少年は少年の心を知った
翌朝、いつものように早くに目が覚めた。窓の外は明るくなり始めた頃だった。少し霧が出ている。
同じ部屋に、トール、ジョージ、コナー、アドル、ザラムが寝ていた。みんなまだよく眠っている。
使用人も一緒の部屋に寝る事は、普通はあり得ないらしい。でも今は事態が事態だから、みんな同じ部屋に寝る事になっていた。
ニーナの使用人はほとんど女性なので、女性の寝室の方が混んでいると思う。
「早いね。おはよう」
唐突に声がして、驚いて振り向いた。気配は感じなかった。
机についたケヴィンが、手元の本を閉じていた。明かりも付けずに読んでいたのかと驚いた。
「おはようございます。夜通し起きていたんですか?」
「それが仕事だからね。……心配してくれるのかな? 元々夜行性だから平気だよ」
「俺達が寝る時はあなたが守ってくれるけど、あなたが寝る時はどうなってるんですか?」
「寝ると言っても眠りは浅いから、一人でも大丈夫。リサも同じだよ」
リサというのは、ロムの好きなお菓子をよく作ってくれる猫の使い魔だ。この人はあの狼で合ってるんだろうか。
「あなたは……ええと、狼さん……ですか?」
何と呼んでいいかわからず、狼という種族名に敬称を付けて言ってしまい、我ながら変だと後悔した。
「そうだよ。この姿は見せた事がなかったね」
ケヴィンは少し笑いながら答えた。
なんとなく恥ずかしくて、ロムは話題を変えた。
「何を読んでたんですか?」
「シンの大衆小説だよ」
「えっ」
「精神論が独特で面白いね」
「なんでまた、シンの……?」
「知らないのかい? 今この街では、シンがブームになっているんだよ」
「騎士団では、刀術が流行っているとは聞きましたが……」
「この本はニーナ様がたまたま持っていらっしゃっただけで、書店ではなかなか手に入らないよ」
ケヴィンが本の表紙をロムに見せた。そこには色とりどりの宝石で着飾った剣士が描かれていて、ロムの知るシンの剣士とはかなり違った。シンには宝石を身に付ける習慣はなかったのだから。
本の翻訳に関わった人の想像なのかもしれない。
「なんで今頃ブームになってるんでしょうか?」
「そりゃあもちろん、君のせいだよ」
「……え、俺? なんで……?」
「叙任式で君の事が話題になり、そのルーツは何だろうという話になっていたよ。武術大会でも優勝したしね」
楽しそうにニコニコと笑いながら言われ、なんとなくロムは顔が赤くなった。
「勘弁して下さい……」
「みんな君に憧れているんだよ? 嬉しくはないのかな?」
「俺は、もっと普通に、目立たなく、地味に生きたいです……」
「今更それは難しいんじゃないかなあ……」
また笑われた。なんだかこの人と話していると、ホークと話しているような気分になる。別に悪い人ではないのだけど、からかわれているような気がする。
狼の姿しか見てなかった時は、こんな性格だとは思っていなかった。ロムも話しかけた事が何度かあったが、タメ口だったような気がする。今の姿は自分より年上に見えて、なんとなく敬語を使ってしまっていた。
「皇子の寵愛も受けているという噂を聞いていたのだけど、本当だったみたいだね」
「寵愛って……大げさですよ。ただの友達です」
「君にとっては友人の一人かもしれないけれど」
そう言ってケヴィンは言葉を切った。笑みの消えた顔でじっと見つめてくる。なんだろう。
「皇子……アドル様にとっては、君は初めての、そして唯一の友人なんだよ」
「えっ、でも……アイラスやトールだって……」
「彼らに対する態度と、君に対する態度は違うだろう? 本人は意識して変えているわけではないだろうけどね」
言われて、昨夜の夕食時を思い出した。アイラスに見せたあの笑顔は、余所行きだったんだろうか。
「第一皇子が亡くなって、彼が王位の第一後継者になり重責もある。眉目秀麗で文武両道、建国王の再来とまで言われているけど、それは努力して身につけたものなんだよ」
「い、意外と苦労してるんですね……」
「城では気の休まる時がないようだね。せめて君の前だけでも、安らかに過ごせるようにしてあげてもいいんじゃないかな」
「気が、休まる……」
ロムは、今はまだ寝ているアドルの方を見た。
アドルにとって自分が初めての友達だとしたら、それまで彼は一人だったという事になる。それはかつての自分自身と重なった。
ロムにとって初めての友達はアイラスとトールだった。彼らにどれほど、すがるような想いを抱いていたかを思い起こした。アドルもそうなんだろうか。
マイペースでわがままで、いつも明るく笑っている彼の姿は、寂しさの裏返しなのかもしれない。
「俺に……俺なんかに、何かできる事があるでしょうか……」
「そんなに重く考えなくてもいいだろう。ただ、彼の想いを知り、君なりに彼を大切な友人として、接してあげればいいだけだと思うよ」
「はい……」
「そんなに暗い顔しないで。君も読んでみる?」
ケヴィンから読んでいた本を手渡され、字が見えにくいので窓のそばに移動した。
そして、みんなが起きるまで少し読んでみた。共通語で書かれたシンの物語は、ロムには少し新鮮に感じられた。
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