第4話 ツンデレ執事\(・ε・)/

 ボクの名前はアルメ・ルーフベルク。

 

 現在17歳、職業:執事見習い。

 

 代々だいだい、執事として『大商家アクリガル家」に仕えるルーフベルク家に生を受けた。

 当然、ボクも執事を志し、二年間通った執事学校をついこの間卒業した。


 そして、ついに執事見習いとして働き始めるというその日――!

 ――アグリガル家が破産した……。


 このタイミングで!? そんなことある!?


 それは、一家全員が路頭ろとうに迷うことを意味していた。

 父さん、おじいちゃん、おばさん、そして兄さん。

 再就職のために、みんなりになってなってしまった。

 

 執事の職探しは結構厳しい。

 よほどのお金持ちじゃないと執事など雇わないからだ。

 

 中でもボクのような執事見習いには、就職先などあるはずもなかった。

 それでも懸命なビラ配りや、突撃の売り込みなどをし続けた結果、なんと! 政府から直々の仕事以来が舞い込んだのだ! 

 

 しかし、ふたを開けてみればビックリ仰天ぎょうてん

 

 ご主人様は異世界人で、今何かと話題の――ギャルらしい……。


 ※


 正直とてつもなく嫌だった。

 異世界人で、しかもギャルなんて。そんなわけのわからないものの世話なんてしたくない。当然でしょ?

 

 ずいぶんと汚れ仕事を押しつけられたものだ。

 しかし、断ることなどできない。ボクはしぶしぶ職場へと向かった。


「ごめんくださーい」


 予想外に豪邸だったので面食らったが、扉を叩いて呼びかける。

 しかし、待てど暮らせど返事がない。


「すいませーん!」


 再び呼びかけてからしばらくして、ようやく扉が開いた。


「……はい、どちらさまですか……?」


 ほんの少しだけ開いた扉から、こちらを不機嫌そうににらむ相手。

 珍しい茶色い瞳に、偽物じみた金色の髪。

 間違いない――異世界人だ。


「お初にお目にかかります。私、今日からここで働かせていただく執事のアルメと申します」

「執事? 聞いてないんだけど。……まあいっか、居ると便利そうだし。どうぞ、入って」


 けだるそうに扉を開き、あごを動かして『入れ』とジェスチャーしてくる。


 その悪すぎる態度に、率直な怒りが湧く。

 おのれ、ギャルめ!

 居ると便利そう? 執事を道具か何かだと思ってるのか?

 

 それに一言の挨拶もなし、無愛想で印象最悪。

 やっぱり異世界人なんて――大嫌いだ!


「……失礼します」


 悟られないように怒りを押さえ込み、中に足を踏み入れた。


 この日から、ボクの憂鬱な日々が始まったのだった――。


 ※


 働き始めて三日目、相変わらず吐き気がするほど辞めたいけれど、今日は初めての来客があった。


 その服装からして魔術師だろう。恐らく魔術の授業をしにきたのだと思う。


 しかし、ボクが一階で食器洗いをしていると、上から叫び声が聞こえてきて、それからすぐに魔術師が帰っていった。


 部屋に入ってから数分のうちに起きた出来事である。

 さすがにおかしいと思ったので、恐る恐る二階の扉を開いた。


「え……?」


 そして、ボクは驚きの声を上げてしまったのだった。なぜなら……。


 

 そこで、見知らぬ黒髪の美少女が泣いていたから――。



 一瞬、頭が混乱したが、すぐに目の前の儚げな少女があのギャルであることに気づいた。

 それによりもっと混乱することになったのだけど、そんなことはどうでもよかった。


 黒髪になっただけなのに、彼女の印象は180度変わっていて、とても幼く、か弱く見えた。

 あのふてぶてしい態度は虚勢を張っていたのだと気づく。きっと今見ているのが素の彼女なのだ。

 

 そこで、彼女がこちらに気づいた。


「……いたんだ」

「すいません、叫び声が聞こえたので、つい……」


 赤くはれた目をぬぐい、何事もなかったかのように装おうとする。しかし直後、またもや涙があふれ出し、ゆっくりと頬を伝う。彼女はこみ上げる悲しみに耐えるように、ぎゅっと唇を噛みしめた。


「あの……大丈夫ですか……?」

「うん! ぜんぜん平気、余裕余裕!」


 明るい声で、懸命に虚勢を張る。その姿がこの上なく痛々しい。

 何でそこまで……。

 

 そう思ったのだが、理由はすぐに察しがついた。


 ……そりゃそうか。突然召還されて、知り合いが誰もいない異世界で生きていかなければならない。そんな状況じゃ弱い部分なんて――見せられないんだ。


 同情するつもりはなかったのだが、気づけばボクはこんなことを口にしてしまっていた。


「黒髪も……似合ってますよ」


「え……?」


 気休めになれば、そう思って言ったのだが、驚いたあと彼女の瞳はよりいっそう涙でにじんだ。

 カーディガンのそでで、顔を覆い隠して目をこする。


 悪いことをした。あからさまな同情が彼女の心を傷つけてしまったのかもしれない。

 ボクはきびすを返し、部屋を出ていこうとした――そのとき。


「ありがとう……グスッ」


 後ろから微かにそんな声が聞こえた。


「……どういたしまして」


 ぽつりと返事をして、ボクは部屋を後にした。


 ※

 

 異世界人はやっぱり嫌いだ。

 よくわからないものは、好きになれない。


 

 でも――同じ人間なんだと気づいた。



  どうたしまして――。


 自分が発した言葉が頭の中で反響する。

 不思議なことに、その声は少しだけ――うれしそうだった。


 その後ボクは、もう少しだけここで働くことに決めた。

 

 楽しくはないかもしれない。

 

 しかしもう、憂鬱ではなくなるだろう――。

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