第6話 素直な悪ガキ\(・へ・)/

 オイラの名前はレクト・アルレシア。

 11歳、両親と妹の四人家族。

 俗に言う――ガキ大将だ。



 というのも、このケノビバタアシュ国、王都『セントーク』は4つの地域に分かれていて、それぞれが互いに意識し合っている。


 あの地域には負けたくない、あの地域より儲けてやる、あの地域の奴らは足がくさいらしい……。


 年に一度の祭りとなれば、昼間から酒を飲んだいい年下大人たちがみにくく争い、その後一週間は、王都じゅうに嫌な空気が蔓延まんえんする。


 大人たちがそんな有様なのだから、当然、敵対心は子供たちにも芽生えていて、四つのグループに分かれ、日々ひびいがみ合っている。


 オイラは、この王都南西地域『クーロス』に住む子供たちをまとめ上げる男。

 ガキ大将として常に先頭に立ち、日夜、他地方たちほうとの抗争に明け暮れていたのだが――つい最近、暇になった。


 先日、とある地方の下っぱが、他地方の参謀の答案用紙(0点)を盗みだし、掲示板にさらすという事件が勃発ぼっぱつ(後に『さすがに論外な変ww』として語り継がれる)。

 それにより過去最大規模、どもえの頂上決戦が始まったのだが、あまりにことが大きくなりすぎたのでPTAが乱入。事態の沈静化をはかり、オイラたちにこう言ったのだ――「当分、おとなしくしてなさい」。


 というわけで、暇だ暇だと言いながら街をうろつき、けっ飛ばす石もなくなって噴水で遊ぼうとしたら、雨が降らないから枯れてるし……。


 そんな究極の暇をもてあましていたオイラたちだったのだが、ついに、とても面白いものを発見した――!


 向こうから鼻歌を歌いつつ、スキップで近づいてくるあれは……。

 間違いない、最近何かと話題の――ギャルだ。


 いいこと思いついた。

 オイラは後ろを振り返ると、仲間たちに呼びかける。


「おいみんな、今日の遊びは――ギャル狩りだ」


 ※


「痛っ!」


 噴水のかげに隠れて待ち伏せし、タイミング良く石を投げつけると、奴が悲鳴を上げた。


「ちょっと、いきなり何すんのよ!」

「いまだ! いっせいにやれ!」


 怒った顔でこちらに近づいてくる奴。しかしオイラの号令によって、仲間たちから小石の集中砲火を受ける。


「ちょ、痛い! や、やめなさいって……!」


 奴は顔を手で守り、体を縮ませて攻撃を防ごうとするが、多方向からの攻撃にじわじわと追いつめられる。


 と、そのとき。どこからか声が響いた――!


「大丈夫ですか、ギャル様!!」


 驚いて、その場の全員が声の出所に視線を向けると、そこには――遠くから走りよってくる執事の姿があった。


「アルメ! たすけて!」


 安心したように執事へ呼びかけるギャル。執事はかなりの瞬足しゅんそくであっという間に駆けつけると、ギャルをかばうように両手を広げた。


 時を同じくして、こちらの集めた小石がそこをつき始めていた。それにより焦った仲間の一人が、とっさに近くに落ちていた石を拾って、確認もせずに投げてしまったのだ。


 そして、その大きな石が――執事のこめかみに命中した……!


「うっ……!」

「きゃあ! アルメ! アルメ、大丈夫!?」


 こめかみを押さえてその場にうずくまる執事。ギャルはすぐさま心配の声を上げた。

 一方、オイラたちは、やってしまったと互いに気まずく顔を見合わせ、ただ突っ立っていることしかできない。

 とても長い間、生きた心地がしなかった。



「おのれ……っ」



 微かな声が、鼓膜を揺らした。

 聞こえたかどうか不安になるくらいに小さな――どす黒い声。

 聞き覚えのないその声に、オイラたちは戸惑ったけれど、声の主は奴しかいない。


 ギャルは鬼のような形相ぎょうそうでオイラたちをにらみつけた――!


「うちのアルメに……何してくれとんじゃぁぁぁぁああああ!!!」


 ※


「に、逃げろ!」


 あれはマジでヤバイ!

 今までの経験からオイラの直感がそう告げていた。仲間たちに呼びかけ、オイラはリーダーとして先陣を切って走り出した。

 それに続いて仲間たちも一目散に走る。素早さでは誰にもまけねぇー、空き地で鍛えた脚力を見せてやるぜ!


 しかし……、しばらく走ったところでオイラは何か違和感を覚えた。

 声は聞こえるのに足音が聞こえない、その声もさっきより小さくなっている?


 まさか!

 あの異世界人――追ってきてない!?


 すぐさま振り向くと、やはり奴はもとの位置に立っていて――仲間が一人捕まっていた。


「逃げるな! この子に何があってもいいのか?」

「ん~~!!」


 口をふさがれ、声にもならない悲鳴を上げる女子。オイラの中で、正義感が暴れだした!


卑怯者ひきょうものぉぉぉぉぉおお!!」


 ※


「さあ、この子をどうしてやろうか。どうしてやろうか?」

「やめろ!!」


 仲間の女子――メルナを人質に取りながら、ゲスなみを浮かべる憎きギャル。

 ついに本性をあらわしたか! やっぱり異世界人は倒さなきゃいけないんだ!

 しかし、敵はのんきにこんなことを言う。


「あれれ? この子、よく見たらすごくかわいいじゃん! ねぇ?」


 いや、ねぇって言われても……。


「近くで見るとますますかわいい。ねぇ? そう思うでしょ!?」

「……………………??」


 いや……、確かにかわいいけど……っ!


「ねぇ――どんなパンツ履いてるの?」

「……っ! いきなり何てこと質問してんだ! しかも真顔で!」


 思わずツッコんでしまった。何だその酔っ払ったエロオヤジみたいなノリは!!


「ねぇ? ねぇ、答えてよー」

「んん~~!(泣)」

「やめろ!」


 嫌がる彼女に対して、ギャルはいっそう下品な顔で詰め寄る。それどころか、今度は彼女のスカートのすそをつまみ――ひらひらと揺らし始めた!


「ほらほらー、答えないなら直接見ちゃうぞー?」

「ん~~、んん~~!!」

「いい加減にしろよ! 口塞がれてるのに答えられるわけないだろ!」

「そっか――じゃあ直接見ちゃおう!」


 そう言うと、ギャルは裾をゆっくりと、本当にゆっくりと持ち上げる。オイラはそれを止めるために全力で叫んだ。


「やめろぉぉぉぉぉおお!!」

「あれ? ちょっと待って――」


 ぴたり、とギャルの手が止まる。それから少し考えて、奴はこう言った。


「さっきから、口ではやめろやめろって言ってるけどさ――全く、止めようとしてないよね?」

「……え?」

「おかしくない? 本当に止めたいんなら、殴りかかるとかこの子を助けにくるとか、そういう行動をとるべきじゃない? 何で? 何でなにもしてこないの?」

「……っ!」


 何でって言われても……。深く考えていなかったので、返答に困る。

 オイラは自問自答を繰り返し、ようやく絞り出した答えをギャルに告げる――!


「だって……見たいじゃん……?」


「素直でよろしい!!」

「やるならできるだけ長くしてくれ」

「あんた、もう助ける気ないだろ!?」

「パンツ……見たい」

「言っちゃったよ! 今ふつうに言っちゃったよ!?」


 オイラは、なぜかれてしまった話をもとへ戻す。


「ゴホン。い、いいからその手を離せ、卑怯者!」


 すると、ギャルは突然、眉間にしわを寄せた。


「卑怯者? 言ってくれるわね、でも――それはそっちのほうじゃないの?」

「は? 黙れ悪党め、そんな口車には乗らないぞ!」

「そもそもさ、あんたが石なんて投げなければこんなことにはなってないよね?」

「それは……敵を攻撃して何が悪いんだ!」

「敵? 私が――私やアルメがあんたに何をしたっていうの?」

「……っ!」


 ギャルは間髪入れずに話し続ける。


「何を根拠に私たちを敵だと思ったの? 確かに私は異世界人だけど、アルメは違うよね? ねぇ!?」

「だから、それは……」


「それは――大人たちがそう言ってたから?」


 全てを見透かしたような、ギャルの余裕ぶった態度にひどく腹が立った。


「違う! そんなんじゃ――」


「いいえ、何も違わない! あんたは他人の評価を鵜呑うのみにして、自分で見定めることを放棄して、それが正しいことだと思い込んで、私たちを攻撃した――愚か者よ!!」


「……違う、違う! オイラは――!」

「じゃあ、あんたはこの子が捕まった時――何をしてた、尻尾を巻いて逃げてたよね?」

「それは、みんなを逃がすために先陣を切って!」


「先陣を切って? 笑わせるな! あんたは仲間のことなんか考えていなかった、自分が逃げたかったから――結局は自分のことが可愛かっただけなんだ!」


「うるさい……っ!」

「その証拠に、あんたはこの子が捕まったことにさえ、長い間気がつかなかった。仲間がちゃんとついて来ているかどうか確かめるために、後ろを振り返ろうともしなかった!」

「黙れ! 卑怯者ぉ……!」

「いいか、よく聞きなさい! 卑怯なのは私じゃなくて、紛れもない――」


「――あんた自信よ!!」


 そのとき、オイラの中の大切な何かが壊れた気がした。頭をじかに殴られたような衝撃を感じたそのあとで、どす黒い感情の波がオイラの理性を根こそぎ奪い去る。


「うわぁぁぁぁあああ!!」


 喉が痛むほどに叫びながら、拳を力いっぱい握り締め、ギャルめがけて走り出した。対するギャルは、左手で人質をかばいながら、開いた右手を突き出して構える。


 オイラは自分でも驚ろくほどの速さでギャルに詰め寄り、あと数歩で拳が届く!

 そのとき――ギャルは心底いらだった様子で、大声を張り上げた!


「ったく! 男はこれだから、少しは自分の弱さを――認めなさいよぉぉお!!」


 その声にこたえるように、途端、ギャルの手のひらから――大量の水が勢いよく飛び出し、オイラは驚くひまもなく水流に体を突き飛ばされ――そのまま大空を飛行した。


「容赦ねぇぇぇぇぇええええ!!」


 鳥の気持ちを疑似体験すること数秒、オイラは広場のすみにある民家の壁に叩きつけられた。

「ぐはっ!」と声にもならない音が漏れ、地面へとうつ伏せで倒れこむ。

 

 もやがかかった意識の中で、ぼやけるギャルの姿をにらみながら、最後の力をふり絞ってこう言った。


「おまえは……自分の強さを知れ……」


 直後、オイラは意識を手放した――。


 ※


 目が覚めると、周囲にはたくさんの人が集まっていた。

 仲間たち、解放された女子、あの執事に魔法使い。そして少し離れたところにいる――ギャル。


 ついでに、壁にひびを入れられた民家のおばさん。いや……弁償べんしょうの話は後にしてくれ! ていうかギャルにしてくれ!


「大丈夫?」

「大丈夫ですか、リーダー?」

「大丈夫かい?」

「自業自得だね?」


 みな口々に優しい言葉をかけてくれる……あれ? 魔術師、心配してなくない?


 まぁ、それはさておき。オイラは立ち上がると、噴水に腰掛けているギャルのもとへと歩み寄る。

「なに?」そっけなく聞いてくるギャル。オイラはゆっくりと――頭を下げた。


「ごめんなさい……」


「ほう」ギャルはおもむろに立ち上がる。

 そのとき、視界の端で、ギャルが手を挙げるのが見えた。

 マズイ、ゲンコツが飛んでくる! そう思ってとっさに目を閉じたのだが……。


 なぜか――頭を撫でられた。


「え?」驚き呆れるオイラの頭をワシャワシャと撫で回し、さらに、満面の笑みであのギャルはこんなことを言ってくるじゃないか。


「偉い、偉い! 素直に謝れるなんて、あんた良い男じゃん!」


 それを聞いて――なんだか泣きそうになってしまった。

 なんだよ、なんでだよ。さっきまで敵だったのに……。そんなことするなんて――反則だろ……。


 じんわりと心に何かが染み渡るのを感じた。優しさとも愛とも知れない何かが、それでも確かに心を溶かした。


 強くて、そのうえ心まで広いだと……?

 

 おのれ、ギャルめ! お前、なんて――なんてかっこいいんだ!!


 気づけばオイラは、こんなことを叫んでいた。


「あ、あの――弟子にしてください!!」

「弟子!? まぁ……いいよ!」


 にこやかに微笑みかけるギャル――改め『師匠』。魔法をかけられたように、自然とオイラも笑顔になった。

 そこへ、わめきながら走り寄ってくる有機生命体が一人……。


「おい! なに勝手に弟子とってんだよ!?」

「はい? いいでしょ、私の弟子なんだから私の勝手でしょ?」

「お前が俺の弟子で、免許皆伝めんきょかいでんもしてないんだからいいわけないだろ!?」

「まぁ……、いいじゃん☆」

「よくないわ!!」


 こうして、オイラはギャルの弟子になった。

 強くて、そして正しい男に必ずなるんだ!

 ただ……。


 あの魔術師の弟子には、なりたくない――!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る