二人の縁
馴れ初めはシンプルだ。中一の秋、なんらかの事情で転校してきた彼女と最初に仲良くなったのが私だった。
多分いじめられていたのだろう。なにやらおっかなびっくり接していた彼女は、しかし生来の特性から三日でクラスの女子に総スカンを食らうこととなる。そんな懲りない女と初めて仲良くなったのが、同じくクラスで浮いていた私だったというわけだ。ただ、それだけのことでしかない。
それからは、二人だけの世界――というのは少し可笑しいかもしれないが、他に友達の居ない同士、なにをするに一緒だったように思う。しかしそれまでは、きっと普通の友達だったのだ。少なくとも彼女はそう思って居ただろうし、私もそのつもりでいる。この気持ちに気付いたのは、高校生になってからだ。
彼女と交際を始めてから二回目の夏。二人で手を繋いで花火を見た
そんなわけだ。文字通りに寝る間も惜しんでいた私達は、この普通ではないシチュエーションに強い高揚感を覚えていたのだと思う。いくつかとりとめのない言葉を交わした後に、彼女はこんなことを口走っていた。
「夜に恋人同士が二人きりですることといったら……アレだよね」
「ええ、なんだろう」
私はとぼけた。多分、怖かったからだ。
私がビアンであることは、中学校に上がったあたりで自覚していた。だからこそ彼女の告白も受けた。断る理由がなかったからだ。しかし当時の私は、恋心というものを抱いていなかった。ただただ状況に流されるままに彼女と交際していたのだ。だから、決して長く続くような関係ではないと思っていた。だってありえない。こんな我儘な女と添い遂げられるわけがない。それなりに仲良くしていたが、誰よりも近くにいる分彼女の汚点もよく見えていた。
だから、これ以上深い仲になることに抵抗があった。恐怖と言い換えても良い。ここで肉体関係を結んでしまったら、もう元には戻れないのではないか。ただでさえこんな旅行にまで連れ出されてしまったのだ。これ以上流され続けるのは良くないと、思っていた。
しかし彼女は強引だった。
「ユカリったらとぼけちゃってさ」
不意に顔が近くなる。恋人ごっこの距離じゃない。キスはしたことがある。が、違う。これは違う。
「ま、待って。まだ、心の準備が……」
「ユカリの心の準備、いつまで経っても終わらないじゃん。いつもあたしが誘わないとなにもしてないの、知ってるんだからね」
なにも言い返せなかった。
ありえない。口で言うのは簡単だった。しかし私の冷静な部分が、過去を省みるのだ。
「あたしが居ないとなにもしないんだから」
私はつまらない人間だ。特に趣味と言えるようなものもないし、部活動は帰宅部。頑張っているのは、受験のための勉強ぐらいだろうか。それだって、多分人並みにしか励んでいない。
それを、彼女が?
「私は、なにかがしたいわけじゃないし……」
嘘ではない。一日なにもしていなくても、特に退屈を感じるわけではない。
「じゃあ、あたしと遊んでてつまらなかった?」
はっきりと言える。
「それは……違う」
彼女と遊んでいて楽しかったのは本当だ。
「じゃあいいよね。あたしの我儘に付き合ってよ。きっと楽しいから」
そこでようやく気づいた。
彼女の我儘は私に新しいものを見せてくれる。その傲慢さは決して評価されるものではないのかもしれないが、しかし私には必要なものだったのだ。それがあるから、私はこの夏に充足感を覚えていたのだと思う。
そう思うと、途端に彼女のことが愛しくなった。虫が良すぎる話かもしれないが、この女は私に必要な相手だったのだ。その我儘がないと、私はつまらない人間をやめられない。踏み出す一歩はいつでも彼女の隣にあったのだから。
それからは、とにかくされるがままだった。彼女はとても下手くそで、全然気持ちよくなかったが、それでも不思議と嫌な思いはしなかった。
それから二人の関係に変化があったわけではない。彼女が誘って、私が頷く。それはいつまでも変わらない。それでも私は、彼女の言い放つ我儘を楽しみに待つようになっていた。関係は変わらなくても、私の気持ちは変わっていたのだ。
……その関係が彼女の我儘で終わってしまったのは、皮肉と言うにはキツすぎる。我儘で始まった関係の幕引きとしては、むしろ妥当とまで言えるはずなのに。
私は彼女のモラトリアムに付き合わされていただけなのだ。
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