想い

少女は気持ちを伝えたい

 保護区に戻ってきて夕飯を食べ、夜も更けてそろそろ寝る支度を整える頃、アイラスはロムの事が気になっていた。昨夜は寝付けず、ずっと廊下に座り込んでいたのだから。


 そうっと、自室のドアを開けて外を見る。そこにロムは居なかった。隣にある彼の部屋に行き、遠慮がちにドアをノックした。ドアはすぐに開き、ロムが顔をのぞかせた。


「どうしたの?」

「あ、うん……」


 顔を見ると、大丈夫そうに見える。余計な心配だったかもしれない。


「ううん、何でもない! ちょっと気になっただけだから。大丈夫ならいいノ」


 そう言って、自分の部屋に戻ろうと踵を返した。


 後ろから、手首を掴まれた。驚いて振り向くと、ロムも驚いた顔をしていた。


「あ……ごめん」


 手はすぐに離された。でもロムの顔には、不安そうな色が浮かんでいた。


「大丈夫?」

「な、何が?」

「今日は、寝付けそう?」


 返事はない。目が泳いでいる。これはダメなんだとわかった。


「ねえ、ロム」


 できるだけ、優しく話しかけた。ロムは無言のまま顔を上げた。


「この前みたいに、ロムに部屋でみんな一緒に寝ない?」

「えっ? ……でも、あの……」

「一人で不安なんでしょ?」

「それは……」

「トールとリンドも呼んでくるネ!」

「まだ寝るって決めたわけじゃ……」


 背中から呼びかけられたが、他に選択肢はないと思って無視した。自分の部屋に戻り、猫のトールを抱きかかえた。トールは目をうっすら開けた。眠そうな顔であくびをした。

 その背中に、埋まるようにして眠っていたリンドも目を覚ました。


「起こしてごめんネ! 今日はみんなでロムの部屋で寝ようと思うノ」


 抱き上げた手から、二人の肯定の意思が伝わってきた。

 部屋のドアを開けると、ロムがそこで待っていた。


「あの、アイラス。俺……」

「もしかして、一緒に寝るのは嫌?」

「そ、そんな事ないよ」


 ロムが顔を赤くしてうつむいている。一人で寝られない事を恥ずかしがっているのだと思う。でもあんな事があったのだから仕方ない。自分にも原因があるのだし、何か手助けがしたかった。


「ね、ロム。お願い。私がロムと一緒に居たいノ。こんな事でしか、助けられないんだもノ」

「……それは、違うよ。アイラスはいつも、俺を助けてくれる」

「助けてくれるのはロムの方だヨ」

「また、この話で平行線になるね」


 そういうと、ロムはやっと笑ってくれた。アイラスも嬉しくて、自然と笑顔になった。




 ロムの部屋に二人と一匹と一羽で入った。トールとリンドを床に降ろすと、手近な座布団の上で丸くなり、すぐに目を閉じた。リンドがまた、トールの毛並みに埋まった。


「俺のベッド、使ってね。掛け布団はアイラスのを持って来て」

「うん」


 また自分の部屋に戻って掛け布団をかかえ、ロムの部屋に戻ってきた。すでに床には座布団がしきつめられていて、ロムは早くもそこで寝ようとしていた。


「もう寝るノ?」

「うん……だって、早く寝てしまわないと、俺……」

「エ? 何?」

「な、何でもない」


 そのまま布団に潜り込んでしまった。アイラスとしては少し物足りない。寝る前に話がしたいなと思っていたから。でも特に話題があるわけではなかったから、引き留めることはできなかった。


 ロムのベッドに上がり、窓の外を見た。中庭を挟んで反対側の宿舎が見える。その中に、ザラムの部屋があった。

 まだそんなに遅い時間ではないので、明かりがついている部屋が多い。でもザラムの部屋はいつも真っ暗だった。目が見えないのだから、明かりなんか意味がないのだろう。




「ザラムはもう寝たのかな」


 ぽつりと呟くと、背後でごそごそと動く音がした。ベッドがきしみ、ロムが上がってくるのが分かった。


「いつも真っ暗だから、わかんないよね」


 いつもを知っている。彼に興味がないわけではないとわかって、少し安心した。

 隣に座り、窓の外を眺めるロムの横顔を見た。


「ロムは、ザラムの事をどう思ってるノ?」

「……わからない。アイラスは、どう思ってるの?」

「私? ……う~ん、お友達、かナ?」

「俺と一緒かぁ……」

「違うヨ」


 反射的に強く言うと、ロムが驚いた顔でアイラスを見た。この想いは言ってはいけないかもしれない。そう思ったけれど、ザラムや他の友達と同じだと思われるのは嫌だった。


 ロムが自分の事をどう思っているのか、アイラスには全然わからなかった。もし友達と思ってくれているなら、その友達から告白をされるのは困るだろう。だったら、なんて言えばいいんだろう。


 彼は次の言葉を待っている。考えがまとまらないまま、口ごもりながら続けた。


「違う、違うノ……。あのネ、ロムは、特別なノ。ザラムとも、他の友達とも、違う……」


 特別大切な友達。そういった意図がつたわるように説明したつもりだった。


 それでも、ロムの目は揺れていた。変な事を言っただろうか。もしかして、これでも迷惑なんだろうか。

 少し不安になり、今度はアイラスが彼の言葉を待った。


「俺も……」

「エ?」

「俺も、アイラスは、特別……」


 ロムの両手が伸びてきて、アイラスの頬を包み込んだ。軽く引き寄せられ、えっ? と思う間に唇が重なった。

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