第5.5話 約束<下>(*^ー^)ハ(>〜<*)

 俺の名前はザクマ・ジュン。

 異世界で魔法講師をやっている。

 昨日寝ずに考えた策略によって、ようやく教え子に授業を受けさせることに成功した。


「よし、今日はよく頑張ったな。じゃあ、最後にいい魔法を教えてあげよう。どんなのだと思う?」

「さぁ? 金庫を開けずに現金だけを抜き出す魔法とか?」

「んなわけないだろ、……できるけど」

「え!? できるの!?」

「ああ、朝飯前だ――絶対教えないけどな」

「じゃあじゃあ、人の財布からバレずにお札を抜き取る魔法とか、窓ガラスを無音で破る魔法とか? 気に入らない人の家を遠くから燃やす魔法とか!?」

「あるけど……何でそんな物騒なことしか思いつかねぇんだよ……」


 うちの教え子は、犯罪者予備軍……!


 ※


「答えは――『相手の本音を聞きだす魔法』だ」

「おぉ! すごい! 早く教えて!?」

「よし、じゃあ試しにかけてみるから、よく見とけよ?」


 俺はつえの代わりに人差し指を立てると、それを彼女に向けて呪文を唱える。


「マシュマロ焼けた!」


 たちまち、淡い光が指先から放たれ、彼女に降りかかった。


「……………………???」

「どうだ?」


 しばし静寂が部屋を支配する。

 それから彼女はおもむろに口を開いた。


「何その呪文! 合ってないよね!?」

「よく気づいたな、そこがフィクションとは違うところだ」


 渾身のツッコミをさらりと流された彼女は、首を傾げる。


「はい? どういうこと? っていうか魔法、効いてないんだけど」

「魔法ならちゃんと効いてる。さっき言ったのは本心だっただろ?」

「え!? あれで終わり!? しょぼくない?」

「しょぼいって言うな! うまく使えば滅茶苦茶便利なんだよ!」


ちなみに、一回につき効力は二分ほど持続する。 

俺は少し間を取ってから、真面目な話を始める。


「魔法使いと言えば呪文の詠唱。誰しもがそう思っている――でも、長すぎると思ったことはないか?」

「確かに……めんどくさそうだなぁ、とは思ってた」


「そうなんだよ――めんどくさいんだ。準備に数分すうふんもかかるとか、正直、本当の戦闘じゃ使い物にならない。だから、実際は無詠唱が当たり前、呪文を使うのが無難だが、はっきりとしたものは決まっていない。その教科書にも呪文は書いてないだろ?」


 彼女は教科書をパラパラとめくり、確認する。


「確かに、やり方の説明だけだ……」

「だろ? 呪文は自分で設定する。その際、できるだけ関係ないものにしなければいけない――なぜだか分かるか?」

「さあ、さっぱり」


「これも実戦で少しでも有利に立つためだ。『焼き尽くせ』とか『駆けろ黒雷』なんて唱えたら、すぐさま対応されて打ち消されてしまう。カードゲームと同じなんだよ――心理戦なんだ。自分の手の内を開かすことは、敗北を意味する」


「だから、絶対自分しかわからない呪文をつける?」

「そういうことだ」


 一通りの説明を受け、彼女は納得したようにうなづいていたが、突然首をかしげて怪訝そうに訊いてきた。


「でもそれって忘れたり間違えちゃったりしないの」

「うーん……たまにある」


「あるのかよ! それじゃダメじゃん!」


「でもいいんだ、それによって不意をつき、勝利したっていう記録も多い」

「ふーん……なんか、結構いい加減だね」

「まあ、現実なんてそんなもんさ。いくら魔術が偉大でも、結局使うのは人間だからな。魔物だって生き物なわけだし」


「なるほどねー……」と納得し、完全に油断している彼女だったが、次の瞬間大いに驚くこととなった。他ならぬ――俺の一言で。



「マシュマロ焼けた!」



「……っ! 何でまたかけるの!?」


 驚くというよりも狼狽ろうばいしている彼女に対して、俺は悠然と語りかける。


「さっき俺は、『使い方しだいで滅茶苦茶便利だ』と言ったよな? それを分からせてやろうと思って」

「だからー、拷問とかしなくても敵の情報を聞き出せるってことでしょう? わかってるって」

「もちろんそうだが、それだけじゃない。魔法を『どう使うか』も魔法使いに必要な資質なんだ。例えば――こんな使い方もできるぞ?」


 俺はわざと不敵な笑みを浮かべて大げさに間をとり、彼女をじらしてからゆっくりと話し出す。


「お前、あの執事くんのこと――どう思ってる?」

「……っ!」


 瞬間、彼女の目が不自然に見開かれた。それどころか、見る見るうちに顔は赤く染まり、目はぎこちなく泳ぐ、泳ぐ。


 あ、これは――そういうことだな。


 何の意図もない質問だったが、その様子からバレバレな気持ちを読み取った俺は、俄然がぜん、彼女の答えに期待が高まる。


 おさらいしておくが、今現在、彼女は『本音を聞きだす魔法』にかかっており、嘘をつくことができない。

 その状況の中で、果たしてどんな返事をするのか――これは見ものだぁぁあ!!


 彼女の中では今、様々な気持ちがせめぎ合っていることだろう。

 彼に対する初々しい気持ち。そして素直になれないオトメゴコロ!


 さぁ、どうする? 何と答える!?


 俺の期待の眼差しを受け、照れを隠すようにあさっての方向を見つめながら、今、ついに彼女が口を開いた――!


「ま、まぁ別に――嫌いじゃ……ない、かな?」


「………………」


 

 なんか…………………………………………つまんねー。



「なるほど、そう逃げたか。じゃあ、お前が憎からず思ってるあの執事君も、一緒に連れて行こう」 

「え!? 本当に? いいの?」


 心底嬉しそうな顔をする彼女を見ていると、なんだか微笑ましい。やっぱり根は普通の女の子なんだ。


「ああ、いいとも。だからそのためにも――授業、がんばらなくちゃな?」

「ぐ……」

「約束だぞ?」

「わかったよ……」


 彼女は恨めしそうに俺をにらみつけた。


「おのれ、悪魔め……」


 俺は勝気に微笑んで決めゼリフをビシッと決める。


「そりゃそうさ、だって俺は――魔術師ですから」


 今日の授業はここまで――。


 そう言い残して俺は教室を後にした

 クールに決めておいてなんだが、うれしさのあまり家まで走って帰った。


 こうして俺はこの日、初めてまともな授業をすることができたのだった――。




 そして約束の朝がくる。

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