少年は態度を改めた

 全員が起きてからいつもの部屋に行くと、ニーナがアイラスに詰め寄っていた。女性達が先に起きていたのはわかっていたが、一体何があったんだろう。


「ちょっとアイラス? その恰好は何? 今日はロムとお出かけでしょう? 昨日の服はどうしたの?」


 アイラスは、今日は保護区の服を着ていた。見慣れたいつもの姿に、ロムは何となくほっとした。

 ニーナは、それのどこが問題と考えているんだろう。


「エッ、あの、あれは、昨日の晩ご飯の時に、汚しちゃって……」

「なんですって?」

「ご、ごめんなさい……」

「いえ、汚した事を怒っているのではないわ。今どこにあるの?」


 ニーナは、後ろに控えていたメイドに聞いた。


「先程お洗濯しましたので、今は干してありますが……」

「ちょっと乾かしてくるわ」

「エッ」


 いそいそと部屋を出て行ったニーナを、ぽかんとして見送った。

 意味がわからないロム達に、執事が説明してくれた。


「あの服は、ニーナ様がアイラス様のため、今回新たに仕立てた物なのですよ」


 なるほど。つまり今のアイラスは、ニーナの着せ替え人形になっているわけだ。




 ニーナはすぐに戻ってきた。手には、昨日アイラスが来ていた白い服があった。洗濯したばかりと言っていたのに、もう乾いている。洗濯物を乾かす魔法なんてあるんだろうか。


「着替えてらっしゃい」

「ハ、ハイ……」

「レヴィ、ついて行ってあげて」

「へいへい」


 アイラスは追い出されるように部屋から出て行った。




 二人が出て行ったドアを睨みながら、ニーナはまだ眉間にしわを寄せていた。


「今日は風が冷たいわね……ジョージ、外套も暖かい物を用意してあげて」

「私がお選びしてよろしいのですか?」

「いえ……そうね……私が選んでくるわ!」


 ニーナは再び、いそいそと部屋を出て行った。ロムはもちろん、それ以外も呆れて見送っていた。

 ジョージが、少し嬉しそうに口を開いた。


「今回、皆様と共に暮らす事が決まり、ニーナ様はアイラス様のお召し物を用意できると、大変喜んでおられたのですよ。レヴィ様が幼かった頃には、ああいった服は全く好まれなかったものですから……」


 レヴィの幼かった頃の姿が、ありありと目に浮かんだ。きっと男の子みたいに元気だったんだろうなと思う。


「えぇ~……レヴィさんにも似合うと思うけどなぁ……」


 ため息をつきながら言うアドルに、レヴィにフリルは無いだろうと心の中でつっこんだ。何を着ても良いと思えるのはアドルだけじゃないだろうか。


 叙任式や誕生会でレヴィが着ていた大人っぽいドレスは、確かに彼女に似合っていたと思う。あの服も、ニーナがレヴィのために仕立てたのかもしれない。

 アイラスもそうだけど、レヴィも服には無頓着だ。服なんて体を覆ってればいいんだよ、なんて言うレヴィの姿が思い浮かんで、ロムは苦笑した。




 しばらくすると、着替えたアイラスとレヴィが戻ってきた。うん。可愛い。


「朝ご飯食べたら、すぐ出かけるノ?」

「ううん、お店が開くのが10時だから。少しゆっくりできるよ」

「ロムとアイラスの二人で行くんだよね?」

「エッ、アドルはついて来てくれないノ?」

「えー? なんで僕が行くの?」

「男の子の服なんて、よくわからないし……アドルは詳しそうだし……」

「僕だって言われた服を着ているだけで、あんまり詳しくないよ。何よりロムは、アイラスについて来て欲しいんだよ?」


 また優美な笑顔で言われ、アイラスは固まった。

 この笑顔に落とされる女性は多いんじゃないかと思う。アドルは意識してやっているのか、無意識なのか。どちらもあり得そうで、ロムにはわからなかった。


 アドルの思惑は別にしても、とりあえずアイラスは二人で出かける気になってくれた。




 アドルがロムを見て、嬉しそうに笑った。笑顔は、アイラスに向けたそれとは違って無邪気だった。

 自分の企みが上手くいったと喜んでいるのだと思う。この服飾店のチケットは、アドルが手を回して賞品にしたものなのだから。


 彼自身には何の得もないのに。


 今更ながら、その事実に気が付いた。

 アドルは、ロムが喜ぶと思ってやってくれたんだろう。勝手に武術大会に申し込むなんて無茶をされたので、その奥にあった思いに今まで気づかなかった。


 叙任式の時もそうだった。ただ物を与えられるだけだと気持ちよく受け取れないし、内容次第では拒否するだろう。それをわかっているから、自分の力で手に入るようにしてくれたのだと思う。

 やり方は突拍子もないけれど、それでも彼は彼なりに考えていたのだろう。




 自分は、そんなにアドルの事を考えて行動した事があっただろうか。多分、最初にレヴィとの仲を取り持った事、あれだけだと思う。たったあれだけの事で、彼は自分を友と認め、あれこれ気にかけてくれる。周囲に寵愛と勘違いされるくらいに。


 ――いや、それは少し迷惑なんだけど。


 苦笑したけれど、今朝ケヴィンが自分をたしなめたくなったのも、当然の事だと思う。

 ケヴィンは今までのアドルの企みを知っていたんだろうか? 知らなくても、アドルの自分に対する態度と、自分のアドルに対する態度の違いを見て察したんだろうか。


 ちょっと本気で態度を改めた方がいいと痛感した。




 何でも手に入れる事ができそうな彼に、自分なんかができる事は少ないかもしれない。それでも、その答えはアドル自身が見せてくれていた。本当に相手のためになるかどうか、わからなくてもいい。自分なりに考えて行動すれば、結果がどうであれアドルは喜んでくれるだろう。


 そう思ってロムは、アドルに近寄って小声で言った。


「ありがとう」


 アドルは少し驚いた顔をして、すぐに笑顔を見せた。屈託のない笑顔だった。

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