少年の目的が決まった

 想像していた以上の内容に、理解が追いつかなかった。




「……作られたって……人って、作る事ができるの? 魔法で?」

「わしの知る限り、試した者はおるが成功した者はおらぬ。神の所業じゃの……」

「じゃあ、誰がアイラスを作ったかは、わからないの?」

「わからぬ」

「っていうか、原初の魔法使いじゃないの?」

「ずっと寝ておるのに、か? あやつは遙か昔からあの状態で、アイラスが作られたのは昨年の五月じゃぞ」

「眠りにつく前に、準備してた可能性もあるんじゃない? アイラスには、その人の記憶があるんでしょ? 聞いてみた事は?」

「他に教えてもろうたのは、魔法が原初の魔法使いの夢である事だけじゃ」




 また新しい情報が出てきた。裂け目は悪夢で魔法は夢? では、その夢見る彼女が起きたらどうなる?


 この間、ザラムが魔法が無くなったと言ってなかったか。


 ロムは元々魔法が使えないから、大して意識していなかった。もしかして、あの時は原初の魔法使いが目覚めていたのでは? 大量の白い悪魔が一斉に人に戻ったのも、そのせい?


 魔法が戻ってきたのは、再び眠りについたから?




 もし彼女が眠らなかったら、アイラスは目覚めなかったのだろうか。想像するだけで、背筋が凍る思いがした。




「アイラスのような子は『知識の子』と呼ばれておる」


 トールの声に、現実に引き戻された。背中を嫌な汗が伝っていた。


「他にも、同じように作られた子が居るの?」

「あ、いや……それは……」

「あー……そんなわけないよね。魂は一個しか無いんだから」


 自分で言って自分で納得したけれど、トールが挙動不審だった。非常にわかりやすい。




「トール……まだ隠してる事、あるでしょ?」


 トールの獣耳がぴょこんと立ち、みるみる垂れ下がっていった。少し可哀想になってきた。可哀想だけど、追求の手をゆるめるわけにはいかない。


「何を隠してるの? これから解決策を探るんだから、情報は少しでも多い方がいい。教えて」

「解決策?」

「トールは、アイラスを止めたいんでしょ? 俺だってそうだよ。自殺なんて、放っておけるわけない」

「じゃが……何もせずとも、そう遠くないうちに、原初の魔法使いは目覚めてしまうのじゃぞ? そうすると、アイラスは……」

「すぐじゃないんでしょ? 少なくとも、もう裂け目を出さないようにと思ってるなら、自然に目覚めるのは、それより先だよね? 次に裂け目が出るのは、いつなの?」

「はっきりとは言えぬが……前回から今回までは二年半じゃった。それくらいの猶予はあるのではないかと思うが……」

「だったらアイラスも、そんなに急ぐ必要はないよね?」

「う、うむ……。あやつには、やり残した事が二つある。生き返った事で、それらを成そうとしておる。終えるまでは、生を手放すつもりは無いようじゃ」

「その二つって、何なの?」

「一つは、あの絵を完成させる事じゃ」


 トールは、絵具を乾かしているという、美しい女性の絵を指差した。




 ロムにそれは、既に完成しているように見えた。

 近寄って詳しく観察すると、女性の胸元の絵具が削り取られていた。上から新たに、何かを描きかけているように見える。


 その範囲は狭く、すぐにでも完成してしまいそうに思える。引き延ばす事は難しいだろう。




「もう一つは?」

「わしの願いを叶える事じゃ」

「願いって……もしかして、名付け親の魂を捜す事?」

「……覚えておったか」

「え? だって、元々それが目的で、クロンメルに来たでしょ?」


 何かが、引っかかった。トールは、やたらと覚えている事を気にする。そんなに記憶力は悪くない。むしろいい方だから、そんなに疑われるのは心外だ。




 ——何か、忘れている事がある?




 そう思ったけれど、心当たりは全くない。いや、本当に忘れていたら、心当たりも何もないのだけれど。


「とにかく……名付け親の方は、出来るだけ引き延ばしてみて。もし居場所がわかっても、会いに行くのを渋るとかしてさ」

「自信はないが……やってみよう」

「その間に、何とかする方法を探るから。手始めに、トールが隠してる事を教えてほしいんだけど?」

「はっ? ……いや、すまぬが……」

「言えないの?」

「すまぬ……これだけは……」




 頑ななトールに、ロムはため息をついた。隠している事がバレているのに言えない。それほどの秘密は一体何なのか。




 これからアイラスを救う方法を模索する。トールもそれを望んでいるはずだ。役に立つ情報なら、教えてくれない訳がない。

 もっと心理的な秘密かもしれない。だとしたら、それを暴くのは好ましいとも思えない。




「……わかった。もう聞かないよ」

「す、すまぬ……」

「いいよ。悪気がない事はわかってるから」






 それからすぐに、ザラムがアイラスを連れて戻ってきた。

 彼女はロムをちらりとも見なかった。もう一度謝ったが、返事もしてくれなかった。


 でも不思議と、辛いとは思わなかった。彼女の後ろ姿を見ながら、心の中で再び誓った。




 絶対に、助けてみせると。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る