第8話 ロケット/(*´v`*)/

 それは、蒼衣が悪ガキを弟子にとり、服屋で店主を感涙かんるいさせたあと。

 その――帰り道でのこと。


「ねぇ、アルメ。ちょっと目をつむって?」

「何ですか? ギャル様」

「いいから、早くっ」

 

 アルメは突然の注文に怪しく思いながらも、言われた通りに目を閉じた。

 ちなみに、あの魔術講師は直接自宅に帰ってしまった。今この場には、アルメと蒼衣の――二人きり。


 それから、しばらくの時間が経過した。その間、聞こえたのは微かな衣擦きぬずれの音。感じたのは彼女が近づいてくる気配。


「もう、いいよ」


 一体何を――どんないたずらをされたのだろう。そんな風に考えながら、ゆっくりと目を開けると、白い光が世界をかすませた。ゆっくりと視界が鮮明になり、彼女の姿が見える。

 彼女はうれしそうで、そして気恥ずかしそうにもじもじとしているが、アルメはまだ何をされたのか分からず、首をかしげるほかない。


「そこ。一回、下向いてみて?」


 目線だけで疑問の意を表明すると、アルメの胸元を指さしながら、少し呆れたようにそう言われた。指示通りに下を向いて、胸元に視線を送る。そしてそこにあったものを見たアルメは目を見開いた。


 胸元に――小さなペンダントがかかっていた。


「え? ギャル様、このペンダントは……」

「ペンダントじゃなくて――ロケット。写真を入れて持ち歩くためのものだよ」

「いえ……そうではなくて、どうして……?」


「いや、だからー」彼女はそう言って照れくさそうに頭をかくと、アルメの目を見据える。一陣いちじんの風が吹き、黒髪をふわりと揺らした。


「お礼のプレゼントだよ――この前、なぐさめてくれたのがその……うれしかったから」


 アルメはすっかり忘れていたので、『ああ、そういうこともあったな』と理由については納得した。すると今度は、なぜか笑いがこみ上げてくる。


「ハハハハッ」

「ちょ、ちょっと! 何で笑うの!?」

「いや、変な人だなと思ってハハハッ」

「こっちは真剣に言ってるのにー!」


 彼女は不機嫌そうにそう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。アルメはその背中に優しく語りかける。


「ボクは何も特別なことはしてませんよ。ただあのとき、自分がそうしたかっただけなんですから。ただの自己満足です、自分勝手なだけなんですよ」


 彼らしくもない自分をおとしめるような発言に驚き、蒼衣が振り返ると、アルメは悲しげな表情を浮かべていた。たまらなくなって口を開く。


「でも、自己満足でも私は――私はあの一言に救われた。だから、ちゃんとお礼がしたかった、あのときは――ありがとう。そのロケットもちゃんと受け取ってほしい」


 それを聞いて少しの沈黙が生まれたあと、アルメの表情がやわらかくゆるんだ。


「……はい、ちゃんと頂きます。そして――大切にしますから」

「ほんとに?」

「ええ。将来、ボクの墓石にはこのロケットをぶら下げてもらいますよ」

「ははっ、なにそれっ」


 蒼衣は彼の軽口を聞いて、安心した。アルメは誰かからプレゼントをもらった経験が少ないため、平然としているようで内心は飛び上がるほどに喜んでいる。


 気づけばすっかり日は傾き、街と二人をオレンジに照らしていた。

 なんだかよく分からない鳥が鳴き、時計台の鐘が鳴り響く。


「そろそろ帰りましょうか?」

「……うん!」

「今日は昼間に買った香辛料を使って、ギャル様の言っていた『かれー』を作りますよ」

「いや、もう遅いからカレーは明日にしようよ」

「え? あんなに食べたがっていたのに?」

「私、カレーにはうるさいから。カレーソムリエだから」

「それはすごい! じゃあ今度、本場のかれーを教えてくださいよ」

「え……? あ、あぁもちろんだよ!」

「あ……(この人、作ったことないんだな)」


 世界は、静かに夜を迎え入れる。

 街頭に立つオイルランプが、微笑ましげに二人を見守っていた――。

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