少女は闇の中に居た

 時は少しさかのぼり、ロム達がアドルの戻りを待っていた頃。


 アイラスは暗闇の中で目を覚ました。






 ぼやけた頭では、状況が理解できなかった。自分がどうしてここに居るのか、思い出せなかった。

 固い地面には布が敷いてあり、その上にアイラスは横たわっていた。


 みんなはどこにいるんだろう。心の中でトールを呼んでみたけれど、答えは返ってこなかった。今までにそんな事は一度もなかったのに。




 目が慣れてくると、布はザラムのマントだとわかった。


「ザラム……?」


 声に出して呟き、思い出した。彼が『神の子』だった事を。そして、自分は眠らされて連れてこられた事を。




 ——何のために?




 辺りを見回すと、月明かりが差し込んでいるのが見えた。ここは洞窟の中のようだ。

 足元に気をつけて、光の差す方へ、出入り口へ向かった。




 このドレス、かなり歩きにくい。集会の間はずっと、ロムが手を引いてくれていた。彼が居ないと、歩く事すらおぼつかない。


 そんな自分が情けなくて、アイラスは自分の手のひらを見つめた。ロムの手の温もりを思い出して、ため息が漏れた。






 外の銀世界が見えてきた。一面真っ白で、満月の光を受けてキラキラと輝いている。美しさに見惚れ、アイラスは一歩外に踏み出そうとした。




「止まれ」


 後ろから声がかかり、驚いて足を止めた。ザラムの声だった。暗闇に目を凝らすと、白い髪の少年が立っていた。


「守りの魔法、そこまで。外、凍える」

「ザラム……だよネ?」


 見慣れない白さに、思わず確認した。

 彼は頷き、手に持っていたマントを羽織った。さっきまで自分が下敷きにしていたので、シワになっていないか気になった。


 ザラムの表情は、少し疲れていた。居なくなった自分を捜したのかもしれない。




「ここ、どこなノ? なんで、私をここに連れてきたノ? なんで『神の子』だって事、隠してたノ?」


 心の中にあった疑問を全てぶつけた。ザラムは困ったような顔で笑った。笑顔を見ると、少しほっとした。


「ゴメン、一度に聞きすぎたよネ」

「大丈夫。……ここ、ミア、眠ってる」

「ミアって……ザラムの『知識の子』? どこに居るの?」

「こっち」


 先に立って歩き始めたので、あわててアイラスは後を追った。

 あわてたので裾を踏んで、転びそうになった。地面にぶつかる前に、ザラムが受け止めてくれた。


「あ、ありがとう」


 お礼を言ったけれど、彼は何も答えなかった。下を向いて、ため息をついた。


「ご、ごめんネ。鈍臭くて……」

「……で……」


 ザラムが何かボソボソと呟いたが、声が小さくて聞き取れなかった。


「何? なんて言ったノ?」


 彼は顔を上げ、遠くを見るような目をした。

 見えるわけないのに、なぜそう思ったのか。アイラスにはわからなかった。




 ザラムは、苦しそうな声で再び呟いた。


「……なんで、お前、なんだ……」


 言ってる意味がわからない。

 彼は首を横に振り、アイラスの手を軽く引っ張って歩き始めた。歩みはゆっくりだった。






 奥に進むに連れ、闇は深くなった。足元も見えなくなり、アイラスはザラムの手を固く握り締めた。


 彼は一言も話さない。暗闇と沈黙が怖くなってきて、アイラスは話題を探した。




「前とは、立場が逆だネ」


 武術大会で、初めて会った時の事を思い出した。あの時は、自分がザラムの手を引いていた。

 言葉に出すとおかしくなって、アイラスは口を手で押さえて笑った。


 ザラムの方を見上げても、その顔は闇に溶けて見えなかった。でも何となく、微笑んでいるような気がした。






 それほど歩かず、ザラムが立ち止まった。小さな声で言霊を呟いた。開くという意味に聞き取れた。


 重い物を引きずる音と共に、彼の前の闇が割れた。割れ目は、月が満ちるように大きくなり、人が一人通れる程度の穴が開いた。


「ここだ。でも、入らない方がいい」

「なんで?」

「寒い。守りの魔法、かけてない。……氷、溶けないように」

「……エッ?」




 ザラムが横によけたので、アイラスは穴を覗きこもうと前に出た。穴の奥はやや広い空間になっており、どこからか月の光が差し込んでいた。


 広場の真ん中に、縦長の大きな氷があった。




 月光に照らされた氷の中に、長い黒髪の少女が入っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る