五親王

少年は招かれた

 五親王が住むという王府の門を潜ると、建物の入り口に数人の人だかりができていた。服装から、王府で働く使用人達だとわかる。




 五親王が、大袈裟にため息をついた。


「ごめん。ちょーっと、ここで待っててくれる?」


 返事も聞かず、ロム達を門の側に残して、五親王は軽い足取りで歩いて行った。




 迎えた人々は一様に困惑しているが、彼だけは明るく振る舞っていた。普段の様子が目に浮かぶようだった。

 上に立つ者がいい加減だと、下の者が苦労するんだよなぁ。若干失礼なことを考えながら、話が終わるのを待った。






 しばらくして、外城で別れた武官が駆けてきた。


「お待たせして申し訳ありません。歓迎の準備ができたそうなので、どうぞお入り下さい」

「えっ、あの……何ですか? 歓迎?」


 そういえば、もてなすとか言ってたっけ。

 自分達はお願いする立場のはずなのに、話が明後日の方向に大きくなっている。

 戸惑って後ろを振り返ったけれど、みんな平然としていた。トールなんぞ、若干喜んでいるようにも見えた。色々とどうでも良くなってきた。




「五親王の恩人です。どうぞ」


 重ねて言われ、仕方なく足を進めた。入り口が近づくと、並居る従者が一斉に頭を下げてきた。

 そんなご身分じゃないのだけど。居心地の悪さを感じながら、会釈を返した。




 入り口に目をやると、建物の中から五親王が手招きしている。

 その横に、背の低い女性が佇んでいた。アイラスに少し似ている。だとすると、あの人が奥方様かと考えた。


 女性を見つめていたら目が合った。アイラスに似た顔で優しく微笑まれ、恥ずかしくなってうつむいた。

 五親王にあんな事を言っておきながら、自分が邪な気持ちを抱いてしまった。激しく自己嫌悪しながら、入り口の従者に短刀を預けた。






 通された部屋の食卓には、すでに豪華な食事が並んでいた。

 空腹ではなかったのだけど、並ぶ料理を見ると口に唾が溜まってくる。朝食を食べてから、どれくらい経ったのだろう。途中で時を超えているせいか、よくわからなかった。

 妖精の輪を使って移動すると、実際の時刻と身体が感じる時刻にズレが生じて、体調を崩す事もあるらしい。




「さあ、好きなだけ食べて。点心が欲しければ遠慮なく言って。持って来させるから」


 五親王が上機嫌で言った。アイラスとトールも嬉しそうに席についた。

 ザラムが食卓に手を這わせているのを見て、あっと思って立ち上がった。大皿から自分が欲しい分だけ取る形なので、見えない彼にはやりにくい。


「取るよ。どんな料理が欲しい?」

「……うるさい」

「え?」




 聞き返しても、ザラムは下を向いたまま微動だにしなかった。

 静かに耳を澄ますと、遠くから騒々しい声が聞こえてきた。声は次第に大きくなり、若い男が大股で部屋に入ってきた。


 肩の黒髪を払う仕草がホークに似ている。不機嫌そうな表情も昔の彼に似ていて、第一印象は良くなかった。




 入り口では、幾人かが心配そうな顔をして立っていた。その中に例の武官も居たが、誰も部屋には入って来なかった。




「異国の客人を招いたと聞いたが?」


 入ってきた男が偉そうに言い放ち、五親王があからさまに嫌な顔をした。聞こえるくらい大きな舌打ちもしている。


「なんだよ、邪魔すんな。これから歓迎会なんだぞ」


 しっしっと追い払うように手を振った。二人はお互いに馴れ馴れしく、同等の身分と思われた。となると、別の親王だろうか。




 男は五親王のセリフを華麗に無視し、ロム達を舐めるように眺めた。

 トールの姿を咎められるのかと、心臓が縮み上がった。彼は今、フードを外している。

 五親王は許してくれたけれど、本来使い魔には許されない場所まで入っている。


 いや、ここの主は五親王だ。守ってくれるはずだ。祈るような気持ちで彼を見ると、少し驚いた顔でロムを見ていた。




 何? と思った瞬間、暗くなった。

 顔を上げると、目の前に男が立っていた。その影が、ロムを覆うように落ちていた。見下す目が高圧的だった。




「待てよ! 俺の客人だぞ!」


 五親王の言葉で気がついた。

 異国の客人というなら、黒髪のアイラスやザラム、栗色に染めたトールより、自分の方がそれっぽく見える。


 この地域では、髪の色が薄い人は少ない。シンでも金髪は、自身と母以外で見た事がなかった。

 とにかく、獣の耳より金の髪が彼の目を引いたという事だ。それが良かったのか悪かったのか、わからないのだけど。




 考えていたら、男の手が伸びてきて顎にかけられた。力任せに引っ張られ、息が苦しくなった。


「ほう……中々美しい」


 言っている意味がわからない。今考えていた髪の事だろうか。自分ではあまり好きな色じゃない。そんな事より首が痛い。




「傷が……? 勿体無いな」


 もう片方の手が伸びてきた。目の傷に触れるのだとわかった。生理的嫌悪感で寒気がした。


「や、止め……」


 言いかけた拒絶の言葉を飲み込んだ。ここは抵抗しない方がいい。自分さえ我慢すれば揉め事は起こらない。そう思って、固く目を閉じた。




 乾いた音が響いた。




 男の手が離れ、驚いて目を開けた。目前に柔らかな黒髪がなびいて、ロムの頬をかすめた。




 アイラスが、男の横っ面を張り飛ばしていた。さーっと、血の気が引く音が聞こえた気がした。

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