第3話 とあるチームの一騒動

「ふむ……鑑識魔術使っても名称不明、組成判別不明、ってことは、素材のレアリティは神器級に決定と。まあ保有魔素が魔王級くらいは観測できたし、誤判定にはならんだろ。で、外見的特徴は巨大昆布……つーかジャイアントケルプなサイズで、葉の裏にはこれまた正体不明の卵がビッシリ……と」


 誕生した魔物はジョンの知識には無い未知のもの、いわゆる特異個体ユニーク種であった。外見は魚の頭部、それ以外は人間に見えるという魚人形態。ただし全身を覆う銀色の鱗の一枚一枚、全てが頭部と同じ印象の魚のものになっているという異形である。体高は3メートル未満、体形は人型を維持しつつも固定せず。行動によって痩身となったり肥満化したりと常に変化するので判断できなかったのである。戦闘スタイルは人型なせいか総合格闘体術に近い。相手からの攻撃に合わせて回避と攻撃を一体化させたカウンター戦法を多く使っていたかもしれない……、と戦闘が終わってみてからジョンは自分が観た状況の記憶から精査する。

 というのも、戦闘はほんの数秒だったのである。

 アンの初撃、スカート型武装コンテナ内から居合一閃された斬馬刀ざんばとうサイズのポン刀は魔物を逆袈裟に両断。しかし絶たれる傍から再生結合、ただ身体を刀身が通り抜けただけという状況を認識したアンは即座に戦術を変更。数多の近接武器が結合してスカート型となるそれを全開放し、ただの物量攻撃にて圧殺したのである。実に原始的手法のミンチ作成法というか、ものの対象が魚類だけに自国の伝統で『なめろう』と称するべきか、ともかく、原型を留めれない形まで一瞬で斬り崩されたことにより、あえなく始末されたわけである。


「まあ、ドロップ品が『子持ち昆布』な時点で正体知れたかもなあ。ならまあ、あの行動もなんとなーく想像できる……か?」


 子持ち昆布の卵の正体、それはイワシである。イワシは魚ではあるがその行動は群体的なのが特徴だ。何千、何万の個体が集合した一個の生物のように行動する。遠くからその全容を見ればクジラと誤認されることも、間々あるのだ。余談だがジョンのもつ雑学には一つの群れの個体は遺伝情報すら同一。自然発生的なクローンなので個体の基本性能が変わらない故の異常なシンクロ率。というものもある。そこから推察すれば、ユニーク種の正体も陸生化した同様の群体生命を根幹にした魔物と想像できたのである。


「ジョン様、戦利品はどうしますか? 生ものですし、水産系っぽいですし、足が早そうですし?」

「あー、オレが空間収納するから問題なし……無しだよな?」


 一瞬、ケルプの卵が全部孵ればあの魔物の再誕かと連想してしまったジョンである。だが魚卵ともども無事収納できたことでその懸念を捨てる。空間収納は基本、食材以外の生命は死亡状態でなければ収納不可なのである。

 もちろん、想像の斜め上をいく例外もよくあるが。


「ぷちぷち、おいしーい?」

「甘い? しょっぱい?」

「おやーつ!」

「え、これ食べれるの? 美味なるものなのなのっ?」


 この世界の食品衛生概念は日本で言えば20世紀始めに近い。膨大な燃料を対価に冷凍保存を可能とする技術は魔術による代替で存在するが、やはりそれと同様のコストを要するのである。故に一般社会で保存という意識は科学の基本の域を出ないレベルのものとなる。基本、氷温冷蔵では生体の腐敗は防げないので生鮮食品の寿命は短く、商品価値は低い。水気や不純物が多く乾物にしづらい内臓系の食材は保存処理をしない時点で価値はゼロ。そんな廃棄物は個人個人が気儘に自己責任で加工し、酒のツマミや子供のオヤツと化す。三つ子の食生活もその範疇だ。イクラの醤油漬けや偽カラスミの蜜煮は、庶民の子供がその食感を楽しむ娯楽アイテムとして定番なのである。


「まあ、帰ったらイシスに試作してもらえ。最近創作料理に凝ってるし」


 魔王種の卵がどんなものに化けるのかは、地味にこの場にいる全員の食欲を刺激しちゃったりしていた。


「さて、適当に魔素も減ったし。軽くテストいくぞ」

「はいなの」

「了解です」

「「「潜行ー、ひーなーんー」」」


 それぞれ方法で全員がジョンの後ろに下がり、何をするかが解らないものの自分の身を守る結界を張る。


「耐衝撃テストで軽く魔術かなあ。――『始源七耀・Lv1』」


 魔術の発動。壁床天井の区別無く、無音のまま室内の内側が一瞬震え、霧とも靄ともいえる大量ホコリを生みだした。


「ふむ、まあさすがは異界。こっち側の創世原理にゃ抵抗しきる、と」

「ご……御主人様……、今の魔……術は?」

「おや?」


 ジョンが背後を振りむくと、ほぼ全員白眼をむいて昏倒していた。アンだけが辛うじて耐えきったのか、耳の穴からダクダクと出血しつつの質問である。


「あー防御結界抜いたか……、あ、いや、強制上書きの波は貫通属性あったか」


 中二病臭甚だしい名称のこの魔術は、発動点の空間座標情報を解析し一度完全分解、空間生成燃料化した後に同じ情報で再構成し『最終工程を原子生成で終える最初の核融合の概念』を再現する。いわゆる、某神話体系でいう『光あれ』の局所的再現魔術である。

 ジョンは今回、自分の次元の基礎情報のまま再現したので物質的な被害は皆無となる。しかしビッグバンの空間振動にも似た物体貫通衝撃波は発生し、迷宮内の現世こちら側と異界あちら側との接点で異なる反応を返すこととなる。大量の埃はその影響で分解した部分であるし、アンたちが倒れたのは身体的なダメージはなくとも精神構成を一度破壊し創られるという要素に意識を手放し、さらにその精神的ダメージが肉体に疑似還元されたことで、多少なりの被害となった次第なのである。

 もちろん、とある身体的特徴でこの手の効果は完全無効されるジョンが気づくはずもない、使用魔術の選択ミスという初歩的なうっかりの結果である。


「……てへ」


 因みに、ジョンの偽造冒険者証に記した職業は『魔術士』。そのロールプレイに準じようとした結果の――


「オレ、魔術は不得意の領分なんで許せ」


 ――不幸な事故であった。


 その後、各自の回復を待っての行動再開。

 時間の経過で罠の魔法陣も正常化し、再設置状態となって再び魔物が湧くようになるものの、適度に希薄化した魔素は驚異の欠片もない魔物しか生み出さない。なので三つ子の影が円盤型の某自立掃除機がごとく『るんぱっぱ~るんぱらぱ』と室内を徘徊し自動処理することで済んでいた。他の三人はそれぞれの手段で室内の強度を確認中である。

 幸い、世界創生の変化にも耐えうることは判明したので後は単純な、物理耐性がどれ程かというものだった。


「んー、薄皮一枚剥けた感じ……。ゆで卵、なの」

「実質、壁面で物理的特性に準じてるのは厚さ数ミリって程度なんだろうなあ」

「叩いて返ってくる反応は、見たままの石なんですけどねえ」


 ワンカは壁の表面を指の腹で撫でると微妙な反応を示す。見た感じの印象はザラついた砂岩のブロックを連想させるものなのに、実際に振れた感触は僅かな凹凸おうとつも感じ無い完全な平面。まるで鏡面のように磨きあげた金属の表面のような密度を感じさせるのである。


「んじゃ、ワンカ。創造魔術で好きな武器創って一発だけ振ってみろ」

「んー、じゃ慣れたので、なの」


 壁から数歩後退し、右腕を振り被るワンカは無手のまま壁に向かって腕を上段から振り下ろす。一秒にもみたない間に握られた手には一つの武器が生まれていた。形状はメイス。ワンカの腕の長さと同じ棒状の先端に、外周から板が6枚のアスタリスクな形で広がったオーソドックスな物である。打撃武器でありながら板のそれぞれには鈍く研がれた刃も備え、振るう対象者が生物ならば肉も骨も同時に破壊する合理性をもつという、何故装備適正が聖職者なのかが謎の凶悪な武器である。

 ワンカの手に灯った光から一瞬でその形となったそれは、腕の振りはじめでは普通のサイズであったものの見る間に巨大化。壁面と接触する時点ではワンカの身長に倍するものとして存在し、激しい威力と衝突音を想像させるものだった……が、現実は違った。


「あらら? 抉れた……のなの?」

「あー、なるほどなるほど」


 壁面と床の一部。そこがワンカがメイスを振るった軌道のまま、見事に掻き消えていた。先端の形状が影響したか、その傷跡は叩き割ったというよりは巨大な獣の爪跡といった様相である。しかも大きく切り欠かれた断面は石ではなく謎の虚空。水面に油膜が広がったが如くの謎の揺らぎとなっていた。


「創造魔術は武器の体裁でも魔術攻撃だからなあ。元々魔力障壁に近い構造はワンカのバカでかい魔力圧に相性悪くて消し飛ばされたってオチか」


 ジョンの解説の間に抉れた壁は徐々に再生。ほぼ数秒で元の傷一つ無い状態へと戻る。


「壁の裏の妙な空間がさっき言われてた境界でしょうか?」

「原理は同類だが効果は違うぞ。あれは迷宮やダンジョンに固定化する前の段階で、ここで生まれる魔物が触れても何の影響もない。オレたちに関しても肉体は存在としての魔素比率は微量だから分解されるということもない。想定できる問題としては……裏側に完全に埋没すれば、同じダンジョン内の何処かに転移させられるかもな事故かもなあ」


 ジョンの解説に補完すると、その事故が該当する対象は生きている生物と魔素をほとんど含まない物体に限られる。基本原理として、ある程度魔素を内包するものは完全な魔素として分解される対象となり、それなりの時間を経れば分解吸収されるのである。

 例外となる理由は、魔素を生理機能の一部にしているこの世界の生物の死骸は分解の対象となるが、生きている時点では個を保つ魂魄情報によってガードされ分解の対象にはならない、というもの。またただの物体に関しては、魔素に分解されるにはかなりの長期間、それこそ数百年を分解の対象として空間内に晒される必要があるということからだ。大概はそうなる前に転移の効果で迷宮内の何処かに排出される。いわゆるゴミドロップ品と称されるものである。そういう物は迷宮の特性なのか浅い層に多い。迷宮にしてみれば完全な異物なので、より現世側に近い場所へ投棄したいが故の結果……とも云われている。


「じゃあ狩す……じゃなくてジョンくんジョンくん。もうテスト終わりなの? 全開行っていいのなの?」


 ジョンの考察が終わったとみたワンカだが――


「いんや、ダメだな」


 ――の一言で落胆。


「ああ、ワンカの戦闘行動で基本問題ないのだけは解った。が、強度は完全に足りてない。さっきの一撃をもう二回もすりゃ、この部屋を維持する魔素が尽きる。下手すりゃ階層崩壊。迷宮自体の再構成か変遷なんかの被害に拡大するかもだわな」

「えええーーー、なの」


 先の被害が再生された際、室内の魔素がその素材として消費されたのを感知していたジョンである。ジョンの魔術とワンカの破壊でさらに希薄化した魔素は雑魚の魔物すら構成するのに足りない密度で、再びここがモンスターハウスとして機能するには数日を必要とするほどに疲弊していた。


「そう落ちこまんでいい。構造原理がわかりゃ対応方も推測できる。単純なもんだと……要はワンカと同列の魔素量があれば問題無いってことになる。つまりはもっと深層のモンスターハウスだな」

「深層、となると……地下13層ですか」


 環四迷宮の完全踏破階層は八層。しかし各階層の地図が未完成な未踏破階層を含めれば到達層は13層までとなる。

 ギルドからの情報によると12階層で高品質の真珠をドロップすることがわかり探索の最前線化。一応は主要の導線も引かれ品河区の次の主力特産に目されている。13層は現在一次探索中の未探査領域という扱いである。


「いや個人的に70層までは開通してるから最終目標はそこまでだな。50何層かあたりまでは地図も完成させてるし、モンスターハウスを巡回して手頃なとこを探してみる。ああ、十階層ごとにショートカット用の転送陣は置いてあるからそんなに時間もかからん」


 ジョンのそんな言葉に反応は様々。

 再び“ふんす”と鼻息荒く意気込むワンカ。まだ遊べると喜ぶ三つ子。そして……そもそも今回、ワンカ用のラスボスとして強制参加させられウンザリ感満載のアン。

 意思の統一の欠片もないまま、一向は再び、今度は深層への移動を開始するのであった。


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