少年達の謎

 理解できず動けないロムに、目前の自分自身がもう一度言った。




「来るな。帰れ」




 自分で聞く自分の声と少し違う。現実逃避のように、どうでもいい事を考えた。




 一人がゆっくりと前に進み出た。その足捌きを見て我に返った。




 ——来る。




 ロムが得意とする縮地で、飛ぶような勢いで向かってきた。隣のレヴィを突き飛ばし、放たれた一撃を受け流した。


 当たるとは思えなかったけど、追撃を牽制するため一手繰り出した。思った通り避けられたけど、相手も一足飛びに後退した。




 驚くほど動きが似ていて、速さも腕力も同程度に感じた。もう一人は動かないけれど、二人同時に来られたら凌げない。レヴィかトールに援護してもらわないと。




「ロム、下がれ! 一旦引くのじゃ!」




 期待と真逆の言葉に狼狽えた。なんで? 今は一刻を争うんでしょ。

 そう思ったけれど、すでにトールとレヴィは走り出していた。ここは下がるしかなかった。






 建物三つ分ほど走った程度で、トールが立ち止まって振り返った。逃げたり止まったり、一体何がしたいのか。

 抗議の声もあげられず、苛立ちは増すばかりだった。




「やはり追って来ぬな」


 振り返ると、ロムの姿を持つ二人は、先程立ち合った辺りに立ったままだった。


 とはいえ、追って来ないから安心ではない。アイラスの居る墓場は彼らの背後なのだから。

 トールの袖を引っ張って、戻ろうと促した。




「まずは落ち着くのじゃ。今は、さほど急がずともよい。少し事情が変わった」


 意味がわからない。よほど嫌そうな顔をしていたのか、トールが困ったように笑い、なだめるように言った。


「すまぬ。順を追って説明するでな。しばし待ってくれ」




 トールが何か呟くと同時に、辺りが暗くなった。空を見上げると、また月が雲に隠れていた。

 そして見上げた目の前に、透明な膜のようなものが張られた。見回すと、三人を守るように取り囲んでいた。


「音を遮断した。ロムの傀儡なら耳も良いであろう。わしの話を聞かれては面倒じゃからの」




 傀儡と聞くと、ソウルイーターが使っていた土と枯葉の人形を思い出した。

 ロムの姿をしたあの二人も、同じように作られたのだろうか。この場合、作ったのはアイラスで間違いないだろう。


 そんなものを作った彼女の気持ちも、今のトールの考えも、全く理解できなかった。




「落ち着けと言っておろう」


 いつになくトールが鋭くて、らしくないと感じた。

 それとも、気持ちが顔に出過ぎてわかりやすいのか。喋れないせいで苛ついているのは確かだった。




 深呼吸して少し考えた。


 トールがアイラスを見捨てるわけがない。彼が落ち着いているのなら、状況はそれほど切迫していないのかもしれない。事情が変わったという言葉を疑う理由もなかった。


 顔を上げてトールを見ると、満足そうに頷いてきた。






「わしは最初、アイラスは短期決戦で仕掛けてくると思うておった。じゃが今、あやつは長期戦の構えじゃ」


 ロムは、丘に見える墓場の灯りを見つめた。

 真夜中に不自然な灯り。それは隠れる気がないという事だ。その上で結界と音を奪い、傀儡で守りを固め、何かを待っている。一体何を?




「二つの大きな魔法を成すには、アイラスの魔力では心許ない。回復させつつ、それぞれを確実にするつもりであろう。狙ったか偶然かわからぬが、今夜は満月で魔力が満ちておる」


 やっぱり急がなきゃダメじゃないか。


「もちろん悠長にはできぬ。じゃが今は、下準備だけで魔力が尽きておろう。レヴィが、かつてのアイラスを思い出しておらぬのが、その証じゃ」




 トールがロムの表情を読み、喋れないのに対話が成立している。考えが顔に出るのは直さなきゃと思ってたけど、今はそれが役立っていた。複雑な気持ちだった。




「傀儡はあれだけではない。他の使い魔達にも墓場に向かうよう頼んでおるが、そこにも現れたそうじゃ。ここに二体現れた理由はわかるか?」


 そんなのわかるわけない。首を横に振った。


「ニーナの結界では、魔法使いの位置と数しか検知できぬ。アイラスにわかるのは『ここに魔法使いが二人居る』という事だけじゃ」


 でも、と思って傀儡達を見た。彼らはアイラスの手足なのでは? 状況も伝わっているのでは?


「あの傀儡はソウルイーターのモノとは作りがちぃと違う。操る余力もアイラスには無いしの」


 どう違うんだ。もっとわかりやすく言ってほしい。こっちは専門外なんだから。


「簡単に言うとな、アレはロムの複製じゃ。強く想う相手と同等の個体を作れるが、複製元ができぬ事はできぬ」




 つまり、あの傀儡は魔法を使えない。念話は使えず、アイラスとは連絡が取れない。ここの現状を彼女は知らない。




「複製は製作時に魔力を消費するのみで、維持は必要ない。操るのではなく、命じて動かすのじゃ。『墓場に誰も近付けるな』といったところかの。必要以上に追って来ぬのはそのためじゃ」




 作戦が見えてきた。ロムは魔法使いではないから、アイラスに位置を知られない。トールとレヴィに二体を引き受けてもらえば、その隙に気付かれず墓場に向かえる。


 ロムは自分を指差し、丘を見上げた。意図は伝わっただろうか。




「わしも、その手が良いと思う。ただ、一つ問題があっての……」


 問題? 確かに、魔法使いじゃない者を警戒して、傀儡を監視に立たせているかもしれない。


 いや、見つかるもんか。隠密行動は得意だし、見たところ傀儡の思考能力は低い。ロム自身が傀儡の立場だったら、さっき追うのを止めたりしないし、今も話の内容を探ろうとするだろう。複製は複製であって本体ではない。




 大丈夫と伝えるにはどうすればと悩んでいたら、トールが再び口を開いた。


「わしとレヴィだけで、ロムと同等の者を二人も押さえられるか、という問題じゃ」


 そんな事? と拍子抜けした。単に戦うだけなら、レヴィ一人だって余裕だろう。アイラスに接近を知られないなら、ここの傀儡はレヴィだけで頑張ってもらって、トールは自分についてきて欲しいくらいだった。




「違うのじゃ。今のレヴィは、身体を『ヒト』に作り変えておる」




 驚いてレヴィを見ると、バツが悪そうに顔を背けた。


「肉体そのものも弱うなっとるし、何より慣れておらぬ。かつての強さはない。以前の身体に戻せるのはニーナだけじゃ。こんな事態は想定外での。今は戻る余裕も戻す余裕もない……」




 レヴィに再会した時、違和感を感じた。

 さっき傀儡が突っ込んできた時も、彼女の反応は鈍かった。そういう事かと腑に落ちた。納得したけれど、対策は思いつかなかった。

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