少年は諦めない

 遠ざかるアドルを追って、レヴィが一歩踏み出した。

 その背中に、ニーナが咎めるような口調で話しかけた。


「レヴィ、あなた……彼と関係を持ったのね?」


 彼女は動きを止めたが、返事をしなかった。ロムは、その問い自体にも、彼女が否定しなかった事にも驚いた。


 そういえば、先程アドルはレヴィを呼び捨てにしていた。以前は敬称を付けていた。ロムの知らないところで、二人の仲は深まっていた。




 ニーナは大きなため息をついた。


「皇子は止めときなさいって、あれほど言ったのに……」

「……しょうがねーだろ。あっちが迫ってくんだからよ」


 結局レヴィは振り返らず、アドルが消えた玄関へ走っていった。




 ロムは、ますます自分が嫌になった。自分の身かわいさに、アドルもレヴィも深く傷つけた。

 アドルは耐性があると言ったけれど、レヴィ以外とそういう事をするのが、辛くないわけがない。二人がすでに結ばれていたなら、余計にそうだ。


 それが分かった今も、足がすくんで動けない自分が嫌だった。






 止んでいた雪が、また降り始めた。満月が隠れ、雪と共に闇が下りて来た。


 トールがため息をついて、何かを呟いた。四人の周辺だけ明るくなり、雪は避けて落ちるようになった。心なしか暖かくなった。




「遅いのう……」

「まだ行ったばかりだよ。……気持ちはわかるけれどね」

「おぬしは弟が手ごめにされるのに、よく平気じゃのう?」


 トールが嫌味っぽく言ってホークを睨んだ。


「平気ではないけれど……王家の者はそういう事に慣れているからね。みんなが心配するほどではないよ」

「え……?」

「慣れておる……じゃと?」


 とんでもない事をさらりと言うので、トールと一緒に目をぱちくりさせて驚いた。王家では性教育が盛んなんだろうか。




「そんなに驚く事ないだろう。ロムの居た『人狼』と同じだよ」


 今度は別の意味で驚いた。その事実を、ホークに言った覚えはない。ニーナが話したんだろうか。


「ああ、ごめん。以前、君を調べた事があったんだよ。動きが只者じゃなかったからね。その時に『人狼』の事を知ったのさ」

「油断も隙も無いですね……もしかして、ニーナが知ってたのも……?」


 ホークは申し訳なさそうに微笑んだだけで、答えなかった。でもそれは、肯定を意味していると思う。




「王家も魔法使いを出したくないからね。男児は年頃になると、月に一度は確認するのさ。毎回違う女性がお相手で、本人は目隠しをされて、誰だかわからないようにしてね」


 リアルに想像してしまって気分が悪くなった。そういえば、自分の境遇を明かした時に、レヴィとそんな話をしたっけ。


「じゃあ、まさか、先生も……?」

「私かい? 私は、それが始まる前に魔法使いになったからね」


 ホークは何を思って魔法使いになったんだろう。今はそれどころじゃないけれど、今度話を聞いてみたいと思った。




「とにかく、アドルは大丈夫だよ。あの子はそんなに弱くない。……それよりレヴィの方が心配かな。彼女、ああ見えて純粋で一途だから」


 はっとして館を見た。レヴィはあの部屋の外で、どんな思いでアドルを待っているんだろう。




 ――やっぱり俺が行けばよかった。




「自分が行くべきだったと思っているね?」

「えっ……」


 二の句が継げなかった。そんなにわかりやすく、表情に出ていたんだろうか。

 彼は首を横に振ってため息をついた。


「君に何かトラウマがある事は、アドルもレヴィも気づいているよ」


 ロムはめまいがした。さっきからホークには、驚かされてばかりだ。


 レヴィには自分から話した。でもアドルとホークには言っていない。レヴィが話したとは考えにくい。

 二人の前で、そんな話題を出したこともない。気づかれるとしたら、さっきヘラと話した時、自分が必要以上にうろたえていた事くらいだ。王家の人達は、随分と観察眼がある。




「だからアドルは、レヴィを傷つける事がわかっていても志願したし、レヴィもそれを理解して止めなかったんだよ。二人の気持ちを無駄にしないようにね」


 二人の思いが嬉しくて、悲しくて、申し訳なくて、しばらく言葉が出てこなかった。

 そうしてようやく、一言だけ絞り出した。




「俺……助けられて、ばかり……」




「さっきアイラスが言ったのと、同じセリフだね」


 ホークは苦笑して言ったけれど、ロムはアイラスのぬくもりを思い出して辛かった。


「誰かに助けられたとしても、その礼を必ずしも本人に返さなければならないわけじゃない。自分にできる範囲で、助けられる誰かを助けてあげればいい。巡り巡って、それが君のためになる」

「そう……でしょうか……」

「嘘だと思うかい?」


 ロムは首を横に振った。

 疑ったわけじゃない。でもその考え方は、自分にとって都合が良すぎる。そうであればいいと思うのは、甘えのような気がした。




「この事は、アイラスにも教えてあげないとね。彼女、自分の存在がどれだけ周りを癒しているか、理解していないようだから」


 ホークはアイラスに、生きて会えると思っている。ロムは本当のところ、もう間に合わないかもしれない、すでに魂を抜かれたかもしれないと、悪い事ばかり考えていた。




 諦めるのは後でいい。今は無事を信じようと思った。

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