第10話 続・スパイX(>︿<。)

 オレの名前はスパイX。


 今回の任務はケノビバタアシュ国に潜入し、ギャルの存在の有無を確認することだった。


 結論を言おう。ギャルは――いた。


 ※


 ギャル邸に放し飼いされていた番犬に追いかけられ、とっさに木に登ったのが功を奏した。

 ふと横を見るとそこは二階の一室で、三人の人物を発見した。


 教卓の前に立ち、ローブを羽織っている一人は明らかに魔法講師。机に座る生徒が二人いるが、どちらが件のギャルなのかは一目瞭然だった。


「あれが……ギャル……?」


 しかし、ふとそんな疑問が口をついたのにはわけがある。


 街の人たちの話によれば、ギャルは金髪で鋭く尖った爪を持ち、見たこともない服装で人相がとても悪い。

 はずだったのだが。

 目の前にいる――少女は綺麗な黒髪、爪もとがってなどおらず、服装もいたって普通。人相が悪いどころか、一般的に言うとかわいい部類だし、笑った顔にはとても愛嬌があった。


 だから、拍子抜けというか、イメージと現実の差異に戸惑ってしまう。


 とはいえ、もう一人の生徒は子供、しかも男なので、彼女がギャルなのは間違いないだろう。


 オレは調査を続けるために、背負っていた鞄からとある道具を取り出した。

 一見単なるメガホンのようだが、これはれっきとした――魔道具。

 特別な魔法が付与されていて、遠くの音を聞くことができる――盗聴にはうってつけだ。


 オレはその便利グッズを耳に当てる。するとすぐさま室内の話し声が聞こえてきた。


 ※


「はいどうも~。さあ、さっそく今日もね、授業のほう始めていきたいと思いまーす」

「…………」

「…………」

「いや、なんか喋れよ!」

「は? 今の挨拶にどうコメントしろっていうのよ?」

「無名のユーチューバーか! とか何でもいいだろ、っていうかちゃんと挨拶をしろ」

「…………」

「はいはい、よろしくお願いしまーす」

「…………」

「おい、そこの悪ガキも。あ・い・さ・つ!」

「…………」

「ほら、レクト。挨拶くらいしなさい」

「よろしくお願いしまぁぁぁすっ!」

「……っ、何だそのあからさまな態度の急変は……覚えてろよっ」


 ※


「………………」

 そこまで聞いたところで、オレは静かに魔道具を耳から外した。

 あー、これは。


「当分、攻めてこないなぁ……」


 いくら魔法適正があっても、力の使い方がわからなければ戦えない。驚異にはなり得ない。

 あの様子を見る限り、まだろくに魔術を習得していないらしい。

 ひとまず胸をなで下ろした。


 あとはこのことを国王に報告して任務は完了だ。

 そろそろ帰ろうか、と思ったとき……


「バウ!」


 と、あの忌まわしい鳴き声が聞こえ、同時に大きく大木が揺れた。


 その衝撃で木の幹にかけていた手がズルリと滑り、オレは大きく体勢を崩した。

「うわっ!」


 何が起こったのかわからぬまま、とっさに両腕を回し枝にしがみついた。


 ――魔道具を手放して……。


 そのことに気づいた時にはもう遅かった。


 メガホン型をしたそれは地面へとまっすぐに落下し、あろうことか番犬の目の前に転がった。

 懸命な祈りも天には届かず、奴はそれをさも当然のようにくわえると、尻尾を振りながらどこかへ駆けていった。


「ああ……、高かったのに……」


 またもやあの番犬の妨害により、一瞬にして地獄に突き落とされてしまった。

 恐らく、あの揺れも奴が木に体当たりしたのが原因なのだろう。


 ここまで来るともはや執念さえ感じる。もしかしたらあの番犬、一見ただのバカ犬だが本当はかなりの名犬なんじゃなかろうか……。


「はぁ……」


 と、一つため息をはいて気持ちを切り替える。声は聞こえなくともせめて観察を、と室内に目を向けると目が合ったので会釈する。


「ん?……?……っ!」


 三人が――こちらを見ていた……。


 ゾワァッ!

 と、一瞬にして全身に鳥肌が立った。

 まずい、逃げなければ!


 その一心で後先を考えずに建造物の二階に相当する高さの大木から飛び降り、空を舞った直後――ギャルの放った大量の水に打ちのめされ、そのままオレは裏の大池に――落ちたのだった。


 ※約7分前※


「よし、じゃあ教科書の15ページ開いてー」

「師匠、教科書見せてください」

「いいよー」

「初歩魔法を一通り教えたので、今日からはより実践的な授業をしていく」

「実践的? ってことはファイアーボールとか!?」

「ファイアーボール!? かっこいい、かっこいいですね師匠!」

「……やめなさい、二人して目を輝かせるのはやめなさい。コラ、ハイタッチとかしない……踊るな踊るな」


「えー、じゃあ一体どんな魔法なのよー?」

「物事には順序があるだろ。攻撃するよりも前に、まずは――『敵感知』だ」

「なるほど、『索敵魔法』ってことね!」

「お手本見せるからよく見てろよ? まず目を瞑って意識を集中させる、そしてぱっと波紋のように魔力を広げていくイメージだ。人や物に当たれば揺れが生じる、それを感じ取ることで敵の位置が知れる」

「魚群探知機のレーダーみたいな感じ?」

「そうだな、じゃあ二人共やってみて」


「どうだ、なんか感じ取れたか?」

「うん、いい感じ」

「あれ……、師匠。なんか人が4人いる気がします」

「え? レクト、気のせいじゃなくて?」

「4人? 基本的に平面方向にしか魔力を広げないから、1階にいる執事くんじゃないしなぁ……誰だ?」

「あ! ほら、窓の外に!」

「え? どこどこ!?」

「ほら、あの大きな木の上に!」

「「あ……、ホントだ……」」

「あ、逃げます!」

「逃がすかぁぁああ!」


「さすが師匠! 敵に抵抗する隙も与えずに水流で吹き飛ばすとは!」

「ま、まあね! わたし、こう見えて天才だからー、あははははっ!」

「あれ? なんかあの不審者、様子が変じゃないか……?」

「え? ホントだ、池の中でバシャバシャしてる。何で上がってこないんだろう……ってカナヅチなの!?」


 ※


「ありがとうございました……」


 というわけで、ここは池のほとり、大きな木の下。

 ……オレは今、仮にもスパイでありながら、調査対象に命を救われ……土下座で礼を尽くしているのだった……。


 しかし、まだ終わっていない。まだスパイだとはばれていない!……多分。


「それで何してたの、不審者さん?」

「えっと、その道に迷ってしまって、ひとまず大木に登ったら、ここがお屋敷の中だと気づいて……」

「ふーん。職業は?」

「隣町で羊飼いをしています」


「ほー」とギャルは腕を組んでいぶかしむような目線をオレに向ける。

 完全に疑われていた。

 何とかこの場を乗り切るため、オレは「えへへ」といかにも人畜無害そうな笑みを浮かべる。

 すると、


「マシュマロ焼けた!」


 突然、ギャルがオレの方を指さしながらそんな言葉を発した。

 途端に得体の知れないピンク色の光がオレの体を取り囲む。


「……? 何ですか……今のは?」

「何でもない。ひとりごと」

「いや、そんなわけないじゃな――」

「もう一回聞くわね。ここで何してたの?」

「え、ですから道に迷って――」


 同じ答えを言おうとした次の瞬間、オレは自分の発した言葉に度肝を抜かれた。


「――偵察をしてました」


「ほー、偵察」

「……っ!! 口が勝手に!?」

「職業は?」

「……ぐっ、スパイです(汗)」

「どこの?」

「くそ……っ、隣国のヨスナ王国です(泣)」


「へー、ご苦労様」そう言って挑発的な笑みを浮かべるギャル。


「クソっ! 『嘘がつけない魔法』をかけやがったな!?」

「ご名答。だって嘘ついてるのバレバレだったし」

「その魔法の個人使用が『国際人道法』で禁止されていると分かってているのか!?」


 するとギャルはわざとらしく首を傾げる。


「こくさいじんどうほう? 何それおいしいの?」


「お、おのれギャルめぇぇぇぇええ!!」


 ダメだ、こいつは一刻も早く手を打たなければ取り返しのつかない事態に陥る。

 まだ大丈夫、なんて見かけだけで判断した自分が間違っていた。

 こいつは村人が言っていたとおり、いや、それ以上に――危険だ。有害だ。


 全世界の脅威だ!


「じゃあ聞くけど、魔法か拷問、どっちがいいの?」

「そ、それは……」

「あ、それと、わたしはあなたを拘束したりはしない」

「は? オレはスパイなんだぞ?」

「その代わり、報告書はここで書いてもらう。それと今後はわたしたちのスパイになること」

「バカなのか? そんな条件飲めるわけがないだろ!」


「じゃあ、質問です。忠義と命、どっちが大切?」


「………っ」

「あなたにも家族や友人、恋人ぐらいいるんでしょ?」

「…………忠義だっ」

「え? 聞こえなかったんですけど? 答えないなら無理やり洗脳するけどOK?」


「……何より、命が大切です」


「よろしい」

 ギャルは静かに微笑んだ。


 ※


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 国王殿下へ


 此度こたびの潜入捜査について報告いたします。

 噂通り、ギャルは召還されていました。伝承通り、魔法適正はすさまじいようです。

 しかし、まだ初心者の域を出ず、実戦にはほど遠い状況。

 ですから、当分はまあ――大丈夫でしょう。


                               スパイXより

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 オレは任務に忠実な男、どんな非常な決断だって下せる、必要なら喜んで命を差し出す。

 それが国に命を捧げるということ。


 しかし、あのギャルは『忠義』より、『任務』より――『命』が大切だと言った。


 あったばかりの、しかも敵国のスパイの――オレの命を尊重した。


 逆スパイか、それもまたいいかもしれない。

 こうなったら、あのギャルに忠義を尽くそう。


 きっとそれが――スパイという職業だ。






 ところで……、給料、出るのかな……?

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おのれ、ギャルめ!! 茶摘 裕綽 @ta23yu-5uk3

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