第2話交わす言葉


図書館につくと、あの独特な音。幼い頃は、あの音


が嫌いで父の側を離れなかった。中に入ると、灰色


の絨毯が敷かれ、気持ちの良いくらいの温度で冷房


が付いている。薄っすらと濡らした体を冷たい風が


撫でる。古書と、人の匂いが鼻に通る。これもま


た、独特だと思った。目に飛び込んだものは、新刊


や、司書一押しの本や園芸などの雑誌が、配列され


ていた。少々乱れていたものの、眼を見張るほどで


はない。ウロウロと興味を惹かれる本を吸い付くよ


うにみて回った。僕は昔から天体に興味があり、夜


空や宇宙などの画像にはとても心踊らされる。その


本に夢中になっている時、何処か懐かしい香りが僕


の鼻を通る。振り返って見ると確信は無いが喫茶店


に居たあの人だと思った。彼女も少し驚いた様子で


僕に微笑みかける。少し胸が高鳴り、それはすぐに


引いた。「よく喫茶店にいる人ですよね」と彼女が


弱々しい声で聞いた。僕は灰色のそれを見ながら


「はい」とだけ答えた。それから数分、時が流れ


た。でもそれは気まずいという訳ではない。むしろ


僕の心を癒してくれるようだった。話すのを躊躇い


ながら、でも彼女は目を輝かせて話した。「天体が


お好きなのですか」「はい、、、。昔から興味があ


って、、、。」「そうなんですか。実は私も夜空や


宇宙の画像や本をよく読むんですよ。」とどこか興


奮気味で話している。返答に困っていると、もうす


でに話しが進んでいた。「じゃあ、今度いつもの喫


茶店でお気に入りの本を持ってきて、一緒にお話し


ませんか。」戸惑ったが、「宜しければ、、、。」


と答えた。「良かった。では、時間はどうしましょ


う。」「いつでもいいです、、、。」「では明後日


の午後4時はどうでしょうか。」「大丈夫で


す、、、。」「分かりました。では楽しみにしてい


ます。」と言って用が済んだのかそのまま帰ってし


まった。、、、なんでこんな僕にかまってくれるの


だろうか、、、。疑問はいくつも浮かんで消えては


くれない。


約束前日、僕は人目を気にして慎重に着る服を選


んでいた。(それと、第一印象は大切にしたいもの


だ。人は会ってたったの3〜5秒で信頼性、清潔感


などが確立してしまう。その印象は、そう簡単に変


えられるものではない。と言ってももう遅いのかも


しれないが、、、。)しかし、どれもこれも暗い色


合いのものしかなかった。ただ、一つだけ薄青のブ


ラウスがあった。流行のものではないが今はそんな


気分だ。そのブラウスと黒のパンツを合わせて着る


ことにした。



約束当日、今日の心拍数はまるで整っていない。


乱れて、落ち着きが無い。病気かと疑って見たが、


どうもしっくりこない。自分に興味があったのは、


初めてだ。



名前は日比㮈燈。僕と1年下の二十歳。彼女の好


きな食べ物はガトーショコラ。運動は、てんで出来


ないが勉強面ではそこそこと言っていた。好きな色


は青。宇宙と夜空を観察するのが趣味なのだとか。


そうやって、自分の事を話した。声は小鳥をも耳を


そばだてて聴きたくなるようだった。


ついに、僕の時間がやって来た。「ぼ、僕は速時翔


琉。好きな事は星空を眺めること、、。」それ以


外、自分の事がわからなかった。だから、それ以上


話すことも相手を見ることも出来ない。いつもな


ら、もっとないの?とか、それだけ?見たいな顔し


て見られるからそれ以外会話が続かない筈だった。


だけど、彼女は小さく首肯し、微笑んだ。はっきり


言うと、僕はこの時本当に嬉しかった。人は型が大


方決まっているのだと、勝手に決めつけていた。人


は、普通ではない人のことを排除しようとするの


だ。でも、この人はいつもと違う。自分の存在を認


めてくれた。心の中で素直に思った。しっかりと言


葉となって体の中の細胞が自覚する。だから、また


人と話したくなった。こんな感覚は久しぶりだっ


た。血の流れが早く感じて、高揚する。「僕のこ


と、おかしいと思わないの?」「なんで?思うわけ


ないよ。速時くんは、人の事ばかり考えすぎてるだ


けだよ。自分が好きなものに人の意見なんて必要な


いでしよ。たまには、適当に生きても良いんじゃな


い?」「、、、そっか。」すると、彼女は微笑みな


がら、何注文する?と聞いてきた。「エスプレッソ


とキッシュ」「了解!私は、おきまりの抹茶ラテと


ガトーショコラ!」すると、早速店員にその4つを


注文した。この店は、2人で経営しているから、多


少時間は掛かるのは仕方がない。この喫茶店の物は


本当に美味しい。僕の中の常にある感情を忘れさせ


てくれる。そんなこと思いつつ、星空や、宇宙の話


に夢中で聞いていた。「速時くんは、何座です


か?」「山羊座です、」「そうなんだ!山羊座は、


横道12星座なのは、分かるよね?」「蠍座とか、


天秤座とかの、?」「そうです!その星座の神話


は、結構有名で、ギリシャ神話に出てくる、ゼウス


って人がいるのは知っていますか?」「あんま


り、。」「ゼウスは、ギリシャのオリンポス山の頂


上に住むと言われている、オリュンポス12神と呼


ばれる神様のうちの最高位の王の事です。この、ゼ


ウスは厄介な人で、浮気をよくしていました。エウ


ロパは、そのうちの一人の娘の事で、その娘をさら


う為、雄牛に変身するというお話が、牡牛座の由来


になりました。」「面白いですね。他に聞きた


い、、。」少しの違和感を感じたが、気にせず話し


た。「またまた、ゼウスが、アルクメーネという人


妻に浮気をし、子供である、ヘラクレスが産まれま


す。そして正妻であるヘラは幸せそうなヘラクレス


が気に食わず、ヘラクレスを錯乱状態にされ、自身


で、自分の妻と子供を殺させるのです。我に返った


ヘラクレスは、罪を償う為、父である、ゼウスに相


談しました。すると、ゼウスはティリュンスにいる


エウリステウスに行くように行ったのです。する


と、エウリステウスは、ヘラクレスに12の試練を


与えたのです。そして、そのうちの一つであるヒド


ラと闘うのです。そのヒドラは、大蛇で、8つの首


を持ち、そのうちの一つが、不死身になっているた


め、ヘラクレスは、1度身を引き、甥である、イオ


ラオスのたいまつの炎で、8つの首を焼きました。


でも、不死身の首は、死ぬ事ができない為、岩を投


げつけ、ヒドラを封じました。ここで、登場するの


は、横道12星座となっている蟹座です。この蟹の


名を、カルキノスと言います。カルキノスは、ヘラ


クレスとヒドラの闘いは、見ていたのですが、ヒド


ラが優勢だった為、心配はしていなかったのです


が、最終的にヒドラが倒されたところを見て、カル


キノスは、たった1匹でヘラクレスに立ち向かうの


ですが、ヘラクレスは足で踏んづけ、相手にすらし


ていなかったのです。これを見たヘラが哀れに思


い、星にしました。それが、海蛇座と、蟹座の由来


となったのです。ヘラクレスは、ギリシャ神話最強


の英雄として、有名ですよ。」「ありがとう。話


が、出来て良かった。それでは、今日の所はこれ


で。、、、太陽が西の60度になった頃、いつもこ


のコーヒーに思いを馳せる。」彼女は放心していた


が、その言葉だけを伝え、喫茶店を後にした。夕日


に照らされた、宝物は、本来の色を変えながら、そ


れぞれの居場所(逃げ場)に色を乗せていく。窓か


ら、フラッシュのような煌めきが漏れて来た。喫茶


店の帰り道、ビルの窓を眺めながら、今日のことを


思い返した。彼女が話す話も好きだが、何より沢山


の知識を持っている彼女に、物凄く惹かれた。そし


て、憧れた。


「行ってきます」おばあちゃんは、顔を綻ばせて


見送ってくれた。消臭剤の香りが、ドアを開けた瞬


間に部屋の奥へ消える。新品の靴はコツコツと音を


立て、昨日仕立てたばかりのスカートはヒラヒラと


風になびく。いつも、通っている道の筈なのになぜ


か、違う道のように感じる。淡くグラデーションさ


れている空は、画家が描こうとも真似出来ない。雲


は、絵の具のチューブから、そのままでたように分


厚く、真っ白だった。目的地に着いたとき、彼はい


つもの席に座っていた。脈が、1度大きく打った。


呼吸を整えて、お店の中に入った。彼は話すとき、


どこか自信がなさそうだった。でも、人と関わりた


くないと、思っているようには、見えなかった。話


を聞いてくれている、彼の目輝いていて、表情も柔


らかく感じた。これは、最後に思った事なのだけ


ど、窓を見て居た時、どこか冷たさを感じた。



7月の下旬。蝉の鳴く声が、耳を劈くような声で鳴


いている。蝉の気持ちは全く分からないが余暇を楽


しんでいるのだろう。ベッドから、のそのそと起き


上がり、テレビをつける。どうせ、しょうもないニ


ュースしかやってないだろうと思いながら、何と無


く付けてみた。すると、たまたま花火の映像が映っ


た。亀岡の花火大会の宣伝が、流れていた。京都で


は3位に入るほど、人気の花火大会だそうだ。


「、、花火だ、、。」幼い頃、母に連れていっても


らった事を思い出した。左手には母、右手には父。


たくさんの露店と出店が並ぶノイジーな場所。喧騒


に囲まれている筈なのに、自分の声と家族の声しか


まるで聞こえていない。あの時の安心感と、がらん


どうな頭の中は、忘れられない。思い出にふけっけ


いると太陽の光が、顔面をスポットライトのように


当てる。歌手にでもなったようだ。そしてまた、昨


日と同じ生活を繰り返す。なんの代わり映えのない


朝。退屈な毎日。僕が、生きる理由は一体何なのだ


ろう。誰がこの世界に僕を引きつけるのだろう。


「、、花火、、、か。」



僕はまた、あの席に座っている。そして、前に彼女


がいる。あの日から、ほぼ毎日のように顔を合わせ


ている。が、やはりまだ落ち着かない。そんな沈黙


の中、破ったのは僕だ。「3日後、花火大会がある


んだけど、、一緒に行かない、、?」彼女は、目を


まん丸くしつつ、喜んでと返事をしてくれた。嬉し


さ混じりに、僕の心は雲がかった。彼女に話した


い。あの事を。

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歩幅 risa @13703

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