少年は告白した

 アイラスとトールは、どう反応していいか迷っている感じだった。だがレヴィは立ち上がり、椅子を一つ持ってきた。ロムの目の前に置き、それに座り込んだ。


「いつやったんだ?」

「レヴィ! 聞くノ?」

「話す事でロムが前に進めるなら、聞いた方がいいだろ」

「うん……ずっと隠したまま、逃げてばかりじゃ、俺だけじゃなくて、周りまで傷つけてしまうし……罪は、いつか償わなきゃダメだから……」

「しかし、今でなくてもいいであろう……体調が戻ってからでも……」

「いや、むしろ正常じゃない今の方が、言える……気がする。今日は言う気で来たから……なんていうか……勢いがあるっていうか?」

「何でもいいぞ。それで、いつだ? シンが沈んだ時か?」

「うん、そう。『人狼』の生き残りは俺と母さんの二人だったんだ。母さんを殺して、俺が最後の生き残りになった」

「理由は? 事故か?」

「違う。俺が、母さんに生きてほしくなかった。殺意を持って殺した」

「……なぜだ?」


 手が、身体が、震えてきた。この寒気は、風邪によるものなのか、自分ではわからなかった。




 震えるロムの手を包むように、アイラスの手が重ねられた。彼女の手は暖かくて柔らかい。優しい手だ。この手に何度助けられたんだろう。今も心が落ち着いてきた。


 ロムは深呼吸して話を続けた。


「母さんは、俺の身体を触るのが好きだった。俺はそれが嫌だった」

「……近親相姦か?」

「わからない……最初は、確認だった」

「何のだ?」

「大人になったかどうか……」

「……王家と同じか?」

「うん」


 詳しく説明したくなかったけれど、レヴィは察してくれた。

 アイラスとトールは意味がわからないという顔をしていた。説明しなくちゃいけないのかと思うと、鉛を飲み込んだように苦しかった。

 案の定、アイラスが聞いてきた。


「どういうコト?」


 返事ができないロムに、レヴィが答えた。


「魔法使いになれなくなったかどうかの確認だな」

「意味がわからないヨ……」

「魔法使いになるには、大人になる前に『真の名』を与えられる必要がある。与えられないまま大人になると、もう永遠に魔法使いにはなれない」

「大人になるっテ、どういうコト?」

「女児なら初潮、男児なら精通だな」


 レヴィはそこで言葉を切り、ロムを見た。


「……説明してもいいか?」

「うん……」

「アイラス。もし気分が悪くなったら、話の途中でもいいから、ちゃんと言えよ」

「ウ、ウン……わからないケド、わかっタ……」


「魔法使いは誰かに支配された状況から始まる。名付け親を消しても、支配される可能性は常に付きまとう。だから魔法使いは、王や管理職になれない事が多い。お前の一族……『人狼』もそうだったんだな?」

「そう。守らないといけない秘密が、たくさんあったから……」

「魔法使いにしたくない場合、少しでも早くそれを確定したいわけだ。女児は待ってればわかるが、男児はわからねえ。王家だと、年頃になった男児は月に一度くらい試されるって話だ。お前はそれを、母親にされてたのか」

「うん……そう。俺は、毎日されてた」

「……マジかよ。狂ってんな」

「わかった後も、続いた。……毎日」

「それが殺した理由か」

「……うん」


 ロムの手と重なっているアイラスの手に、力が込められた。これは、理解したという意味なんだろうか。それを知って、彼女はどう感じただろう。手が離されたらどうしよう。もしそうなったら、それはアイラスが自分を気持ち悪いと思った証だろうから。


 でも彼女の手は、離れなかった。




「……お前がされた事は消えねえが、お前が殺した事は気にしなくていいぞ。近親相姦で片方が未成年だった場合、やった方は死刑だ。お前は悪くねえ」

「俺、悪くないの……?」

「シンではどうだったか知らねえがな。ここでは無実だ。むしろ正当防衛だ。気にするな」

「でも俺……母さんが、今でも……嫌いだ」


 殺したという事実より、その思いこそが、隠したかった事だった。ずっと長い間、自分自身にすら隠してきた。夢の中でアイラスに言われて自覚しても、それを口にする事は出来なかった。

 でも今、吐き出すような気持ちで口にすると、どんどん思いは溢れてきた。


「嫌い、なんかじゃない……もっと、もっと……憎んでる。殺した事も、後悔していない。殺しても、殺しても、足りない。……だから俺は、汚れた悪い子なんだって……」

「お前は汚れてねえし悪くねえ。そんなやつを母だと思わなくていい。子は親を選べねえ。クソみたいな親はいくらでもいる」


 レヴィは吐き捨てるように言った。


「いいか、お前は悪くねえ。悪くねえんだ」


 何度も何度もレヴィに言われ、ロムの目には涙がにじんできた。


「……辛かったな」


 そう、辛かった。辛かった。それはずっと言われたかった言葉だった。誰かにそれを、知ってほしかった。

 アイラスの手を握りしめ、反対の手で涙をぬぐった。




「やっぱり俺、レヴィみたいな人に育てられたかった……レヴィが俺の母さんだったら、よかったのに……」

「……なんだよ、それ。俺にそんな事を言ったのは、お前が初めてだよ」


 レヴィは困ったように笑った。でも、嫌がられてはいないと思う。




「でもまあ、お前が保護区を出たら、俺と同じ姓がつく。そしたら……家族みたいなモンじゃないか?」

「うん……そうだね。ありがとう」




 ロムはため息をついた。たくさん話して疲れていた。心も疲れていた。でもなんだか、気持ちいい疲れだった。

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