第2話 とあるチームの活動内容
迷宮やダンジョンといえば魔物の大氾濫で地上が大変というシチュエーションは有名だが、現実においては完全なフィクションとなる。
魔物は迷宮内の魔素が凝縮して誕生するのに加えて、その活動においても一定量の魔素を必要とするのである。短時間ならば魔素の薄い地上にも出れるだろうが、それは水中からエラ呼吸の生物を引き上げるのに等しいわけで、程無く、魔素欠乏を起こして魔物は死亡してしまうのである。
魔物が地上でも問題なく動ける地域は限られる。現状地上で活動する魔物の多くはそんな地域で地上に現れ、徐々に、それこそ世代交代を繰り返して薄い魔素へと適応した亜種のみだ。故に、都内のど真ん中に出入口がポッカリと開いていようとも、そう危険視されるような状況ではないのである。
「……とはいえ、ではダンジョンが危険じゃないかといえば、それは違う。リ……いやワンカも少しは経験してるだろうが、オレたちからしてみれば迷宮やダンジョンは理の違う完全な異界だ。地上の常識は尽くが裏切られると思っていい」
「ふーむむむむ、なの」
「まあディ……、アンは存分に経験があるだろう、
「うー、了解したの、なの……」
「えーと、御主人様。この偽名スタイルってまだ続けるんですか?」
「続けるぞ。理由は大人の事情だ。正直、オレたちはこの業界に実名バレて良い事なんぞ欠片も無い。そしてたぶん、活動する毎にその状況は必須になる。残念ながらオレの嫌な予感の的中率は高くてなあ。それがビンビン反応する以上、安全策以上の安全策な感じで、この茶番は続けるぞ」
「はあ……、まあ了解しました」
環四迷宮地下三層にて、そんな会話が人知れず行われた。
ここのメインの活動域は地下二階。豊富な魔素とミネラルを含んだトレント海藻亜種の魔物が主力冒険者層のターゲット。品河名物モザイク海苔シートや佃煮の主要素材として、その需要は様々な業界で重宝されるために量も価格も天井知らずだ。
地下三層にもトレント亜種は登場するのだが、より濃くなる魔素の影響か食感が硬くなり品質は逆に下がるという状態になる。何事もバランスが大事であり、相手が強ければ成果も大きいというわけではない良い例として冒険者には広く知られている。
くわえて、同じトレント系ながらやや異質な、珊瑚の特徴を有するものも登場するが、逆にこの階層では下の階層より低品質となり、到底苦労に見合う収入にならない。故に、三層はこの迷宮においての空白地帯な扱いとなり、常時人気のない場所となるのである。
そんな閑散とした通路を行く三体の人影。
「……ねえ、敵と遭わない、の」
「そーですねえ」
「まあ、露払いさせてるからなあ」
実のところ、実体を伴う人影は三体であるが、“影”に限って言うならばその総数は六体ある。
ただし、その影を本当に影といって正しいかは怪しい。
まるで闇色のスライムが平面化したような動きの影三つ。ワンカたちに先行する形でそれぞれ地面を影のみで這いまわり、時に壁を登ったり天井に逆さまになったりすらする。そして魔物と接敵すると同時に、その魔物が微塵切りに刻まれたり溶かされたり電子的な雑音を残して分解したりする。つまり、魔物はワンカに近づく前に尽くが始末されているのである。
「つまらない、の」
「まびき、やめる~?」
「誘導~する?」
「けしかけて、いーい?」
「やらんでいいから目的地まで仕事してろ」
「「「はーーーい!」」」
言うまでもなく、這いまわる影の正体は冒険者ギルドで行動を共にしていた幼児三人、ひーの、ふーの、みーのである。幼児三人の血縁者が得意としていた二次元潜行行動の技術をジョンが似非再現し、同様の効果を発揮する魔道具として作成供与。幼児の学習能力の高さもあって、結果だけみればオリジナルを越えた暗殺術と化しているのである。
「……魔力隠蔽能力は無くなったが隠密性はそのまんま。ハーフエルフの人外な魔力量はワンカに引けをとらんから稼動時間も無制限。正にオプション武装そのものの性能だわなあ」
「穏形の方はわかりますけど、魔物への対処はちょっと判別できないです」
「ああ、あの潜行空間の構成上、こっち側との境界に魔素分解の効果ができるんだわ。魔物で弱いやつなら接触するだけで存在が維持できずに分解する。倒す、じゃなくて消滅に近いからなあ、ドロップ品は出なくなるが……まあゴミ同然のもんは逆にいらんから問題無しだ」
「ああ、なるほど」
「ひーまーなーのー」
「目的地に着くまでだから我慢せい。つーか今回は全員、お前のための面倒につきあってんだから感謝せい!」
「むー、なの」
迷宮内の各階層には魔素の集中する特異点が存在する。階層主と呼ばれるボス部屋がそうだと混同しがちだが、その地点は他の階層との魔素変換をするため局所的に魔素量が変動するにすぎない。つまり魔素を湧かせ最初に集約し、魔物を誕生させる地点が基幹という意味での特異点となる。
そこは誰にも知られない秘密の場所でもなく、逆に誰もが知るような場所である。
『モンスターハウス』。一定期間、もしくは何かが起動キーとなり大量の魔物を生みだす魔窟の穴。この場所は罠として起動する以外には魔物を湧かさないが、魔物の元となる魔素自体は絶えず放出し充満させる。過疎地域ということで長く永く魔物を生む前段階で留められた状況は、強さだけならば最下層の魔物に匹敵する代物を発生させれる可能性をもっていた。
「実はあまり知られてない迷宮原理なんだが……、まあ、強いもんが生まれれば得られるお宝も質がいいって感じで、案外秘匿されがちなんだよな」
「強い相手なの!? この駄肉女よりも強い相手なの!? 今度は思いっきり殺ってもいいの、なの!?」
「強さ云々はまあ……、湧いてみんと正直わからん。ただ、そういう現象を内包する場所ってことで、空間存在率の不安定なダンジョンでは例外的に、現実よりも耐久性が高いのは確認済みだ。極論、どこかの地殻を割るような馬鹿魔力が全力だしても、何とか耐えれる場所になる」
今回、彼らの行動の理由は少々前に起きた局所地震が原因となる。
関東某所を震源に特殊な直下型地震が発生し、都内の地殻の一部がマントル層まで開通。一時は東京のど真ん中に火山性造山活動がと懸念された。幸いにも状況は深刻化しないまま鎮静化し、場所の特定ができなかったこと、当局が全力で情報統制に走ったことで、一般社会がパニックと化すことは防げたのである。
だがしかし、一部その原因を把握する者達には、それで全てが済んだこととは言い難い問題を抱えたのである。
なんせ、地殻を割ったのは自然現象にあらず。
某、犬耳を生やした小娘がちょっとした嫉妬で激怒した挙句の八つ当たり。つまりは完全な人災だったのである。そして状況が把握されればされただけ、この人災は毎日でも起こりうる超のつく危険な事態だとも認識された。当局は実現可能なあらゆる手段を講じて、とある人間爆弾の制御法を確立することが急務となったのである。
「で、脳筋の馬鹿は定期的なガス抜きさせるのが一番の鎮静剤ってとこに落ち着いたはいいが、肝心のガス抜きをさせれる環境が現実には無い。関東平野の岩盤層をブチ抜く威力に耐えれる環境なんざ、地球全体でもそうないからなあ……。結局出た答えが、地球以外の場所でやれって無責任なもんになったってわけだ」
「なるほど、それで異界となるダンジョンを」
「ただダンジョンは頻繁に変遷を起こす事から現実よりも空間的には不安定だし、むしろ物体化して現実に接触してるぶん、魔力による破壊は津波の揺り返しと似た感じで現実にも悪影響を与えやすい。だから、まずは都内の耐久性の高そうなとこを選んで、実地調査してみようって感じになったってわけだ」
ネタばらしがある程度終わったのに合わせたタイミングで現地へ到着。環四迷宮は地下八層まで探査マップが完全開放されているので、三層を最短距離で進むのには苦労しない。三つ子の露払いによって一度もエンカウント無しなのだからその進行速度は迅速である。
「あとまあ、こいつは三歩歩けば謎のランダムテレポーターを自分の足下に創造するレベルの方向音痴なんでなあ。下手に雑魚戦させるとそれだけで変な場所に行きそうで怖いし、どんだけ万全にしても逸れかねねえから身内の捜索隊の数は欲しい。つーことで、チームとはいえ中身は迷子対象の馬鹿犬と監視捜索要員ってのが真実だな。むしろディア……、アンと
「ふんすっ、返り討ちにするの!」
「えーと、善処します」
「「「ぜんほーい、レンジこーげきー」」」
ジョンの指示は味方を背中から撃つのと同意だったりするのだが、何故か全体の意気込みは高まる方向である。
さらによくよく注意すると、ワンカの足は言われたそばから見当違いの方へと逸れような動きを見せている。その度にオプションズ包囲網に囲まれ当人は無自覚の方向調整をされているのだが、哀しいかなそれを理解し苦悩している風なのは、アンのみという事実。ジョンに至っては既に腰のベルトにリード付きの首輪を準備していることから、最初から最悪の迷子対策を覚悟しているのがよく解った。
ともあれ、そんな不安を内包しつつも現場に到着。モンスターハウスに至る手前の通路である。
「うわーぁぁ、なんかスゴイ濃い魔力だまりなの」
「予想以上に溜まってますねえ」
「うーむ……。まあ、想定内ってことで、始めてみるか」
あまりに濃い魔素濃度は本来隠蔽されるはずの罠の位置さえ教えていた。部屋に入って4~5歩の位置にある魔法陣。モンスターハウスとしての機能の他に拡散する魔素を室内へ留める機能をもつそれは、自らの機能故に過剰に魔素が充填されすぎて崩壊寸前の発光を放つ危険な状態であった。さらに放置すればおのずと自壊し、室内の魔素を爆発的に開放する。そうなればその魔素の流れはダンジョンの通路内を高圧力のまま駆け巡り様々な魔物へと昇華顕現するだろう。
この迷宮の本来の機能では無いながらも、別の迷宮ではシステム化もされている大氾濫に似た現象の前段階といった状況であった。
「リン……、ワンカがセーブして対応できんなら魔物を湧かしてもいいが、ダメならアンが対処だな。下手に全力だされてこの部屋の強度じゃ保ちませんでした……は勘弁だし」
「えーっ、えー……、うーん、……今回は駄肉に譲ってやるのなの」
「自信ないんかい」
「はいはーい。任されました。ジョン様、自制できたワンカちゃんなんですから褒めてあげましょうねえ」
「「「わんか、ばーかまーりょく! わんか、じぇーのさいどー!!」」」
「やかましいわー、なのっ!」
三つ子に囲まれ残酷な事実で貶められるワンカであるが、絵面だけなら子供同士のじゃれ合いなので愛らしい。仮に、この光景を第三者が観たとしたら頬が緩むのは確実であろう。だがここに居るのは真実を知る者のみなので対応はクールだ。
つまり、ガン無視。
独り先行し、室内へと移動したアンは前掛け状態のパレオパーツに手をかけ幾つかの手順で折り畳み、武装の解除コードである『PPセカンド・セットアップ』と唱えると共にウェストを中心に半回転。腰の後ろに回ったパーツはそれを基礎に宙空から幾つもの金属部品が湧きだし組み合い、見る間に下半身の後ろ半分を覆い隠すスカート型の装甲構造体へと変化させた。
上半身にも僅かながらに変化が起きる。ビキニのブラ型装甲が幾つもの小パーツと化して隙間をあけ露出する素肌率を上げながらもインナーとなる網状の連結が構成を維持し、二つの丘を増量させ全体的な厚みを増す。スカートと同様に宙から湧き出すかたちで頭部と腕部には装甲が追加。和風デザインのサークレット型の額冠、武者風の肩当てと篭手により観る者を安心させる分かりやすい防御性のアップ。なにより、武装の変化と同時に内包する魔力が軽く五倍に跳ね上がったのは、ビキニアーマーの貧弱そうな防御性能の印象を精神的に緩和させる効果を生み、不思議で奇妙な強者の印象を醸しだした。
因みに、『PP』は『プリッソル・プーリー』の略称となるが、その意味を解る世相は非常に狭い上、様々な業界の利権版権商標権が絡んだりするので詳細は割愛する。(※今作に登場する名称および設定は全てフィクションですw)
まるで世間様の休日の朝に聴かれる某変身系ヒーローが如くのエフェクトBGMが何処からともなく響き、それが止むと同時にアンの変化は終了。
残念ながら変な裏声で変身構成を語る男の声は付随しない。
「ん……ふう……。なんか新バージョンって慣れません」
「くうっ、駄肉ズルイのっ。いつの間にか劇場版スペシャル変身バージョンに換装されてるのっ。新規書き下ろしなの64K画質なのラデ専高密度動画限定のやつなのーっ!」
「……いやなんか、何時までもリマスター以前のオリジナルは古臭いとか方々から御叱りの呟きをいただいてなあ。山のように資料が直送提供されて仕方なく? つーかそれ以前に何処でオレの身元がバレたのやらが謎でこの業界の闇を見た気分なんだが」
近年の女児アニメは同放送帯の男児特撮と提携することも多く、しかもメインスポンサーまで同じだと時に作品の設定すら共有することもある。
アンの装備の元となったとある美少女変身女児アニメは本放送の終了後、同作品のシリーズ総出演的な劇場版が何作か作られた際、その最新作にて時代による画面比率の変化や時代錯誤化した設定の改正、また原画担当の変更も相まって新設定が組み込まれ現代仕様へと昇華していた。そのあたりの変化を、同作品を年代と実年齢を越えて愛する趣味持ちの
なお、当事者たるアンはあくまで当時の作品に愛着をもっていただけなので、現代までズルズルと年を重ねてまでの作品シリーズへの拘りを引きずっているわけではない。むしろ初見に等しい設定変更は困惑の対象にすらなっている。アンの記憶には同じ時代から並行して存在した仮面で変身的なヒーローは全く認知されていないのである。
「では、いきまーす」
なおもギャーギャーと五月蝿いワンカを置いて、アンはわざと罠を起動し魔物を湧かせる。幸いかな、この部屋の設定は単体の強い魔物だったようで大量の魔物を処理する面倒臭さには遭遇せず。
初期版ではオミットされた作品内設定が今回の改修にて再現されたこともあり、魔王クラスの素材をドロップした魔物はアンの新武装999本に貫かれ、さっくり始末されたのであった。
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