なプロフィールは先のものとして通しているが、実のところこの男、ここ数千年はこの姿のまま生き続けている人外の人間であった。人としては異常の一言であるが、本人にそれを言ってはならない。その部分の指摘はこの男の逆鱗であり、自分は人間であるという部分に固執していのである。

 もっとも、その人外の能力を都合よく使うことに躊躇もしない適当な感性も併せ持ってはいるのだが。

 現在はこの地にて拠点を持ち、ひっそりとそこそこ安定した暮しをしていた。大家家業に加えて学生とバイト三昧の生活という意外に勤勉な生活であったが、その如何にも職質を毎日受けますな人相の悪さどおりに行動も危険で怪しいのも事実。残念ながら健全モードではこれ以上語れない実情なので、そこは省略するのは勘弁願いたい。

 とりあえず、この男の最近の座右の銘を代弁すると。

『誰にもバレなきゃ犯罪とは言わない』

 ……である。

 良い子は決して目にしちゃイケナイ類の存在であった。



狩済磨さんマスター、では私が代わりにサポートに入りましょうか? 最近は冒険者の等級も上がりましたし、ディアネー様より技量は落ちますが人数合わせなら問題無いかと」

「あれ、イシス帰ってたの、なの?」

「はい、創作料理用の素材の捜索も終わりましたので」

「今お前、自分で上手い事言ったと内心思ってんだろ」

「………………」

「まあ、そんな言動が出るなら脳機能のマッチングが進んでるっぽいが、まだダメだな」

「そうですか。残念です」

「むうー……なの」


 二人の会話に途中参加してきたのは枝堵崕えどがけイシス。狩済磨のメイドを自称する居候である。元は狩済磨やリンカの通う学園の学生だったが紆余曲折の末にバラバラ死体に。最終的に生身の脳のみを狩済磨が再利用し、特殊なホムンクルス型サイボーグとして再誕した。しかも鬼畜なことにその費用を狩済磨に請求され、現在はコツコツ冒険者活動をしての返済中である。


「つーかな、イシス。冒険者資格は持ってても、お前もまだ未成年なんだからサポートは無理だ。後な、前の仕事の不手際の苦情がディオレッタ経由で俺のとこ来てるんだが、よく昇格できたな?」

「……はて?」

「滑空配送は速くて便利だがな、瀬戸物背負っての墜落で到着ってのが無事に済むと思ってたか?」

「……はあ、狩済磨さんマスターの御尽力あってのこの身体、特に故障もおきてませんでしたが?」

「だから荷物の方は完全に粉砕したんだと。しかも室町頃の年代物だったそうだ。現在修復士が不眠不休で直してるんだとよっ!」

「ああ、なるほど。[イシス・ジェット]ではなく[イシス・ローダー]での地上配送にすれば良かったのですか。ですが地上で速さを求めるとうっかり通りの店舗を倒壊させてしまうので、その当りの選択が難しいのですよね」

「……お前なあ……」


 因みに、イシスの人造部分は頭外部と胴体が生体ホムンクルス。腕と脚部の四肢は金属製生体のオリハルコンで構成されている。このオリハルコン、金属骨格に変形機能を付加すると筋組織が皮膜化して多種多様な形状をとることが可能になる。これを利用しイシスは外見を飛行形態や走行形態へと変形し、ちょっぱや配送冒険者として巷で活動してたりするのだ。たまに先程のような失敗を披露したりもするが、それは脳と人造器機の親和度がいまだに完成していないが故の不具合だったりする。


「ああそうです。[地中潜行形態イシス・モウル]なら衝突や貰い事故の心配も無く最短距離で――」

「それで前に周辺一帯の地面陥没されてたろーがよっ!」


 このポンコツ性のお陰で、さらにポンコツなリンカと一緒にはできないのだと狩済磨は言いたいのだが、残念ながらそれが伝わる気配は微塵も無かった。

 意外にも、この外道一筋な男が、この場で一番心労を抱えてる不思議な状況であったりした。



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