少年は不安だった

「どういう事じゃ?」

「時を改めて、アイラスの魂を奪うのかい?」


 心配そうなトールとホークに、アイラスはあわてて首を横に振った。


「違う違う、そうじゃないノ。私の寿命が尽きるのを、待つ事にしたんだヨ」

「あぁ、そういう事」


 意味がわからなくて、ロムはニーナを見た。


「アイラスは普通の人よ。老いて、いつかは亡くなるわ。対してザラムに老いは無い。アイラスが人生を全うして亡くなった時、遺体から抜け出た魂を捕まえるつもりなんでしょう」

「ウン、そうなノ。それなら誰も傷つけないし、悲しまない」

「最初から、そうしてくれていたら良かったのにね」


 アドルが苦笑して言うと、アイラスはまた首を横に振った。彼女が必死でザラムを庇うので、ロムは段々と面白く無くなってきた。


「ザラムはネ、ミアの事がすごく、すごく好きなノ。また会えると思ったら、他の事が考えられなかっただけで……」

「アイラスの寿命を待つ事は、ザラムが思いついたの?」

「ウン。何も言わずに、ずっと一人で悩んでた。その方法を思いついてから、全てを教えてくれたノ。だから、怒らないであげて欲しいノ」

「アイラスが無事だったんだから、怒ったりはしないよ。怒る権利があるとしたらアイラスと、そうだね……後はロムかな?」


 アドルがちらりと視線をよこし、クスクスと笑った。

 なんだか、バカにされているような気がした。さっきから自分が不機嫌になっている事も、彼なら気づいてそうに思う。

 文句を言おうと口を開きかけたけれど、アイラスが心配そうに見ていたので止めた。


「大丈夫だよ。さっき許すって言ったじゃん」


 その言葉に、彼女はホッとしたように笑った。瞬間的にイラッとした自分に、心底嫌気がした。






 洞窟の奥から、重い物を引きずる音が響いてきた。開いたままにしていた、あの入り口を閉じているのだとおもう。


 アイラスとロム以外の五人は、奥に向かっていった。


「アイラスは行かないの?」

「うん……」


 アイラスは濡れてない岩を探し、その上に腰かけた。

 岩は大きいので、隣に自分が座るスペースもある。座ろうか迷いながらそばに行き、結局座らなかった。


「ミアを見たら……」

「見たら、何?」

「……また、泣いちゃいそうで」


 そう言って、泣きそうな顔で笑った。その表情は、アイラスを連れ去ろうとした時のザラムに似ていた。

 彼らが似ているという事実を飲み込むと、喉に魚の骨が引っかかったような気がした。




 武術大会の時、ザラムを連れてきたのはアイラスだった。『神の子』と『知識の子』は、惹かれ合う何かがあるんだろうか。


 ザラムはアイラスが死ぬまで、そばから離れない。それはロムにとって、あまり面白い事ではない。

 自分やアイラスは老いていくのに、彼の姿は変わらない。変わらない姿のまま、ずっとアイラスのそばに居る。


 男は何歳になっても、若い女性が好きと聞くけれど、女性はどうなんだろう。年老いたアイラスが、若い姿のザラムを好きになったらどうしよう。




 そこまで考えて、利己的な自分を恥じた。

 寿命が違う者を愛したザラムの気持ちを、全く考えていなかった。仮にあの人が蘇ったとしても、同じ時を歩めるわけじゃない。

 それでも彼は、もう一度会いたいんだ。それは、とても切ない願いに思えた。




 アイラスは今、ザラムの事をどう思ってるんだろう。さっき彼は、揺れるなと言った。何が揺れたんだろう。

 彼女の気持ちが揺れたという意味だろうか。気持ちって何だろう。




 ——アイラスの、気持ち……。




「ロム、どうしたノ? 難しい顔してる」


 ハッと我に返った。不思議そうに見上げるアイラスと、目が合った。聞けば、教えてくれるだろうか。今なら二人きりだから、聞ける。




 ——ザラムの事、どう思ってるの?




「……アイラスは」

「なぁに?」

「ザラムの……えぇと……」


 ユラユラする気持ちで言葉を探したけれど、何も思いつかなかった。


「ザラムが、どうかしたノ?」

「う、ん……ザラムが、さっき言った……揺れるなって、どういう意味なのかなって……」


 はっきりしない聞き方になった。これじゃダメだ。意気地のない自分に、ため息が漏れた。


「ああ、あれは……多分、私が不安に思ったから、じゃないかな」

「何が不安だったの?」

「エッと……」


 今度はアイラスがはっきりしなかった。下を向いて、恥ずかしそうにしている。不安というなら、今の自分の方が強い不安を感じていると思う。




「……笑わないでネ?」


 笑う? 違和感を感じながら頷いた。




 ロムは、何かが違うような妙な気分で、アイラスの次の言葉を待っていた。

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