少年は朝食をとる

 ホンジョウは朝食には一旦戻ってくるという話だったのに、その時間になっても姿を現さなかった。




 早朝の謁見はただの儀式と言っていたのに、どういう状況で戻れないのだろう。昨日の事件が皇帝の耳に入って、お咎めでも受けているんじゃないか。

 悪い想像ばかり浮かんできて、お腹の辺りが痛くなってきた。これからご飯だというのに。




 いや、ホンジョウは何とかすると言った。彼がいい加減な時は言う事もいい加減で、やると言い切ったからには違えたりしない。と思う。多分。


 でも、ホンジョウの顔を思い浮かべると不安しかなかった。信じているのか疑っているのか、自分でもよくわからなくなってきた。






 少し冷静になろうと思って、深呼吸して周りを眺めた。


 主の席は空いている。それでも、気にしている者は居なかった。

 王府の人達がどうでもいいと思わないと知っているし、奥方様も心配しないはずがない。


 つまり心配しなくてもいいんだ。と思う。多分。






 それならばと思って、もう一つの心配事に目を向けた。

 今朝からトールが不自然に不機嫌だった。いつも一番に食べ始めるのに、なかなか手をつけようとしない。眉間にシワを寄せ、手元の皿にのせられた肉を指でつついている。いじけているようにも見えた。




「トール、どうしたの? 食欲ないの?」


 声をかけると、その身体が可哀想なくらい震えた。獣耳が忙しなく動いて、ぺたりと垂れて、小さく呟くように答えた。


「……別に、何でも……」


 この期に及んで、まだそんな嘘がバレないと思っているのか。追求する気も起きず、ため息が漏れた。




 ——まだ秘密があるのかな。




 小さな疑惑に胸が痛んだ。昨夜、全てを話してくれたと思ったのに。




 疑惑が不満に変わりそうになった瞬間、ザラムが音を立てて皿をテーブルに置いた。

 驚いて彼を見たけれど、その顔は明後日の方を向いていた。目の見えない彼が顔を向ける時は、何か意図がある。


 ザラムはすぐロムに向きなおり、合うはずのない視線が合った気がした。何かを伝えようとしている。

 彼が向いていた方にはアイラスが座っていた。彼女が何か? と思って見ると、優しい顔で膝に目を落としていた。




 少し背伸びして覗き込むと、猫がアイラスの膝で丸くなっていた。

 昨日ホンジョウが助けた灰色の子猫。ロムが部屋に入った時、彼女は席についていて気が付かなかった。

 なんとなく、トールが不機嫌な理由の予測がついた。




「アイラス、その猫……」

「あっ、ここで飼う事になったみたい」

「よく懐いてるね」


 そう言うと、アイラスは照れくさそうに笑った。トールは逆に、さらに不機嫌になって顔を背けた。

 これでハッキリした。




 虎が猫に嫉妬ってどうなの? いや、トールも猫みたいなものかな? でも相手は子猫だよ?

 なんだかおかしくて呆れたけれど、誤解で不満を抱きかけていた自分も大概だと思う。ザラムはそれに気付いたんだろうか。




「昨日ネ、一緒に寝てくれたノ。一人で寂しかったから、助かっちゃった」

「そっか。良かったね」




 相槌を打ちながらトールを見ると目が合った。思わず半目になった。


「な、何じゃ」

「何でも? 早く食べなよ。冷めるよ」

「わ、わかっておる……!」


 そう言って、大きな肉の塊を口に放り込んだ。口いっぱいでモゴモゴしていて、会話は出来そうにない。それが彼の抗議なのかもと思うと、また笑いがこみ上げてきた。






 朝から豪華な料理を食べながら、ふと考えた。

 トールはアイラスの事をどう思っているんだろう。

 彼が彼女を見る目には、包むような優しさがある。異性に対してのそれではなく、我が子を見守る親のようだと感じていた。


 でも、じゃあ、今の嫉妬は何なんだろう。娘を盗られる感じ? ……子猫に? 自分の考えも矛盾だらけで、よくわからなかった。






 食後のお菓子が運ばれてくる頃、急に外が騒がしくなった。

 丁寧に頭を下げながら、昨日の武官が部屋に入ってきた。それでも息が切れていて、少し急いでいる様子だった。


 彼はホンジョウと共に謁見に行ったと思っていたので、一人で帰って来たなら由々しき事態だった。




「お食事中、申し訳ありません」

「どうしたんですか? 何かあったんですか? ホンジョウは?」

「五親王は城でお待ちです。皆様を御案内するよう、言い付かって参りました」

「わしらを城に? なぜじゃ?」

「皇帝への謁見が許されました。もし礼服をお持ちでないなら……」

「あっ、いえ、持ってます。すぐ着替えてきます」




 こんなに早く御目通りが叶うとは思わなかった。言葉のわからないアイラスにだけ伝えると、彼女はお菓子を物欲しそうに見て、残念そうに立ち上がった。

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