少年は少女を捜す

 アイラスだ。

 そうじゃない可能性より、そうである可能性の方が高い。


 予想より早い出現だが、理由を考える余裕はなかった。レヴィの話から察するに、まだ監視は立ってないだろう。

 アイラスの居場所は、結界内ならニーナがわかるし、そうでないならトールを頼るしかない。




 ベッドから飛び降りて自分の身体を確認した。寝る前に着ていた保護区の支給服のままだった。

 ベッドのそばに重ねてあったマントを羽織り、ブーツを履いた。使うかわからないけど、短刀も腰に差した。




 レヴィを見上げると、片手で頭を押さえて立ち尽くしていた。

 魔法使いが念話を交わす時、意識を集中するために頭を押さえることがある。魔力の低いレヴィが、触れ合わず念話を交わせるのはニーナだけだ。何か連絡が? と思って、動かない彼女を待った。


 でも念話は、魔法は、今も使えるんだろうか。


 一瞬不安にかられたが、燭台の灯りが目の端に映った。魔法の灯火は消えていない。音が響かないだけで、魔法そのものが封じられたわけじゃない。




 ふと、遠くから足音が聞こえてきた。

 音の消えた今、誰がどうして? 理由がわからないまま、廊下からトールが姿を現した。




「アイラスが現れたぞ!」




 わかっている、と言いたかったけど声が出ない。逆に、何故トールは音も声も出せるのだろう。


 訝しげに見ると、すぐ疑問に答えてくれた。




「支配関係のせいか、わしに不利益となるあやつの魔法は効かぬらしい。この街の……いや、この結界の中では、わし以外は音を立てる事ができぬ……!」




 結界の中? わざわざ言い直したのだから、意味があるはずだ。ニーナの結界にアイラスが干渉してきたのだろうか。

 その疑問にも、すぐ答えが返ってきた。




「結界の主導権をアイラスに奪われたのじゃ。広げておったのが仇になった。ニーナが奪い返そうとしておるが、すぐには無理じゃろう。わしらでアイラスを捜すぞ!」




 トールが持っていた紙をベッドの上に広げた。街の地図だった。

 燭台を持ち上げて照らしながら、ニーナの館を指した。アイラスは、と言いながら、その指を南東へ滑らせた。その方向に彼女が居る。




「結界はこの辺りまでで、そう遠くは離れておらぬじゃろう。ロムはどこと思う? あやつが最期の地として選ぶ場所じゃ」


 そんなのわかるわけない。そう思ったけれど、トールはわかると思って聞いている。とにかく館から順に、自分も指で辿ってみた。




 結界の端という辺りで指が止まった。

 そこは墓地だった。そこは、ロムがアイラスに想いを伝えた場所だった。その直後に白い悪魔の大群が現れて、返事は聞けなかったのだけど。




「そこか? ……墓地、かの?」




 顔を覗き込んでくるトールに、ロムは強く頷いて見せた。

 彼も頷き、目を閉じて何かを呟いた。遠視の魔法で確認するのだと思って、大人しく結果を待った。


 焦りのせいか、ほんの僅かであろう時間が長く感じられた。




「……おったぞ。アイラスらしき者と……なんじゃ、あやつらは……」




 心臓が少し、ほんの少し痛んだ。誰かがアイラスと一緒に居る。一緒に居る事を許された誰かが。


 それが嫉妬だと気付き、自己嫌悪した。今はそんな事どうでもいい。その誰かがアイラスの味方なら、邪魔をしてくるかもしれない。


 とにかく詳細を知りたくて、トールの袖を引っ張った。喋れないって、なんて不便なんだろう。




「気付かれぬよう遠くから視たでの、ようわからんが……服は、今のロムと同じような……背格好も、童のような……」




 そんなバカな。保護区の就寝時刻はとっくに過ぎている。一体誰が、こんな夜中に抜け出して墓地へ行くのか。いや、ロム自身は抜け出した事があるのだけど。


 もしかして、アイラスが操っているんだろうか。眠った人は操られやすいと聞いた事がある。

 それにしたって、移動の手段や時間に疑問が残る。彼女はまだ、この地に降り立ったばかりのはずだ。




「考えるのは後じゃ。今は一刻を争う。最寄りの転移装置まで飛ぶぞ!」




 トールがロムとレヴィに手を差し出した。






 目を開くと、暗い夜道に立っていた。


 窓から見えていた月は雲に隠れ、街を照らす光は何もない。街の灯りは遠くに見えるニーナの館だけ。


 いや、違う。もう一箇所、灯りが浮かぶ丘が見えた。

 丘には無数の四角い影が見えた。墓石だ。という事は墓地だ。あの灯りの元にアイラスが居る。




 繋いでいたトールの手を振り解き、ロムは走り出した。


 走り出したのに、腕を掴まれて引き戻された。急いでるのに何なの? 抗議を込めて睨んだけれど、掴んできた相手——レヴィはロムを見ていなかった。


 彼女の視線を追って街道の先を見ると、二つの人影があった。丘の方ばかり見ていたので、彼らに気付かなかった。




「ロム! あれは……あやつらは!?」




 視認しても気配を感じず、只者ではない予感がした。道は暗く、その者達の輪郭しかわからなかった。




 横から風が吹き、丈の短いマントが揺れた。保護区で支給される、ロムが身に付けている物と似ていた。

 背も高くないし、さっきアイラスと共に居たという子供達だろうか。


 マントが舞い上がったおかげで、二人の腰に何らかの得物が差してあると気が付いた。短いそれは、ロムの持つ短刀に似ていた。妙に心がざわついた。




「来るな。帰れ」




 少年のような声が聞こえた。




 一際強い風が吹き、彼らのフードが外れた。同時に月が雲から顔を出し、二人の顔を照らし出した。




 白に近い明るい金髪で、右目に被るような傷痕があった。

 ロムは鏡を見るのが好きじゃないけれど、それでも彼らが二人共、自分と同じ顔なのだと理解できた。

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