旅の始まり

 揺れる馬車の窓から外の景色を眺めている。あまり変化のない景色は退屈で、たまに欠伸がこぼれる。現在エルは俺の膝の上でまだ目を覚まさない。サイファンを出発してもう半日は経つというのに……


 昨日のことがあってから俺は『リサーチ』を常時発動することにしている。2度と同じことにならないためだ。その情報によると周りにたまに赤い点があわられるが、近づいてきたものは順次その光りが消えていく。この馬車を護衛している冒険者の人たちが処理をしているみたいだ。その『リサーチ』の常時発動もそうなのだが、もう1つ決めたことがある。『リインカネーション』このスキルを使うことの禁止だ。たしかにエルは今生きているが、本来のエルとは違う存在になってしまったのだ。同じような人を増やさないためにも使わないほうがいいだろう。


 そのエルは気持ちよさそうに寝ていてまだ目を覚まさない。そっと頭をなでてみるが無反応だ。エルのことはちゃんと責任を取らないといけないな…神の試験が終わるまでは絶対に。で、その神の試験なんだが、どうすれば終わるのか期間が決まっているのかもさっぱりわからないときた。後の2人がどこにいるかもわからなければ、競っているのかそれとも協力するべきなのかも不明。


 そちらにしてもエルが大人になるまで世話が出来るといいなーと思っている。


 さて、それは置いておいて問題はこれからの生活になるのだが…とりあえず定住する家がない。今この馬車が向かっているのはサイファンより南のほうにある町でペディーロという港町だ。その途中、リノーという村で3日滞在するらしいが、まあどちらで降りることにするかはまずリノーについてから考えることにしようと思う。ここについたらまずはどうやって生活していくかを考えないといけない。エルフ達のように自給自足はどう考えても俺には無理だからな。最悪現在食事だけは何とかなっているからまあ死ぬことはないので、安心だ。まあ他も案外『創造魔法』でなんとでもなりそうな気もする。


 ぼんやりとそんなことを考えていると馬車の速度が落ちてくる。そろそろリノーにつくと『リサーチ』上の地図が表示していた。


「さて、どうすっかな…」


 馬車を降りた俺はエルを背中に背負いリノーを眺めている。行商人達はそれぞれ店を出す準備などに忙しそうで、この村のことを聞き損ねてしまった。本当ならまずは宿を探すところからなんだろうが、あいにくそれは出来ない。なぜなら…お金がないから…ね?となるとまずはお金を少しでも用意しないといけないわけだ。


 『リサーチ』上を確認すると人が集まっている場所があるのがわかる。人がたくさんいるなら情報も入りやすそうだとここに向かう事に決めた。


「あーなるほど…」


 目の前はぼちぼち人がいる。どうやらここは行商人達が店を開くための場所のようだ。数人馬車で見かけた人がいるので間違いないだろう。まだたくさんではないがちらほらと商品が並び始めているのでそれを眺めながら歩く。見たことがないものが多くて見ているだけで少しだけ楽しくなる。たまに割りと新鮮な肉とかが売っていて軽く驚くが、どうやらこれは道中に冒険者達が倒した魔物の肉を買い取ったものなのだそうだ。


 この冒険者という職業は誰でもなれるものらしく、うまくいけばお金も稼げるとのことだが…エルを連れたままはどう考えても無理だから半分あきらめている。半分というのはエルの安全を確実にする方法を思いついたら出来ないこともないと思ったからだ。だからといって冒険者になるかどうかは未定だ。


「…ん?」


 眺めながら歩いていると調味料を扱っている店を見つけた。それを見て結局料理はしなかったが、塩と胡椒を用意しただけで放置していたことを思い出す。どうかんがえても使わないものだし、数日の宿代になりそうだったらどっかで買ってもらえないかなーと値段を確認する。


「ええと……?」


 塩が1kgかな…これ。そのくらいで500クル。ふむふむ…俺の持ってる塩は5kgだから2500クルくらいっと。まあ買い取ってもらったらもっと安くなっちゃうだろうけどね。どうやら1クル1円くらいの価値があるみたいだからここだと少し高めなんだなー程度か。となると…胡椒も似たような金額かな?


「ぶふぅ!?は…?」


 いちじゅう…あれ?8万クル……つまり5kgの胡椒は…40万クル………高ぇ…


「おっにいさんお目が高いね~それはコショウっていって料理に使う香辛料だよ。ちょーっと高いがそれを使うと断然美味くなるっめったに量が手に入らないから今が買い時だよ!」


 胡椒を眺めていると恰幅のいい女性が話しかけてきた。多分ここの商人だろう。


「あ。いえ、えーと…」


 なんて言えばいい?


「なんだ客じゃないのかい?」

「…すみませんっ宿に泊まるお金がないので何か買い取ってください!!」


 恥じとかは捨ててここは正直に言うことにした。頭を下げ頼み込む姿はその女性を驚かすのには十分だった。


「…ぷっあはは!そうかいそうかい…そうだねぇ~そんな小さい子連れてちゃ大変だねぇ。んー…見ての通りこの店は主に調味料を取り扱っているんだが、私のところで扱えるものがあるなら買い取ろうじゃないか」

「ありがとうございます!!」


 うん、正直がよかったみたいだ。


「でもねぇ~にいさん。誰も彼もあっさりと信用しちゃーいかんよ?まあ私はそんなことするつもりはないがね」

「はい、気をつけます」

「で…何を買い取ればいいんだい?」

「まずはこれを…」


 塩の入った袋を取り出し女性に渡す。女性はすぐに袋の口を開け中を確認する。手のひらに一つまみだしそれをペロリとなめた。


「うん、塩だね。この袋の中身は全部塩かい?一度袋を入れ替えて確認してもいいかい?」

「もちろんです」


 女性が塩を移し変えてる様子をじっと眺める。まあある程度安くなってしまったり量をごまかされても仕方ないと思う。今はそれよりも少しでもお金がないと困るのだ。それでも一応ちゃんと見てますよーという姿勢だけはしておいた。


 量りを取り出すと片方になにやら金属を1つ置き、その反対側に塩の入った小袋を置いている。ちょうど水平になったところで塩をおろす。それを5回繰り返した。ああ…昔理科の授業で使った…なんだっけあの量りそんな感じ。なるほどね~あの金属は1つ1kgなんだな。


「お、5袋分だね。じゃあ1つ300で全部で1500クルでどうだい?」


 思ったより良心的な買取価格だった。売値の半額以下とかだったら胡椒は他で売ろうと思ったけど、この人なら大丈夫そう。


「はい、十分です。あの…その金額でここの宿って泊まれますか?」

「ああ1泊なら出来るね。確か一部屋1000クルだったかな。食事は別料金だけどそこはいいのかい?」

「部屋が借りられれば問題ないので大丈夫ですね。あ、あともう1つお願いしていいですか?流石に1泊の代金だけだと心もとないので…」

「そういえば「まずは」って言ってたねぇ~後は何があるんだい?」


 塩の買取価格で安心できたので続けて胡椒の袋も取り出す。塩の袋より少しだけ大きめな袋だ。


「ん…大きな袋だけど見た目よりは軽い…これも全部買い取る方向でいいのかい?」

「あーもしかするとちょっと高いかもなのでそちらの予算の都合でお願いします」


 そうそう胡椒は高額商品だ。相手に負担がない程度買ってもらえればいい。とりあえず数日の宿代が手に入れば安心できる。


「これは…」


 女性の喉がゴクリと鳴った。目付きが鋭くなり袋の中を観察するようにじっと見ている。そのままそっと手を入れ胡椒を一粒取り出した。


「悪いけど1つ使わせてもらうよ?」

「はい、どうぞ…」


 胡椒は実の状態のままだったのか…中を確認しなかったのは失敗したかな。そんな俺の考えごとはもちろん相手にはわからないのだが、お構い無しに胡椒の実をすりつぶす。つぶし終わるとそれを塩のときと同じようにペロリとなめた。


「んんん~~これこれっ上等な胡椒だねぇ~」

「えーと粉末じゃないけどいいんですか?」

「ああ、むしろこの方が都合がいいね。粉末にしたら早く遣わないと固まっちゃうからね。…とそうだね、胡椒は1kg6万クルでどうだい?えーと…全部で30万クル」

「……え、全部ですか?」

「もちろんさ。これだけ物仕入れるチャンスはないからねぇ~この後行くペディーロで売って儲けさせてもらうよ」


 どうやらこの村で胡椒は売れないもののようだ。ありがたく買い取ってもらうと俺は宿を探すことにした。


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