少女は後悔した

「トール!!」


 ロムがしゃがみこんで、トールを抱き起こした。呼びかけても返事がない。気絶しているようだった。顔が土で汚れたので、ロムがそれを払っている。


 魔力が切れた時の苦しさは忘れられない。それを自分のせいで起こさせてしまった。

 自分がしでかしたことに怯え、足の力が抜けて立っていられなくなった。へなへなと崩れ落ちるように座り込んだ。


「こいつ、急にぶっ倒れてどうしたんだ? 使い魔か……?」

「魔力切れ……だと思います」

「魔法を使ったのはこっちの嬢ちゃんだろ?」

「私……私……魔力が、凄く、弱いノ……だから、これで……」


 手から呪物をもぎ取った。こんなものがあるから。アイラスはそれを投げ捨てた。


「大事なモンじゃねえのか」

「そんなノ、いらなイ!」


 呪物を拾った墓守が困っている。でもアイラスは、もう触りたくもなかった。


「俺が預かっておくよ」

「捨てテ!」

「それは、だめだよ……トールが何て言うか……」

「トール……ゴメン……ゴメ……」

「……泣かないで、大丈夫だよ。ニーナところへ連れて行こう」


 ロムがトールを背負って立ち上がった。


「アイラス、ごめん。俺の短刀を持ってくれる? トールの足に当たる」

「あっ、ウン……」


 ロムの腰紐から二本の短刀を抜き取って、抱えるように持った。手が、いや身体全体が震えていて、上手く持てなかった。


「大丈夫? 重いから気を付けてね。……お世話になりました」


 ロムは墓守に挨拶をしたが、アイラスにはそんな余裕はなかった。




 ニーナの館の前に行くと、いつもの狼がせわしなく、同じところグルグル歩き回っていた。アイラス達を見つけると、遠くから駆けてきてトールの足に鼻先をこすりつけて切なげに鳴いた。


「心配してくれてるノ? ありがとう……私が悪いノ……」


 狼の頭をなでると、トールを心配する思いが伝わってきた。今更ながら使い魔なのだと気がついた。そんな事すら知らなかった。こんな未熟な自分自身に価値などないように思えた。


 卑下する気持ちに否定の意が伝わってきて、耐えられなくなって手を離した。今は慰めではなく罵倒が欲しかった。


 離した手を、狼の鼻が追いかけてきた。触れた瞬間、想定外の思いが伝わってきた。意味がわからず、思わず声に出した。


「真実から、目を背けないデ……? 真実って、なんなノ……?」

「アイラス、行こう。いつもの部屋だよね?」


 ロムが狼に問いかけると、肯定するように一声吠えた。




 館に入り、ニーナの部屋に近づくと、その扉が中から開いた。心配そうな顔のニーナが出てきた。


「入って。容体を見せて頂戴。ソファに寝かせてね」

「はい」


 ソファに横たわったトールの顔は、苦しそうに歪んでいた。その額にニーナが手を当て、魔法を唱えた。自身の魔力を分け与えるというような意味だった。意味が理解できるという事実すら、今のアイラスには不快だった。魔法に関する全てが嫌だった。

 アイラスの気持ちとは逆に、トールの顔色はみるみる良くなってきた。


「もう大丈夫よ。じきに目を覚ますわ」


 心配そうに覗き込むアイラスに、ニーナは優しく微笑んだ。


「心配いらないわ。むしろ目覚めたら、以前より魔力が強くなってるでしょう。怪我の功名ね」

「魔力って、そうやって、上げるノ?」

「ちょっと乱暴なやり方だから、おすすめはしないわ。魔力は心の力よ。安らかな気持ちで生きていたら、少しずつ自然に上がっていくものなの。普通はそれで十分。……それより、アレを使ったのね?」

「これの事ですか?」


 ロムが呪物を取り出した。アイラスには、その赤い宝石が酷く禍々しい色に見えた。


「全く……今日はもう、魔力をあまり使わないでって言っておいたのに……」

「呪物の調査、そんなに大変だったんですか?」

「難しくはなかったのだけどね。何度もやったから消耗がちょっとね……。私も少し戻してあげていればよかったわ。ごめんなさいね。アイラスもびっくりしちゃったでしょう?」

「私……もうそれ、使わなイ……」

「もう魔法は使いたくないかしら?」

「もし、魔法を使うなラ、自分の魔力が、上がってからにしまス……」

「それは無理よ」

「……エ?」

「魔力を高めるというのはね、自分の潜在能力を引き出す事なのよ。あなたは今が最大なの。これ以上、上がらないわ」


 以前、訓練をしたいと言った時、トールは何て言ったか。無理をしなくてもいいと、魔法なんか使えなくてもいいと。彼は知っていたんだろうか。


「じゃあ、どうして、私は魔法使いなノ? 使えもしなイ、魔法に、何の意味があるノ!?」




「それは、わしが説明しよう」

「トール!!」

「大丈夫?」

「うむ、心配をかけた」


 トールはロムに助けられて身を起こし、アイラスを見つめた。少し困ったように笑っていた。


 どうしてそんな顔で笑えるのか。悪いのは自分なのだから、怒ってくれた方が気が楽だった。

 アイラスはトールに駆け寄り、すがるように抱きついた。嬉しい気持ちと辛い気持ちが混じりあって落ち着かず、涙が止まらなかった。


「ゴメン……ゴメン……」

「おぬしは悪うない。いけると思ったんじゃがのう。おぬしの魔法を、ちと甘く見すぎたわ」

「苦しかったのナラ、言ってくれれば……手を放しても、良かったのニ……!」

「魔法を中断すると、術者に災いが降りかかる。手を離せば、またおぬしの魔力が切れてしまうじゃろう」


 やっぱり自分が悪いんだと、心が強く締め付けられた。自分のためにトールが無理をして倒れた。アイラスには、それを防ぐ手立てもなかった。その残酷な現実が、深くアイラスの胸をえぐった。


「魔法なんカ、もう使いたくナイ! ……どうして私、知ってるノ? 何のためニ、私……。……私は、一体何なノ……?」

「アイラス、落ち着いて聞くのじゃ」


 トールはアイラスの頭を優しくなでた。




「『神の子』には一度だけ、全ての言霊を知る子が遣わされる。それがおぬしじゃ。おぬしはわしに与えられた『知識の子』じゃ」

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