第9話 スパイX( ̄^ ̄)ゞ

 俺の名前はザクマ・ジュン。


 異世界で魔術師になり、今は日本から召還されてきたギャルの家庭教師をしている。


 先日、教え子とともに街へ出かけた。いろいろなことがあった気がするが、無事に服を買うことができて彼女もご満悦な様子だった。


 その買い物に連れて行く条件として、俺は彼女に『授業をちゃんと受けること』を約束させた。

 実際、それからはちゃんと居眠りをせずに授業を受けたいたのだが……、その買い物が終わったとなれば……。


 また不真面目に戻るかもしれない……!


 というわけで今日、彼女の屋敷へと向かう俺の足取りはとてつもなく重かった。亀は亀でも寝起きの亀くらいに遅かったと思う。ごめん、例えが下手すぎる。


 憂鬱な気分でドアを叩き、執事君と挨拶を交わしてから二階へ上がる。玄関にある靴がいつもより多い気がしたが……思い違いだろう。


 彼女の部屋の扉を開けば、すっかり慣れた沈黙が二つ。


「…………」

「…………」


 もう一度言おう。沈黙が――二つ。


「あ……、そうだった……」


 ギャルに弟子ができたんだった……。


 そんなわけで、手の掛かる生徒が二人に増えて、先行き不安な授業が――今日も始まる。


 ※※※


 オレの名前はX。

 23歳。職業は、とある国の諜報部員、いわゆる――『スパイ』という奴だ。


 亡くなった父がスパイだったことを知り、思い切ってこの世界へ飛び込んだ。

 以来四年間、学校のような機関で厳しい訓練を受け、実戦練習で経験を積んできた。

 

 暗闇の中、ピンセットとチョコアイスだけで爆弾を解体する訓練に、敵国王のシークレットシューズを盗み出す任務。

 どれも一筋縄ではいかないものばかり、若輩者だがそれなりの修羅場をくぐり抜けてきた。

 

 そして今回、その功績が認められ、とある重大な任務を任されることとなった。

 というのも、愚王の愚行によって世界の敵となった『ケノビバタアシュ国』について妙な情報が入ったのだ。

 オレはその真偽を確かめるために潜入捜査をしなければならない。


 本当に――ギャルが召還されたのかどうかを。


 ※


 さすがの愚王も、国境の警備には余念がなかった。しかしながら、オレはプロ。あっさりと潜入に成功し、無事、王都にたどり着いた。

 

 ここまでは計画通り、朝飯前。本当の任務はここからだった。

 まず、調査対象――すなわち『ギャル』の居場所を突き止めなければ話が進まないのだ。

 そこで、人が集まる商店街に場所を移し、聞き込みを開始した。


「あの、ちょっとお時間よろしいですか?」

「ええ、いいですよ」


 買い物帰りのご夫人に声をかけると、こころよく足を止めてくれた。


「つかぬことをお伺いしますが――ギャルってご存じですか?」

「ええ、あの野菜を水洗いするときに使う――」

「あ、それは『ザル』ですね。じゃなくてギャル」

「あー、あのプルプルした――」

「それは……、『ジェル』ですね。一瞬何かわかりませんでしたよ……じゃなくてギャル!」


 ご夫人はそこで、ようやく納得がいったとばかりに手を叩いた。


「あー! ギャルね。ごめんなさい、この頃めっきり耳が悪くなっちゃって」


 いや……、わざとらしかった気もするが……。


「それで? ギャルがどうかしたのかしら?」

「はい、少し用がありまして。どこに住んでいるかわかりませんか?」

「ええ、それなら知ってるわよ」

「……え!?」


 即答であった。

 それどころかご夫人は、


「ちょっと待ってね、今、地図を書いて上げますから」


 と言って荷物を下ろすと、メモ帳にペンを走らせ始めた。


「あ、ありがとうございます……」


 こうして、聞き込み開始からわずか五分。あっさりと住所が判明したのであった。


 ※


 チョロい、チョロすぎる!

 これでは何だか物足りないので、オレはもう少しだけ聞き込みを続けることにした。


「あの、最近うわさのギャルって――どんな感じなんですか?」


 とある八百屋の主人は、


「ギャル? ありゃ、一言でいえば――化け物だよ。

 あいつが召還されてきたばかりの時に見たことがあるんだが、おぞましかった。

 髪は作り物みたいな金髪、目がやたらでかくて、爪なんてトカゲより尖ってた。 その上、態度が悪いのなんの。ちょっと目があっただけでにらまれたよ。

 それから、あいつの家に行くんなら番犬に気をつけてな」


 道行く子供たちは、


「初めは怖かったけど、そうでもないよ? むしろ優しいし、義理人情に厚くて、めちゃくちゃかっこいいんだ!」


 噴水広場の近くに住むおばさんは、


「もー、聞いてよー。この前、そこの広場で子供相手に大暴れして、私の家の壁、壊されちゃったのよー。ひどいでしょ?」


 とある服屋の主人は、


「お? あの嬢ちゃんがどんな奴かって? 

 そりゃあ、第一印象は悪かったけどよ。今は、若いのに立派な奴だと思うよ。ああ見えて礼儀正しいし、良いものを見極める目と、何より信念みたいなものをもってやがる。あいつならきっとこの国を救ってくれると信じてるぜ!」


 といった具合に、良い話と悪い話が交互に出てくるので、わけがわからない。

 一体、どんな人物なのか。謎は深まるばかりだった。

 

 一抹の不安を抱えつつ、オレはいよいよギャルの家へと向かう。

 自然と拳に力が入った。


 ※


「うわー、でかっ……」


 ギャルの家――もとい『屋敷』を目の当たりにして、思わず感嘆の声が漏れた。

 なんだこれ。待遇が良すぎるだろ。


 家の前に突っ立っているわけにはいかないので、ひとまず不法侵入。

 植木の木陰に隠れて様子をうかがうことにした。


 回り込んで屋敷を横から見てみると、その構造が把握できた。

 周囲は、壁の代わりに植えられた背の高い植物が囲んでいて、緑豊か。

 意外にも、屋敷の裏側には巨大な池が広がっていて、それを含めるとかなりの敷地面積を誇るだろう。

 湖畔には、一本の立派な大木が葉を茂らせていた。


「バウ」


「……ん?」


 オレがじっくりと屋敷を観察していると、背後から妙な音が聞こえた。


「バウバウッ」


 不審に思って、ゆっくりと後ろを振り向いたとき、オレは思い出した。


 そうだ、この屋敷――番犬がいるんだった……。


 しかも、放し飼いかよ……。


 ※

 

 ギャァァァアアア!!!

 と、声を出すわけにもいかず、オレは一目散に駆けだした。

 後ろを見やると、番犬は「バウバウ」吠えながら楽しそうに追いかけてくる。


 やばい、こいつ早いぞ!


 全速力で走り抜け、屋敷の裏側へと回り込んだ。

 しかし、すぐさまその判断を悔いることになる。なぜなら、裏側には巨大な池が広がっているので――逃げる場所がない!

 ひきつった顔で、もう一度後ろをふりむけば、すぐそこに奴は迫っている!


 ここまでか、そう諦めかけたが、一か八か。オレは思い切って目の前のソレに飛びついた!

 その――立派な大木に。


 ※


「はぁ……はぁ……!」


 一心不乱によじ登り、ある程度の高さまで来たところで下を見る。すると、案の定、番犬は地面から恨めしそうにこちらを見上げていた。

 それを確認して、ようやく胸をなで下ろす。


「はぁ~」


 体は汗でベトベト、のどは渇ききっていた。

 背負っていた荷物から水筒を取り出し、水を体に流し込むと、生きていることを実感する。


 しかし、どうしたものだろう。

 とっさに木登りを選択し、難を逃れたのはいいが、下では番犬が待機しているわけで……降りられない。


「……、あ」


 うまくいかないものだなぁと、不意に屋敷の方を向いた。そのとき。


 二階の一室の窓越しに――その三人を見つけたのだった。



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