目を覚ましたエル
塩と胡椒を買い取ってもらいお金を手に入れた俺は宿の場所を教えてもらい向かうことにした。教えてもらった宿はこの村には1軒しかない宿。今目の前に立っているのだが…部屋の空きがあるかどうかわからないくらい小さな宿だった。
このままここにいても仕方ないのでとりあえず宿の中へと足を運ぶ。
「あっお客さん?」
建物の中は入ってすぐ食堂のようになっていて食事をしている人が数人おり、そのテーブルに丁度食べ物を運んでいた女性がこちらに気づき声をあげる。
「ちょっと待ってね、えーと…そこのカウンターの前いてっ」
女性が指差した場所は入り口から入って直ぐ右前のカウンターのようだ。言われるままカウンターの前で待つことにする。待っている間暇なので急がしそうに動き回っている女性を見ていると、どうやら店内で動き回っている人はその女性だけであることに気がついた。
「お待たせーっんーと…食事にきたのかしら?それとも宿に泊まりたいのかな?」
「泊まりたいんだが…忙しそうだな」
「まあね~フロワは全部私が1人でやってるからね、しかたないのよ」
そんな会話をしつつ宿に泊まる手続きをし、部屋を教えられた。
「ふぅ…」
持っていた荷物…といってもエルと狩りをしたときの2人のマジックバックだけなんだが、それをベッドの横の台に降ろすと俺はエルをベッドに横にする。このマジックバックは選別代わりにヘンリックがくれた。中身もそのままなんだが、それよりも手ぶらだと思われないカモフラージュの役割のほうが大きい。
マジックバックの1つからシチューの入った鍋を取り出し器に盛る。後はパンの入った籠を取り出せば食べることが出来る状態だ。ここまで約半日でまだ昼食を取っていなかったのだ。
「しまった…この器どこで洗おう」
前は全部エルがやってくれていたのでそこまで考えがいっておらず、ついそのまま器にシチューを盛ってしまったのだ。食べ終わった器を眺めながらどうしようかと頭を悩ませていると、すっと器に小さな手が伸びてきた。
「…んっ」
次の瞬間薄っすらと器が光ると元の綺麗な状態に戻っていた。器が綺麗になったのはもちろん驚いたのだが、それよりも…
「エル…」
やっとエルが目を覚ました。生きているのはわかっていたがこうやって目を開け動くのを見ると涙が出てきそうだで、言葉に詰まってしまう。綺麗になった器をじっと眺めた後エルはそれを前に差し出してくる。
「ああ…綺麗にしてくれてありがとう」
「んー!」
ぶんぶんと首を横に振り何かを否定してくる。視線が鍋のほうへいっているのに気がついた俺は、鍋の蓋を開け中を見せる。するとエルの目がキラキラと輝いていた。
「食べたいの?」
今度は首を縦に振った。あっていると言うことなんだろう。器にシチューを盛り、エルに渡すと直ぐに食べ始めた。すごく幸せそうな顔をしていてこちらも顔が緩んでしまう。それにしてもさっきからエルはなんで言葉を話さないのだろうか。
少しするとエルの手が止まった。じっと自分の手を眺め驚いた顔をした後、顔を触り、耳を触り、立ち上がって足元を見る。
「………ふぇ?にゃに…これぇ」
うまくしゃべれないのか言葉が少しおかしいエルはあわてて口を両手で塞いだかと思うと、こちらをじっと見つめている。その視線は知っているなら理由を話せと言わんばかりで、自分からは言葉にしようとはしなかった。
◇
一通り説明をするとエルはうまくしゃべれないなりに言葉にして俺に伝えてきた。その言葉は…
「しゅこし…ひちょりにぃしちぇ」
「少し一人にして」それだけだった。部屋を追い出された俺は行き先もなくそれほど広くない村を歩き回る…といっても見るところはほとんどなく、行商人達がやっている店に再び足を運んでみた。さっきはあまり見ずに塩と胡椒を売っただけだったからな。何か変わったものとかあればエルにいい土産になる。
肉や野菜、先ほど売った店で調味料を扱っている店…あとは古着も売っているのが確認出来た。服か…そういえばエルは服がなくサイズの合わないものを無理やり着ているだけだったな。綺麗なものは大きな町とかに行ったときに手に入れられるだろうから、今はまずサイズの合う服を用意してやるべきだろう。
子供用サイズが集められている箱の中を物色する。すごく小さいものから程々のサイズまでさまざま入っていた。どうやら男の子のものより女の子のものが多いみたいで大変助かる。やっぱり男の子の服はいくら古着といっても着られる状態のものがあまりないのだろうな。
3着ばかりワンピースタイプの服を合計15クルで購入すると今度は靴を探すことにした。……が、靴はここの店には1軒もなかった。
「靴はないか…まあ下着とかもないみたいだが」
無い物は仕方がない。となると…作るしかないか?でもこの世界の靴となるとどんなものなんだろうか。あまりにも違いすぎるものを身に着けると不審に見られるし、狙われて身に危険も及ぶだろう。しかたなくしばらく回りを行き来する人々の足元を眺めることにする。
見た感じ靴の底の部分はゴムではなく木で出来ているみたいだ。チラリと自分の足元を見る。よく目にする運動靴だ。この靴のままだと俺もまずいかもしれんな…
じゃあいっちょまねをして作ってみますか。
【木底靴(大人用)】
底の部分が木で出来ており、白い布が張り合わされ足首のところを紐で結ぶタイプ。
んー…布だとすぐ破けそうだな。ここの部分を薄手の皮とかにしたら結構いいんじゃないかな?
【高級木底靴(大人用)】
底の部分が木で出来ており、角うさぎの皮が張り合わされ足首のところを紐で結ぶタイプ。
ああーっうさぎぃ~~そうか…これから俺はうさぎを履くことになるのか…うん、しかたない。おなじようにエルの分も作ろう。どうせなら少しかわいくなるように縛る紐を太くしてリボンが目立つようにしてみよう。
「よし…こんなところかな」
さて、大分時間潰せたしエルも少しは落ち着いただろうか…まあ死んで生まれ変わったと言われても納得はできないだろうけどな。こんなことが出来るあたりやっぱりあの神が行ってたことは本当で、ここは異世界ってことがはっきりしたな…頬をつねると痛いしなっ
そんなことを考えながら宿へと向かう。エルが許してくれるかどうか宿が近づくにつれて不安になる。まあ許してくれなくても大きくなるまで面倒は見るつもりだから、気にしても行動は変わらないんだけどな。
宿に着くと昼から大分時間かたっていたので食堂に人はかなり少なく、店員の女性は別の人が仕事をしていた。昼にいた女性はきっと休憩にでもいたんだろう。それを横目で見ながら部屋へと向かう。
「エル…ソウだけど入るよ?」
一応扉をノックしてからドアを開ける。部屋にいたのは笑顔で迎え入れてくれるエルだった。
「おかえりー思ったより遅かったね~」
「ああ、どうせならとエルの服と靴をそろえてきたよ」
「わっ助かる~この格好だと布がまとわりついて動きにくかったのよね。ねね、どう?何か気づかない??」
「ん??」
あーそういえばずいぶん普通に喋ってるな…
「喋りが元に戻った?」
「ふふーん。練習したんだよーそのために外出てもらってたし!やっぱりこうじゃないと落ち着かないしねっ」
「練習…?え、いや…気持ちの整理とか怒ってたとかじゃなくて?」
「怒るって……何を?」
ほんとにわからないようで不思議そうにエルは首を傾げている。
「あーもしかして私が死んだこと?もしそうなら気にしないでよ。別にソウのせいじゃないでしょ?むしろ記憶継続で人生を子供からやり直しなんて得した気分じゃないっ…ね?」
今までで一番の笑顔でエルは微笑んだ。俺は逆に驚いてしまってなんともいえない気持ちになった。
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初めて宿を利用する +1
神の試験を受けることになった俺は異世界を謳歌する れのひと @renohito
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