幸せ

立花 零

幸せ



誰にだって幸せはあるものだし、それは誰にも妨害できるものじゃない。

幸せは小さくても大きくてもそう思えばそうなのだ。だから、気付かなくても幸せはそこにある。



「おめでとう」

「ありがとう...」

今日、私は結婚する。

相手はお見合いで出会った人だ。愛があるかと言われるとわからない。会ってからまだ半年も経っていない。今の時点でわかることなんてたかが知れている。

「どう?」

「どうって?」

控え室で準備をする私に友人が尋ねた。

「やっていけそう?」

そういうことか。

「まあ...多分」

よくわからない相手にどう接すればいいのかがわからない。

お互い30代前半に差し掛かって、自分たちより親の方が焦っている。故にこんなスピード結婚になってしまった。

「多分って...」

友人は20代前半で恋愛結婚をしていて、私の今回の結婚話には思うところもあるらしい。

恋愛結婚がどういうものなのかはわからないけれど、友人を見ていると幸せそうなので、きっといいものなのだろうと思う。

でも、私が幸せじゃないということではないと思う。

世の中にはいい相手に恵まれない場合もある中で、私の相手は比較的いい人なのだと思う。結婚前に話し合った約束事として、私に不都合なものは特になかったからだ。

プライベートは大事にする。飲み会に行く場合は夕飯の都合もあるので報告する。仕事は今まで通り続けていい...など。

仕事を続けられるのは嬉しい。就職してから今までずっと働いてきた職場は居心地がいい。楽しいのだ。

「嫌になったら逃げてもいいんだよ?」

「逃げないよ。そんな無責任なこと...」

「責任なんてないよ?大事なことなんだから、流されちゃ駄目だよ」

真剣な表情の友人は心から自分を心配してくれているのだと思った。

「大丈夫だよ。多分」

はっきりしているようではっきりしない私の返事は、更に友人を不安にさせたらしい。眉を顰めた彼女は溜め息を吐いた。

コンコン、とノックが聞こえた。

「どうぞ」

友人が扉を開けに行くと、純白のタキシードに身を包んだ相手が入ってきた。

彼は私を見て数秒固まり、少しずつ近付いてきた。

「何か...おかしいでしょうか」

彼の置いた間に違和感を覚え、首を傾げる。お互いに時間を取れなかったので、ドレスは母と決めて見せていなかった。気に入らなかっただろうかと不安になる。

「いえ...綺麗です」

「...それなら良かったです」

彼は無表情だ。彼のことをよく知らない私には、その表情の意味がわからない。

「似合ってます」

「ありがとうございます」

言葉を返すと、彼は袖を少しいじった。照れ隠しだったりするんだろうか。

友人はそんな私たちの会話を横でじーっと見ていた。

「これから結婚するようには見えないわね」

そしてまた溜め息を吐いた。

私は薄く笑った。わざわざ相手がいるところで言わなくてもいいのに、なんて思いながら。

「では、僕は先に行ってます。気を付けて来てください」

「...はい」

最後まで笑わなかった彼の背中を見送る。

「...ねえ、本当に大丈夫なの?」

「多分、ね」

断言出来る事じゃない。

きっと私からはこの結婚を終わらせたりしないだろう。ただ、相手がそうしようと思えば別だ。私に拒否権はない。その程度の関係なのだ。

「そろそろ時間かな」

「...そうね」

迎えに来たスタッフの女性に連れられる。

これから、二人での生活が始まるのだ。





式が大体終わって、控え室で一息吐く。

人目に晒されるのは慣れない。気力が削がれていくのがわかる。

「お疲れ」

友人が静かに入ってくる。

「こんなに疲れるとは思ってなかったな」

「人が多いから余計じゃない?相手の招待客が大分多いように思えるけど」

確かに、と思い返す。

あれは彼の会社の同僚なのだろうか。やたらと多かったように思える。

「こんにちは〜」

「...どちら様で?」

友人が私の前に立つ。守っているつもりだろうか。

「あいつの同僚でー...ちょっと話したいことがあって」

「話したいこと?」

彼が少しだけ近付く。

「あいつ、大分あなたのこと好きですよ、ってことを言いたくて。さっきなんか綺麗だって顔赤くして言ってた。あなたはお見合いって思ってるかもしれないけど、結構想われてるから...とりあえずそれだけ」

喋り倒してそのまま出ていった。

「...おめでとう」

「ありがとう」

なんだか顔が熱かった。

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幸せ 立花 零 @017ringo

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