少年は賭けをする

 管理人室のドアが開き、ホークとザラムが中から出てきた。ロム達が居る事に驚いていた。


「おや……待っていたのかい?」

「何? 用?」

「一緒に晩ご飯を食べようと思って」

「そうかい? 案内する手間が省けたよ。ザラムも、さっそく友人ができて良かったじゃないか」


 ザラムは少し意外そうな顔をしたが、素直に頷いた。


「アイラス、君は彼を連れて先に行っていてくれないか。私はロムに少し話があるから」

「わかりました。行こ!」




 彼女達が廊下の角を曲がって姿が見えなくなっても、ホークは話し始めなかった。

 ロムがしびれを切らしかけた頃、ようやく口を開いた。


「彼の事、少し気を付けて見ておいてくれないか?」

「ザラムですか? 何か問題があるんですか?」

「問題という訳ではないよ。ただ、少し気になってね。彼には何か目的があるようなんだ。それが何かは、教えてもらえなかったのだけど」

「……わかりました」


 目的って何だろう。内容次第では手伝ってもいいと思う。

 ニーナがトールを呼び止めたのも同じ理由なんだろうか。だとしたら魔法に関する事で、自分が役に立てるとは思えない。もし物騒な事だったとしても、阻止する事は難しいかもしれない。

 悪い奴とは思わない。でも信頼に足るとまでは、まだ思えなかった。




 遅れて食堂に行くと、ザラムは食べ始めていたが、アイラスは手を付けていなかった。ロムに気づくと、席を立って温かいスープを取りに行った。


「ごめん。先に食べててもよかったのに」

「ロムと一緒に、食べたくて」


 ザラムが口の端を上げた。その笑いは微笑むというより面白がっている感じがしたので、ロムは文句を言った。


「何が言いたいんだよ」

「仲、良い」


 今の態度は随分、自分達を子供扱いしていると思った。歳は離れていないような気がするから、不当に感じた。


「ザラムは何歳なの?」

「知らん。偉そうな魔法使い、12歳、言った」


 年下じゃないか。まあ自分も13歳になったばかりなのだから、偉そうに言えないのだけど。それにしたって、さっきの顔は大人が子供を笑うような感じだった。


 不満はあったが、ここで腹を立てるのはそれこそ子供みたいだと思う。我慢して、努めて冷静に返した。


「偉そうなって……ニーナの事? だったら、見立ては合ってそうだね」


 でも、自分の年齢を知らないとはどういう事なんだろう。親は居ないと言っていた。捨てられたのか、死んだのか。そこは聞いていいのかどうか、わからなかった。


「私と一緒だネ」

「お前、12歳? 見えない」

「そうじゃなくて、私も自分の年齢、わからなかったから。初めてニーナに会った時、歳を教えてもらったノ。私は10歳なんだって」

「もっと、下、見える」

「失礼ネ!」

「なぜ、わからなかった?」

「私、トールに拾われるまでの記憶がないノ」


 アイラスは、前に決めた筋書きを話した。

 記憶喪失で森をさまよっていて、トールに保護された。彼の名付け親がアイラスの事を知っていたようだったが、詳しくは知らされずに亡くなった。その後ロムと出会い、この街に来た。

 嘘で塗り固めず、真実を織り交ぜ、本質的なところは不明で調べる手立てもない。そうしておいた方がいいだろうと、みんなで相談して決めた筋書きだった。


「ザラムも記憶がないノ?」

「違う。生みの親、知らん。名づけ親、死んだ」


 なかなか苦労の多そうな生い立ちだけど、保護区に入る子は大体似たようなものだとも思った。




「『黄泉の申し子』」


 突然、ザラムがシンの言葉で呼びかけてきた。


「止めて。ここはシンじゃない。この国の言葉で話して。それと、今の俺の名前はロムだよ」

「悪かった、ロム」


 ザラムは少し笑いながら謝った。その笑顔はニーナやレヴィに似ていた。いちいち上から目線で、ロムは面白くなかった。


「……で、何? 言いたい事、あったんでしょ」

「明後日、賞金、賞品、要らない」

「なんで? 住むところができたから? ……もしかして、棄権するの?」

「しない。戦いたい。オレ勝ったら、ロムの刀、くれ。代わりに、賞金、賞品、やる」


 優勝のうま味が無くなったから、別の物を賭けようというんだろうか。それは少し面白いかもしれないと思った。


「……長刀と短刀があるけど、どっちがいい?」

「長刀」

「わかった。……俺が勝ったら?」

「オレ、何も、ない」

「じゃあ、俺が勝ったら、俺の賞金で刀鍛冶に一振り打ってもらって。ザラムが準決勝で戦った人だよ。鍛冶の腕は確かだから」

「ロム、得、無い」

「あるよ。副賞はもらう。賞金は、どうせ全部俺の物になるわけじゃない。貯蓄限度額の事、説明受けたでしょ? 仕事を依頼して、あの人の懐にお金が入った方が、俺は嬉しい」

「わかった」

「ザラムが勝っても、俺のお古じゃなくて、賞金で新しい刀を打ってもらったらいいんじゃないの?」

「面白くない。ロムの刀、欲しい」

「あ、そう……」




「二人、仲がいいネ」


 黙って聞いていたアイラスが唐突にそう言い、ロムは面食らった。


「ど……どこが!?」

「だってロム、楽しそう」


 確かに、棄権するのかと思った時は残念だったし、自分の刀を賭けるとなったら面白いと思った。


「オレも、楽しい。明後日、楽しみ」


 年相応のいたずらっぽい笑顔でそう言われ、ロムは初めて友達になれるかもしれないと感じていた。

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