第7話 最高の服屋。゚(゚´Д`゚)゚。

 わたしの名前はメルナ・ファルメス。

 ケノビバタアシュ国の王都に住む、普通の女の子。11歳。


 ある日、街を歩いていると最近うわさのギャルにあった。わたしたちのリーダーがギャル狩りをしようと言い出し、みんなで石を投げつけているとギャルが激怒。急いで撤退しようとしたけど、逃げ遅れたわたしは人質に取られてしまったの。


 それから色々なことがあって、なぜかリーダーが――ギャルの弟子になってしまった……。


 急展開すぎてちょっと理解が追いつかないけど、わたしも敬意を払って『ギャルさん』と呼ぶことにしよう。

 ひと悶着もんちゃくあったあと、ギャルさんたちは雑談に興じる。


「ところでギャル――師匠たちはどこへ行かれるんですか?」

「今日は服を買いにきたの。そうだ、服屋がどこにあるか知ってる?」

「いやー……オイラ、服は母ちゃんが買ってくるから……」

「母ちゃんが買ってくる? 子供か!」

「子供だよ! 紛れもなく子供だわ!!」


 ギャルさんはお連れの二人にも聞いたけれど、執事さんはこの街に来たばかりで、魔術師さんは、そもそも服を買わないとのこと。

 ギャルさんは頭を抱え、広場にはすっかり暗い空気が流れた。


 どうしよう。

 わたしは一人でうろたえる。

 どうしよう、どうしよう。


 わたし、服屋さんの場所しってる!


 ていうか――


「はい!」


 わたしは勇気を振り絞って、手を挙げた。みんなの視線がわたしに集まってくる。

 落ち着け、落ち着けわたし!

 一つ深呼吸をしてから、なるべくおっきな声でしゃべり出した。


「あの、わたしの家――服屋です……」


 ※


 俺の名前はオスカ・ファルメス。

 この『フィガス北商店街』でちっぽけな服屋を営んでいる。


 自分で言うのも何だが、うちはこの国で一番の服屋だ。


 俺自身が布の買い付けに出向き、糸は契約牧場の羊毛で作られた物しか使わない。

 機能性だけじゃあなく、肌触りや通気性にまでこだわっているのは、本当にうちくらいのものだ。

 その分、すこし値は張るが、絶対に買って後悔はさせない、自信がある。


 しかし、商品は最高なのだが――最近、赤字が続いている……。


 どいつもこいつも分かっちゃいない。服は安けりゃいいってもんじゃないんだ。

 たまに来る貴族のマダムたちは、いつも大量に買ってはくれるが、絶対に価値を理解はしていない。そんな客に売るのは、はっきり言って苦痛なんだ。


 今日も今日とて、客足はまばら。すっかりひまをもてあそんでいると、一人娘が帰ってきた。

 何でもお客さんを連れてきたのだと言う。


 へい、いらっしゃい。

 と外へ出てみれば、そこにいたのは今なにかと話題の――ギャルだった……。


 ※


 店に招き入れたはいいが、正直、憂鬱な気分だった。


 また、価値の分からない客が来たよ。

 異世界人で、しかもギャルなんぞに服の価値が分かるもんか。


 俺は店の奥で、イスに座ってギャルを観察する。


 奴は一着のカーディガンを手に取ると、執拗しつように表面をさわり始めた。

 やめろ、やめろ。そんなにさわったらせっかくの上質な素材がいたむじゃねぇか。


 ところが奴は次の瞬間、驚くべき一言を述べたのだった。


「この服――いい素材使ってる」


「……っ!!」


 き、聞き間違いか!? 今、素材をほめやがった!

 あまりの驚きに、気づけばイスから立ち上がっていた。


 これは……もう少し見極める必要があるなぁ。

 俺は固く腕を組むと、ドカッとイスに座り直した。



 少し場所を移動して、次に奴は、一着のスカートに目を付けたようだ。

 表面を軽くなでて、その手触りにうなずくと、唐突にスカートの裏をのぞき込んだ。

 そのまま、なめるように縫い目を指でなぞっていく。そして、黒い瞳を見開くと、またもや独り言をつぶやいた!


「なんて綺麗な仕上げなの!? こんな丁寧なまつり縫い、初めて見た!」


 俺は一瞬にして、興奮が最高潮に達した!


 おいおい! 人は見かけによらねぇってのは本当だな! 

 なんてセンスの良さだ、そこらの太ったセレブマダムとは大違いだぜ。

 『仕上げ』を確認するなんて――あいつはただ者じゃねぇ!


 気づけば俺は、立ち上がり叫んでいた。


「よし、気に入った! 嬢ちゃんのセンスに敬意を表して、大幅おおはば値引きだ! 持ってけ泥棒!」


 嬢ちゃんはさぞかし喜んでくれることだろう――ってあれ?

 彼女は喜ぶどころか少しけわしい表情を浮かべていて、帰ってきたのは予想外の言葉だった。


「いえ、そんなわけにはいきません――定価で買わせてもらいます」


 俺はもう、面食らったね。

 すぐさま、わけを聞かずにはいられなかった。


「な、何でなんだ? 値引きするって言ってんだぜ? 喜ぶところだろう?」

「確かにお気持ちは大変うれしいです。でも――甘えることはできません」


 かたくなに値引きを拒む嬢ちゃん、俺はその意味が分からず困惑する。

 しかし俺だって、引き下がるわけにはいかねえんだ。


「いいから値引きさせてくれよ。嬢ちゃんのセンスは本物だ、どこぞの王族よりもよっぽど見る目がある。俺は嬢ちゃんみたいに本気で服を愛し、大切にしてくれる人に――本物の客に着てもらいたい、だから頼む! 値引きさせてくれないか!?」

 

 俺の懇願を受け、彼女は少し考え込んでから再び口を開いた。


「……やっぱりダメです……定価で買わせてください」


「だから、どうしてなんだ!? 俺の気持ちをんではくれないのか……?」

「私が本物の客なら、ここは『本物の服屋』です。あなたは私のような人に着てほしいと言った、私も気持ちは同じなんです。あなたのように利益なんて二の次で、ただひたすらに良い製品を売る、そんなあなたから――私は服を買いたいんです!!」

「……………………っ」


 予想外のその言葉に、俺は何も言葉が出てこない。ただ目を見開き口を開けて、唖然とすることしかできない。


「こんな素晴らしい服屋には初めて出会いました。私のいた世界は、大量生産大量消費のひどい市場しじょうでしたから……。私はまたこの店に来たい、ここでこれからも服を買い続けたい! だから、この店につぶれてもらいたくないんです、だからこそ――ちゃんとお金を払いたいんですっ!!」


 体中に電流が走ったような、そんな衝撃を受けた。

 こ、こいつは本物だ……! センスだけじゃあない、服好きとしての本物の『誇り』を持っていやがるぅぅぅぅう!!


 あまりの衝撃に、あまりのうれしさに、自然と涙がわき上がってきやがった。

 俺はそれを手のひらでぬぐい取ると、満面の笑みを浮かべる。

 娘に感謝しなくちゃなー、またどっか遊びに行っちまったけど、帰ってきたら

 思いっきり褒めてやらなくちゃいけねえ。


「よしわかった、嬢ちゃんの気持ち、しっかりと受け取ったぜ! それじゃあ全部合わせて150万ベルタ――まいどあり!!」

「ありがとう、おじさん! じゃあ、お会計よろしくね?」


 嬢ちゃんは誇らしげな顔で礼を言う。何言ってんだ、礼を言いたいのはこっちの方だぜ。

 それから、となりの魔法使いの兄ちゃんに微笑みかけたのだが――その兄ちゃんは返事をすることもなく、なにやら指折り数えていた。


「えっと、150万ベルタだから……日本円の十倍で……1、2、3……え!?」


 兄ちゃんは突然、体を硬直させ、見る見るうちに顔が青白くなっていく。


「つまり…………15万円!!??」

「え!? そんな高いの? でも――おごりだもんねー?」

「………………………………(汗)!」


 嬢ちゃんの問いかけに、兄ちゃんは沈黙するしかない様子だった。


 俺はせっせと商品を袋に詰めながら思う。


 おのれ、ギャルめ! うれしいこと言ってくれちゃってよぉ、正直もう店をたたもうと思ってたってのに、やめられなくなっちまったじゃねぇか……。

 もう少しだけ続けてやるから、だから――。


 だから、ちゃんと――また来いよ!


「俺の一ヶ月分の給料がぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 兄ちゃんの悲痛な叫び声が、寂れた店内に響きわたった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る