彼らは、どこにいる?

風城国子智

彼らは、どこにいる?

 右目から溢れた涙を、左手に嵌めた手袋で受け止める。

 『詠目ヨメ』の所為か、左目から涙が流れることはない。しかし、この左目の力があるからこそ、右目は涙を流すことができる。左目経由で心に読み込んだ物語を確認すると、カタリはもう一度、右頬を左手袋で拭いた。

「……」

 そのカタリを見上げる視線に、気付く。肩に斜めに掛けた鞄を見下ろすと、鞄の端に引っかかった、雀にしか見えない「トリ」(本人は「フクロウ」だと言い張っている)が、「早く仕事をしろ」と言っているような目をカタリの方へと向けていた。

「はいはい」

 人々の心の中に封印されている物語を見通し、その物語を一篇の小説にし、できあがった物語を必要としている人のもとに届ける。それが、カタリ――本名カタリィ・ノヴェル――の役割。カタリ自身、文字ばっかりの本は本来苦手だが、普段は鞄の隅でマスコットのふりをしている変なトリが、「世界中の物語を救うという使命」を押しつけてきたのだから仕方がない。

「この異世界転生ファンタジー! 良く書けてますね! 下手なりに!」

 この物語、誰に渡そうか? 電子の海を見回すカタリの耳に、聞き慣れた毒舌が響く。

「ワンパターンな上に説明シーンが多いですから、読者飽きますよ」

 この声は、リンドバーグさん。カタリのずっと向こうで、ペンを持った手で耳を塞いでいる人に微笑む少女を、認識する。

 電子の海の辺境にある、とある小説投稿サイト。その投稿サイトに小説を投稿する作家さん達のサポートや応援・支援を行うために生み出されたAI(人工知能)、らしいのだが、……おそらくやる気をそぐ方向にしか働いていない。いやリンドバーグさん自身は「良いアドバイスをしている」と思っているのだろうが。

 もう少し、適切な学習が必要なのだろう。人工知能を題材にした物語を思い出し、カタリは眉を上げた。あの物語は、届けた人達に喜んでもらえただろうか?

「えっ! なんでここでヒロインが服を脱ぐのですかっ! エロはダメですよ! エロはっ!」

 とにかく、自分は自分の役割を果たさなければ。餌を催促するようにカタリの脇腹をつつき始めた変なトリに、肩を竦める。さっき見つけた、この物語は、一昨日あの恋愛ファンタジーにレビューを付けたあの人に渡そうか? いや、昨日、硬派なSFに応援のハートを付けたあの人に渡せば、新しい世界を、知ってもらえる。再び、カタリの脇腹をつつき始めた変なトリの、ボサボサの頭を、カタリは丁寧に撫でた。



 とある投稿サイトで、彼らは、作者や読者のために一生懸命働いている。



























 しかしながら。

 「彼ら」の光が届かない場所も、電子の海には、確かに、存在する。


 本当に、作者や読者を応援してくれるキャラクターが、この世界にいるのだろうか? 増えないpvに息を吐く。

 応援のハートも評価の星も、0であるのが当たり前。

 彼らの気配すら、感じない。



 光が届かない理由、彼らがこの場所に気付かない理由は、色々ある。

 「大人の理由」。そういうことにしておこう。


 彼らが出会わない、出会うことのない物語を、私は紡ぐ。



 私には、何が足りない?

 文章力? 構成力? 語彙力?

 宣伝力? 作者としての魅力? 交流力? 運?

 そのことすら、彼らは教えてくれない。

 黙秘を、貫いているだけ。



 彼らは、私のことを、おそらく知らない。

 彼らは、私のことは、応援していない。


 それでも。

 私は、私自身の力で、物語を書く。

 それが、私の矜持。


 だから私は、この深淵から叫ぶ。

 私には、彼らの応援は、いらない。必要ない。



 ――彼らは、ここにはいない。

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彼らは、どこにいる? 風城国子智 @sxisato

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