少年は少女と話をした

 ザラムを保護区に連れて行く前に、ニーナのところへ寄った。魔法使いが保護区に入るためには、彼女に認識票を発行してもらう必要がある。アイラスの時もそうだった。


 ただ、ニーナの部屋にはザラムとトールしか入らせてもらえなかった。ロム、アイラス、リンドは別室で待たされた。




 リンドは、落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たり、何かブツブツ呟いたりしている。意味が分からないので、魔法の言霊なんだと思う。会話はしないのに言霊は使うんだなと、少しおかしかった。

 アイラスの手を握ったり離したりしていたので、何か話したのかと思って聞いてみた。


「ニーナの部屋が見えないんだって。念話も届かなくてイライラしてるみたい」


 魔法使いの館なので、それくらいの細工はしてあるのだろうと思う。


「あの部屋以外なら、念話もできるんだけどネ」

「何を話してるのか、気になるのかな」

「リンドが気にしてるのはトールの事だけだヨ」

「えっ」


 リンドが凄い剣幕でアイラスにつかみかかった。


「ゴメンゴメン」


 リンドは、必死で謝るアイラスに対してため息をついて、それからロムを振り返った。ジト目で睨んでくる。これは聞かなかった事にした方がよさそうだと思い、両手を上げて頭を横に振った。


 ドアをノックする音がして、返事をするとニーナ達三人が入ってきた。リンドが嬉しそうにトールに駆け寄った。いつのまに走れるようになったんだろう。


「お待たせしたわね」

「保護区に入れるようになったノ?」

「ええ、問題ないわ」




 ニーナが玄関まで見送ってくれた。そういう事は珍しく、ロムの知る限り二度目だと思う。


 館を出てすぐ、ささやくような声が聞こえた。振り向くと、ドアの向こうからニーナがトールをじっと見ていた。

 その真剣な眼差しに気づいたトールは、玄関まで戻って隠れるように奥に入った。

 視線を感じたような気がして振り返ると、ザラムが二人が消えた方を向いていた。目が見えなくとも、気配を追っているんだろうか。


 トールはすぐ戻ってきた。ニーナと何を話したのか気になったが、言える事ならそのうち教えてくれるだろう。言えない事なら、聞いてしまうとトールに負担をかけるだけだ。だから今は、何も聞かずに歩き始めた。




 保護区に戻ってザラムを管理人室に連れて行くと、ロム達にできる事は終わった。後は大人達が何とかしてくれるだろう。そう思ったのに、アイラスが部屋の前から動かなかった。


「晩ご飯ネ、一緒に食べたいなと思って」


 反射的に嫌だと思ったけれど、断る理由を思いつかなかった。

 頭の上にリンドを乗せたトールも、お座りしたままアイラスの足元から動かなかった。トールは猫に、リンドは小鳥の姿になっていたので、彼らがどう思っているか聞く事もできなかった。


 アイラスはどうしてザラムに気を使うんだろう。盲目だから? でも彼にとって、それは負担にはなっていないような気がする。

 自分の嫉妬が醜い事は理解していた。それでも、なぜと思わずにはいられなかった。




「どうして」

「エッ?」


 思わず口から出てしまった。矛盾なく話を続けるには、どうしたらいいかと考えた。


「……どうして、ザラムの目が見えない事に気づいたの?」

「私が、ザラムにぶつかっちゃったノ」

「試合会場で?」

「ウン。それで私、荷物を落としたノ。ザラムは拾ってくれようとしたんだけど、見つけられなかった。だから、目が見えないんだってわかったノ」

「そっか……」

「ザラムってネ、人とか動物や植物、命があるものは、見えるのと同じくらいわかるみたいなノ。魂を感じるっていうのかな。でも、物はわからないノ」

「ふーん……」


 アイラスは得意げに説明したが、ロムは興味が持てなかった。




「ロムは、ザラムがあんまり好きじゃないのネ」


 図星を突かれてうろたえた。

 でもそれは少し違った。彼自身に嫌いなところがあるわけじゃない。正直で、素直で、自分が悪いと思ったらちゃんと謝罪もできる。人に迷惑をかけないように、自分の力で生きていこうとしている。

 少なくとも今の甘えた自分より、はるかにしっかりしていると思う。


 でも、じゃあ、なぜザラムが嫌なのか。それをどう説明すればいいかわからず、アイラスの問いかけに答えられなかった。




 返事をしないのを肯定と受け取り、彼女は続けて話し始めた。


「私がザラムの手助けをしたいのは、私の自己満足なノ。だから、ロムは付き合わなくてもいいヨ?」


 一番知りたい事の片鱗が見えた気がして、ロムは顔を上げてアイラスを見た。目が合うと、彼女は真剣な顔で話し始めた。


「私が、みんなにしてもらった事を、誰かに返したいだけなノ。私も目覚めた時、知らない事ばかりで、とても不安だった。でも、ロムとトールがそばに居てくれた。だから……なんていうか……」


 アイラスはどう説明すべきか、言葉を選んでいるようだった。でもそれ以上聞かなくても、もうわかっていた。


 やっぱり、自分はバカだ。


「ごめん」

「エ?」

「俺、ザラムが嫌いなわけじゃない。ただ、友達を取られた気がして、それが悔しかっただけ」

「それって、私のコト?」

「うん」

「そんなわけないじゃない。私が一番好きなのは、ロムなんだから」

「……え」

「あっ……好きな、友達って意味ネ!」

「あ、ああ、うん……」


「じゃあ、ロムも一緒に、晩ご飯、食べてくれるノ?」

「うん。……でもそういう、食べてあげるっていうんじゃなくて……俺も、ザラムと一緒に食べたいんだ」




 そう言うと、アイラスはとても嬉しそうに笑った。

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