第3話 最年少魔法講師ヽ(`Д´)ノ

 俺の名前はザクマ・ジュン。


 実は現代の日本から四年前にこの異世界へやって来た。


 幼なじみのりんと遊びに行った遊園地で、『白ずくめの男たち』の怪しげな取引の現場を目撃。

 取引に夢中になるあまり背後から来た白ずくめの仲間に気づかず、怪しげな薬を飲まされ、眠らされてしまった。

 そして、目を覚ますとそこは――異世界だった。


 無一文で途方にくれているところを通りすがりの魔術師に拾われた。

 それからの俺はまじめに修行を積み重ね、免許皆伝めんきょかいでんを受け、魔術師協会に入会する事を果たすまでに成長したのだ。


 そして今日、ついに俺にも弟子が出来る。

 ついに、師匠と呼ばれる日が来たのだ!


 普通ならこんなに早く弟子をとることはないのだが、今回は国王から直々に依頼を受けた。話を聞いてみると、確かに俺が適任だった。どんなベテラン魔術師よりも

 おそらくこの世で一番ふさわしいだろう。


 というのも、その子は同じく異世界から来たらしく――生粋きっすいのギャルらしい。


 ※


 俺は意気揚々と、彼女が住む立派なお屋敷へと向かった。

 何でも、始めに提供された部屋が気に入らなかったらしく、「豪邸に住ませないなら帰る」とだだをこねて一悶着あったそうだ……。


 屋敷に着くと、出迎えた若い男の執事が案内してくれた。二階の一室の扉を開くと、予想通りの立派なギャルがそこにいた。しかも結構かわいいじゃないか。


「初めまして、今日から君の魔術教師をさせてもらうザクマ・ジュンだ。話は聞いてると思うが、君と同じく日本人。教科書は俺が日本語に翻訳してあるから心配はいらない。というわけで、これからよろしく」

「…………」


 ほほぅ、無視どころかこちらを見もしないとは。これはなかなか手強そうだ。

 ひとまず俺は、部屋の前方に用意された教卓に移動する。


「えー、時間もないので、さっそく今から授業を始めていくわけだが――その前に……」


 俺はそう言って、掲げた指をパチンと鳴らす。


 すると、たちまち黒い泡のようなものがどこからともなく発生し、彼女の頭を取り囲んでぐるぐると回転した。


「ちょ、ちょっと何これ!? 汚い! あっち行け!」


 驚いた彼女が手で泡をはらおうとするが、泡はするりとその手をかわして回転を続ける。

 頃合いを見計らって俺がもう一度指を鳴らすと、泡は散り散りになって消えた。


「何だったのあれ!? 嫌がらせ!?」

「ほら、自分の顔見てみろ」

「は?」


 俺はふところから取り出した鏡を彼女に向かって投げる。

 そして、彼女は自分の変わった姿を見て大声を出した。


「えぇぇぇ!? 髪が黒に戻ってるぅぅ!?」

「金髪は魔術を学ぶ者としてふさわしくないからな。日本の学校スタイルで教えていく」


 ぶつぶつと独り言を言っている彼女の机に教科書を置いて、教卓に戻る。


「はい、じゃあ教科書の一ページ目を開いて――」

「ありえない……」

「え?」

「ありえないっ!! 智花ともかと一緒に染めた初めての金髪だったのに!!」


 驚いて顔を上げた俺が見たのは、あまりに予想外の光景だった。気の強そうに見えたあのギャルが、顔を悲しみに歪めて――泣いていた。


 その姿はとてもギャルなどではなく――ひとりの、か弱い女の子だった。


「帰ってよ……」

「ごめん、俺が悪か――」

「帰ってよ!」

「……………………」

「早く帰れよ!!」


 号泣しながら叫ぶ彼女。謝ろうとしても、赤く腫れた目でにらまれてしまう。聞く耳を持ってもらえない……。


 まさか、そんなに怒るとは。今さら罪悪感が痛いほど胸を締め付けるが、もう、遅い。

 どっちにしても今日は授業どころではないので、言われた通り帰って、また明日出直すことにしよう。

 俺は荷物をまとめて、部屋を出ていく。


「ごめん……」


 最後に心からの謝罪を残して、そっと扉を閉めた。


 やってしまった……こんなはずじゃなかったのに……。


 ※


 次の日から、彼女の復讐が始まった。


 はじめからどうもおかしいと思っていたんだ。

 まず昨日のことを土下座して謝ったら、


「あ、もういいんで。全然気にしてませんから」


 と拍子抜けするほどあっさりとゆるされてしまった。

 そのうえ、


「それより、早く授業を始めてください。先生」


 と、昨日とは打って変わって素直になっているじゃないか。


「えー、じゃあ教科書の一ページ目を開いて――」


 一抹いちまつの不安を抱きながらも、俺は授業を開始した。

 最初は入門編の『触れずに物体を動かす魔法』から。彼女は、終始まじめに授業を聞いていて、一通りやり方を教えると、


「なるほど! そういうことなんですね!」


 と、一回で全てを理解してふんふんと頷いていた。

 それどころか、


「じゃあ、試しに使ってみてもいいですか?」


 実技練習をしたいと申し出る始末。実に積極的だ。


「ああ、じゃあ一回やってみようか」

「はい、いきます」


 そう言うと彼女は両手を体の前に突きだし、意識を集中させ始めた。そしてしばらくすると、対象の物体がガタガタと左右に揺れ始め、ついには宙に浮いた。


「やったー! 先生、成功しました!」

「お、おぉ……」


 正直、予想外だった。筋が良いと誉められた俺でも3日かかったのに、まさか一発で成功させてしまうとは……。

 ギャルは魔法適正が高いという話は、やはり本当だったらしい。


「すごいな、お前はかなり筋が良い」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ただ……ひとつだけ気になることがあるんだが……」

「え? 何ですか?」

「何で――」



「――何で俺のカバンを浮かせてるの?」



「……何となく?」

「あっそう……じゃあそろそろ下ろそうか」

「はい――あっ!!」


 カバンを宙に浮かせたまま、彼女は突然大声を出した。


「どうした!?」

「な、何か、ま、魔力が暴走して――あぁ!!」

 そのとき、苦しみだした彼女の手がなぜか右に動かされて――


 バリン!


 ――と、窓ガラスが割れ、俺のカバンが外へ飛び出し、


 バシャン!


 と、庭の噴水の中へ――落ちた。


「え……?」


 呆気に取られている俺に彼女は言う。


「すいません! 何か突然、制御が効かなくなってしまって!」


 そして最後に、ニヤリ、と悪魔のような微笑みを浮かべた。


 それを見て、俺は全てを悟る。

 ああ、こいつ――はじめからこうするつもりだったんだなぁ。へー、そうなんだぁ。


 おのれ、ギャルめぇぇぇぇぇぇええ!!


 絶対、昨日の復讐じゃん! 初級魔法で魔力暴走とかないから!! そもそも芝居がへたすぎるわぁ!!!

 俺は彼女を睨みつけ、精一杯、性格の悪い笑みを浮かべて吐き捨てる。


「今日の授業はここまで!」


 俺はこんなことではくじけない。こうなったら、何が何でもお前を世界一の魔術師にしてみせる!!


 そんな決意を込めた、宣戦布告の一言だった――。



 PS

 俺がカバンを取るために部屋を出ると、後ろで彼女の高笑いが聞こえてきた。

 ちなみにカバンの中身は水浸し……。

 くそぉ! おぼえてろよぉぉぉぉ!!!

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