第4.5話 ドンカン執事(´∀`?)

 ボクの名前はアルメ・ルーフベルク。

 異世界人でギャルなご主人の家で働き始めて、はや二週間がたった。

 いつも通り、炊事洗濯掃除をこなす毎日なのだが――最近少し変わったことがある。


 あれはここにきてすぐのこと。ギャル様が、ご自慢の金髪を強制的に黒く染められてしまったことで深く傷つき、涙を流したことがあった。


 黒髪も似合ってますよ――。


 その際、気休めになればとの思いでボクはそう声をかけたのだが、異変はあのときから始まった……。


 あの日から、なぜかギャル様は――ボクにやさしい……。


 ※


 初めは、ボクが洗い物をしているとき。突然ギャル様が近づいてきた。


「アルメ! 何してるの?」

「え、見ての通り洗いものでございますが……」

「ねぇ、私も手伝っていいかな……?」

「……まあ、いいですけど……」


 おかしい。

 あの、執事をまるで便利グッズのように扱っていたギャル様が、手伝いたいと言い出すなんて。

 絶対に裏があるはずだ。


 そう思ったのだが……、別に何かを要求されるわけでもなく、洗い物は無事に片づいた。


「どう? 私ってこう見えて、家事結構できるんだよ?」

「意外でした、お手伝いいただきありがとうございます」

「……………………」


 お礼をし、次は洗濯に取り掛かろうとしたのだが、なぜかギャル様は

 その場に立ち尽くしている。

 不思議に思って首をかしげると、突然おかしなことを質問された。


「ねぇ、アルメはさ……その、どんな人が好み?」

「好み、ですか?」

「やっぱり家事とか、できる人が好き?」

「うーん……まぁ、できるに越したことはないですよね」

「だ、だよね! 私もそう思う!」


 やはりおかしい。ギャル様がボクと雑談するなんて、絶対におかしい。

 またもや、予想外の質問が投げかけられた。


「この世界って、やっぱり『いいなずけ』とか決まってるの?」

「みんないるわけではありません、一部の貴族だけです」

「ふーん。じゃ、じゃあさ、アルメにはそういう人……いるの?」

「いえ、私の家は代々執事として使える立場ですから、そういった人はいませんが……どうしてそんなことを聞かれるんです?」

「な、なんとなーくかな。す、好きな人とかは……?」

「意中の相手ですか? 特には……」


 ボクがそう答えると、なぜかギャル様は半笑いで、


「へー、そうなんだー。ふーん、そっかそっか、いないのかー」


 と、しきりにうなずいていらっしゃった。かと思えば今度は頬を赤らめて、


「ちなみにー……私もいないよ? いいなずけ」


 と謎の宣言をされるので、ボクとしては首を傾げるほかない。

 そりゃそうでしょ。ちょっと前に召喚されたばかりなんだから。


「じゃあ、私そろそろ魔術の勉強しなくちゃだから」

「はい、ありがとうございました。後で紅茶をれてお持ちします」

「ありがと! じゃあ今度は私が『目玉焼き』っていう料理を作ってあげるよ!」

「『メダマヤキ』!? 何ですかそのおぞましい名前の料理は!?」

「秘密! 食べてからのお楽しみっ☆」


 ギャル様は見たこともないほど上機嫌で、どたばたと階段を上っていく。


「一体、何の目玉を焼くんですかぁぁぁぁ!?」


 その問いに答えは返ってこなかった。


 ※


 別の日にもギャル様はやってきて――


「アルメ! 何してるのー?」

「見てわかりませんか? 植木の剪定せんていですよ」

「へー、私もやりたい!」

「だめです、はしごは危ないですから――ってちょっとギャル様!?」


 ボクの話も聞かず、ギャル様ははしごに登ってこようとしていた!


「ちょ! ほんとに危ないですから!」


 二人分の体重がかかったはしごはバランスを失い、ぐらぐらと揺れ始めた。

 危ない! そう思った瞬間――はしごは思いっきり傾いた。


 まずい! 落ちる!


 反射的に、身を縮めて目をつむる。

 風が耳元を吹き抜け、内蔵が浮くような気味の悪い感覚に襲われる!


「……???」


 しかし、数秒が経過しても、地面に叩きつけられることはない……。


 不思議に思い、恐る恐る目を開けると――ボクは宙に浮かんでいた。


「アルメ、大丈夫!?」


 地面を見ると、そこにはギャル様の姿があって、両手をこちらに向かって突き出している。


「……もしかして、魔法で助けてくださったのですか……?」

「うん、間に合ってよかった」


 そう言って微笑むと、ゆっくりとボクを地面におろしてくれた。


「……ありがとうございました」

「おやすいご用だよ!」


「いや、あなたのまいた種ですけどね……」


「あ……そうだった……」


 ※


 洗濯物を干していると――


「アルメ! 私もやるー!」


 買い出しにいこうとすれば――


「私も一緒にいきたい!」


 ある朝はなぜかボクの部屋にいて――優しく微笑む。


「あ……おはよう、アルメ」


 ボクが池にはまると――手を差し伸べる。


「もー、何やってんのー?」


 どうして? どうしてなんだ、何でそこまでボクにかまうんだ? 

 そんなに優しくされたら、そんなに優しくされたら――!


 ※


 そして、紅茶をお部屋まで運んでいたのだが、絨毯じゅうたんに足を取られ、ギャル様に向かってぶちまけそうになったとき。


「おっと! アルメ大丈夫? やけどしてない?」

「はい、ギャル様が魔法で紅茶の動きを止めてくださったおかげです。ありがとうございます」

「ケーキの方は間に合わなかったけどね……」

 

 そういって、無惨にも床でつぶれているケーキに目を向ける。


「すぐに新しいものをお持ちします。それより、ギャル様の方こそやけどは大丈夫ですか?」

「うん……やけどはしてない」


 それを聞き、ほっと胸をなでおろした。

 しかし、彼女はどこか浮かない表情を浮かべている。


「……あのさ、一つお願いがあるんだけど……?」

「はい、なんでしょう?」


 ギャル様は少し話し出しにくそうな様子だったけれど、一つ深呼吸するとボクの目を見据えて声を発した。


「その『ギャル様』っていう呼び方やめてほしい」


「え!?」

 ギャル様は、呆気にとられるボクとの距離をつめるように一歩前に出た。


「『ギャル様』じゃなくて――『あおい』って呼んでくれない?」


 きらきらとした目でボクのことを見上げ、もじもじと恥ずかしそうにお願いされた。長いまつげがうるわしく、その頬はうっすらと赤く色づいている。

 その姿に、ボクは思わず一歩後ろへ下がる。


「ねぁ、だめかな?」


 ギャル様はまたもや一歩踏み出す。すかさずボクも距離を取った。


「呼び捨てじゃなくてもいいの」


 しかし、再び距離をつめられ、下がろうにも背中にドアがぶつかってしまう。

 完全に追いつめられたこの状況で、彼女はなお距離をつめてくる。ほとんど体が密着していた。

 ギャル様はおもむろに背伸びをして、ボクの耳に口を寄せると――甘くささやく。


「ねぇ――いいでしょ……?」 



「……っ!」

 顔が近すぎて思わず目をつむってしまった。頬にかかる温かな吐息がくすぐったくて――おかしくなりそうだ!


 本当にどうしてそんなにボクのことを? 

 そんなに優しくされたら! そんなことされたら――!


 ほれてまうやろぉぉぉぉぉおお!!


 ※


 あの日から、アオイ様のことばかり考えてしまう。

 ここ数日で皿を五枚割った。

 洗濯物が風に乗ってどこかへ消えた。

 何をやっても上の空。

 でも料理はいつもより旨かった……何で?


 アオイ様に会うと、胸がざわめく。

 会えない時には、胸が締まる。

 ときおり無性に話したくなる。

 わかっている。ボクは、ボクはきっと……。


 アオイ様に――恋をしている!


 おのれ、ギャルめ!

 ボクの心を奪うなんて、なんて――愛らしい人なんだ……。


 憂鬱だったはずの日々は、気づけばバラ色に変わっていた――。



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