少年は狙われる

 朝食を済ませ、身支度をして、ロム達四人は五親王府の回廊を歩いていた。




 港に向かうにあたって、白銀とやらの寺を再び尋ねる事になっていた。あの場所が転移にいいらしい。

 都に残るザラムとアイラスも一緒に行くのだけど、見送りというわけではない。調査には魔法の知識も必要で、寺の使い魔に手伝ってもらうとザラムの負担が少なくなるそうだ。






「あーあ、俺も都組が良かったなぁ……」

「ここのご飯、美味しいし、お布団はフカフカだもんネ!」


 そうじゃないんだけどな、と思いながら頷いた。


「仕方ない。港、人手、少ない」

「言葉と文字に不自由のない俺とトールがいい、でしょ? そんな事わかってるよ。わかってても嫌なの」




 わかっていても、二手に分かれるのが、アイラスと離れるのが嫌だった。

 それなのに彼女は平気そうで、この想いは自分だけなのだと否が応でも思い知った。本当の理由は口が裂けても言えなかった。




 肖像画の仕事さえなければ、四人一緒に港へ行けたかもしれない。良かれと思って進めた事が裏目に出た。

 いや。皇帝が快く承諾してくれた事に、彼女の絵は無関係ではないだろう。これが最善だったのだと頭ではわかっている。ただ気持ちが付いていかないだけだった。




「ロム……お主、変わったのう……」

「え? どこが?」

「不満を漏らすようになった」

「それダメじゃん……」

「そんな事はない。良い傾向じゃ。素直になった。以前は文句があっても我慢しておったからのう」


 そうなんだろうか。自分ではよくわからない。でも、もし本当にそうだとしたら。


「多分トールのおかげだよ」

「わしではない」

「……え?」


 立ち止まってトールの顔を見ようとした。でも彼は立ち止まらず、表情は見えなかった。一体何だというのだろう。




「ロム様!」




 驚いたような呼び声に思考が中断された。進む回廊の先にフーヘンの姿があった。


「その御召し物でご出立なさるのですか?」

「そのつもりですけど……」

「謁見で着ていらした白い御召し物の方が良いと思いますが……」




 残念そうに言うので、今の格好の何が問題かと考えた。

 保護区の支給服は質素だけど丈夫で動きやすい。礼服と同じ製造元タグが付いているので、品質は折り紙付きだ。

 それに礼服は目立つからあまり着たくない。そう考えて思い当たった。目立つ方が良いという事か。




「あの、あれは少し動きにくくて。もう一着似たような服があるんですけど」

「どのような御召し物ですか?」

「白いのと同じ騎士の制服で、色が違って紺色です。雰囲気は似ていますが、実務用だから動きやすいんです。それではダメでしょうか?」

「良さそうですね。できるだけ虚勢を張って参りましょう」

「わかりました。すぐ着替えてきます」






 皆には先に行ってもらい、急いで部屋に戻って着替えた。最短距離で戻ろうと、回廊から中庭に出た。


 一着しかないから、毎日着るなら汚せないなと思った。ふと、ニーナが何かの服を魔法で乾かしていた事を思い出した。トールも使えるなら安心なのだけど。

 彼が洗濯する様子が思い浮かんで頬が緩んだ。気持ちも緩んだその瞬間、女性の悲鳴が響いた。




「危ない! ロム様……!」




 真上で物音がして、パラパラと砂が舞い降りた。何かが落ちてくる。咄嗟に後ろに飛び退いた。


 ロムの居た位置に、大きな花瓶が落ちてきて粉々に砕け散った。すぐに上を見たけれど、平屋で二階はなかった。




 女官が真っ青な顔で駆け寄ってきた。


「お怪我はありませんか!?」

「大丈夫です。でも、高そうな花瓶が割れてしまいましたね……」

「いーんですよ、こんなの。旦那様が騙されて買った紛い物です」

「は、はぁ」

「でも……どうしてここに? 他のガラクタと一緒に、裏手に置いてあったはずなんですけど……」




 その言葉にハッとなり、周りを見回した。中庭に屋根より高い木を見つけて、急いでよじ登った。

 女官の呼ぶ声が聞こえたけれど、すぐ降りますとだけ返事をした。




 太い枝の上で立ち上がり、再び周囲を見渡した。屋根は網の目のように外壁まで繋がっていた。部外者でも侵入できそうに思う。少なくとも自分ならできる。




 ——もし、誰かが、俺を狙って落としたとしたら。




 疑っていたわけではないが、フーヘンの話が現実味を帯びてきた。直接手を下すわけではなく、事故に見せかけるつもりなのか。


 余計な心配をさせまいと、他の三人には秘密にしていた。でも、都に残る二人が狙われないとも限らない。こうなったら伝えた方がいい。




 自分のせいで皆にも危険が及ぶかと思うと、胃が痛くなる想いがした。

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