王女マリアータ
木下たま
お題「おめでとう」
「メリーナ、今日のお客様はどちらから?」
「聞いてまいります」
私は女官らしく恭しく答える。この世界では王候へ仕える者にも品位が求められる。普段は「ウケるー」とか「激おこ」とか「ガン萎え」とか口にしていた私も郷に入っては郷に従えで、見様見真似でなんとかやっている。
「ヴェンはどうしているかしら」
ヴェンは国王様付きの画家のひとりだ。
「アトリエに篭っているのかしら」
王宮内には画家のためのアトリエがある。
「たまにはお庭や演奏会に顔を出せばいいのに……」
思わず口にしてから、王女マリアータは指の先で唇を押さえた。淡い恋心が伝わってきてちょっとだけ、胸が痛む。
十六世紀のスペイン王室にタイムスリップしたときは「オーノー!」と思わず叫んだ。ここへ来るつもりではなかったからだ。科学者のパパが秘密の地下室で開発しているタイムマシンは未完成だから、設定した行き先と日付がちょいちょい書き換えられてしまう。だが当の
さて。
絶対王政の時代である。宮殿は煌びやかで、敷地はただただ広い。大庭園に劇場に工房にと、どこもかしこも眩い。宮廷画家もいれば宮廷音楽家もいる。贅沢な時代だ。どうせ設定した
+ +
「どうかなさいましたか」
現代へ戻る日のこと。
どこか考え込んでいるような表情の王女マリアータに聞いた。
「最後の肖像画を描いてもらうことになったの。ここを出ていく日も近いということね」
「……」
王女の肖像画は、政略結婚の嫁ぎ先へその成長を知らせるために描かれるお見合い用である。私はつい黙った。慰めるべきか素知らぬふりをするべきか考えてしまう。
どの時代も人生はたった一度きり。私と
「メリーナと入れ替わりたい」
王女マリアータが大理石の床にぽつりと言葉を落とした。
「なぜですか」
私はそっと聞く。
「だって女官なら遠い国の、見知らぬ誰かの元へ嫁ぐこともないし、画家と結婚できるもの」
「……」
この時代は十二才の少女であってもしっかりしている。最近成人したばかりの私よりも、ずっと。それでもまだ十二才だ。運命には抗えないとしても人生でたった一度だけ、その恋心を形にしてあげられないだろうか。
「入れ替わることはできませんが、マリアータ様に時間をプレゼントすることはできます」
私は口走る。
「どういうこと?」
不思議そうにする王女マリアータに胸を叩いた。「少々、お待ちくださいませんか」
――私たちが帰るまで残り、二時間と少し。
私は、アトリエへと走った。
「僕、こんなに集中して絵を描いたの初めてかも。やっぱり絵描き目指せばよかったなあ。なんで中学で止めちゃったんだろう」
そんな感傷はどうでもいい。私は仁の腕を引っ張った。
「一緒に来て! マリアータがさ、仁に恋をしてる。最後にあの子に素敵な思い出を作ってあげて。――って、おっと」
仁の体に急に力が入り、ドアへと向かっていた私の足は後ろに引っ張られて止まった。思わず仁を見た。
「それはできないって」
仁は首を横に振った。
「そりゃ俺達には『ミスト』があるから少しの間だけ相手の記憶を書き換えて、俺たちが消えれば『初めからなかったこと』にできる。でも俺達の中には永遠に残るんだよ」
「……そうだよ?」
何を今更なことを……と、私は訝し気に仁を見る。
パパが開発した催眠ミストはタイムトラベルの必需品だ。着いた先々で最初に出会う相手に使わせてもらう。そうじゃないと時代に適用できない。あるときはその家の子供に、あるときはスポーツ選手とマネージャーに、あるときは軍人と看護婦に。そして今回は画家と女官。その時代に紛れ込んでも不自然ではない人物としてつかの間、肩書を借りている。
「
「!」
仁の突き放すような眼差しに胸がしめつけられた。
「その結果、僕が王女に恋をしても文句はいえないよね。僕は元の時代に戻っても、王女のことばかり考えてしまうかも」
「ご、ごめんっ、やだ! 私、思い上がってた。別に、余裕なんてない」
私は焦った。泣きそうだ。
パパの元で働く仁に何年も片想いをしていて、ようやく想いが届いたというのに。仁を失うなんて想像することも辛いのに。
「ごめんなさい。私、いっつも突っ走って」
しゅんとした。
仁はようやくいつもののんびりとした雰囲気に戻って、「よしよし」と私の頭を撫でた。
「それにさ、王女はそれどころじゃないよ」
「え?」
涙を拭いながら仁を見上げた。
「王女の肖像画はお見合いのためじゃないよ。次の後継者としてその存在を国内外に知らせるためだよ」
「どういうこと? この時代では王女に生まれたら運命は決まっているって。王女の肖像画はそのために描かれるんじゃ……」
「妃殿下はもう子供をもてないらしい」
去年皇太子が亡くなっていると聞いている。その前に生まれた王子たちも近親婚の影響か、早死にしている。
「ほら、外が騒がしいだろ」
仁の指先を見た。窓の向こう、人々の出入りが慌ただしい。
「戻った方がいいんじゃない。この時代の様子を旅立つ直前までしっかり見届けよう」
「わかった」
私も力強く頷き、王女マリアータの元へと戻った。
+ +
「マリアータ様っ」
宮廷に仕える者たちの間をぬって王女マリアータの元へ駆けた。
「メリーナ、私はこの国の女王になります」
宮殿の窓から差し込む光の帯に祝福されて、一層の気高さを纏った王女マリアータが静かに宣言した。私の感傷なんて全然いらなかった。この時代に同情とか、まったく無意味だ。
王女マリアータの凛とした佇まいに圧倒されて、私はようやく言った。
「おめでとうございます」
タイムマシンはもうすぐ私たちの前にやってくる。
短い
(作者言い訳)
※ほんと、やっつけですみません。実は〆切2時間前にお題が「おめでとう」だと気づきました。私ずっと「ありがとう」だと思い込んで物語作ってました。慌ててあちこち足したり削ったり。わーん(涙)
王女マリアータ 木下たま @773tama
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