少女は意味を知った

 理解が追い付かなかった。遣わされた? 与えられた?


「私……人じゃないノ?」

「いや、違う。人の子に記憶が埋め込まれ、わしらの元に送り届けられる」

「私の記憶は、私のモノじゃないの……?」

「そう。全ての『知識の子』は同じ記憶を持っているはずよ」


 アイラスはトールから離れて立ち上がったが、視界が揺れてふらついた。ロムに支えられて、トールの隣に座らせてくれた。彼もその隣に座った。


「アイラス、大丈夫……?」

「今はそっとしておきましょう」


 彼らの会話の声は聞こえたが、その内容は頭に入ってこなかった。自分が信じていたものが揺らぎ、足元から崩れ去っていく感覚があった。




「ニーナのところにも、アイラスみたいな子が来たの?」

「来たわ。私の知る言霊は、ほとんど彼から教わったものなの」

「彼? 男の人だったの?」

「そうよ」

「その人は今どこに?」

「普通に老衰で亡くなったわ。もう何百年も前の事よ。彼らは豊富な言霊を知るだけの普通の人で、ただの魔法使いなのよ。彼も普通に結婚し、子を成し、家族に見守られて息を引き取ったわ」




「私……」


 アイラスはぽつりと呟いた。


「私は……トールに、言霊を伝えるための、存在なノ?」

「そうよ。そのために作られた命よ」

「違う! もしそうだとしても、わしは……わしは、おぬしから知識を搾り取ろうとは思わぬ。おぬしには普通の人として生きてほしい」


 トールの言葉が、気持ちが、アイラスを正気に戻した。ブレないなぁと思った。だからこそ、許せなかった。


「……トールは、どうしていつも、そうなノ?」


 冷静に言おうと思った。けれど、出始めた言葉は感情に乗って、どんどん強くなった。


「自分の事は差し置いて、いつも私とロムの事ばっかり! どうして、逆は考えないノ!? 私達を、大切に思ってくれるなラ、わかるでしょ!? 私達も、あなたが大切なノ! 傷ついたら、辛いノ! 役に立たないと、虚しいノ!!」


 我ながら、凄い剣幕でまくしたてた。トールだけでなく、ロムも驚いて身を引いている。ちょっと言い過ぎたかなと思ったけれど、多分これくらいでちょうどいい。


「す……すまぬ……」

「そう思うなラ、今後は、もっと、ちゃんと、言ってネ。辛かったラ、辛いって。わがままも、言ってほしイ。知りたい言霊も、伝えたイ。……できれば、あの呪物を、使わない方法で……」

「別の方法も無くはないわ。もちろん、自分の魔力を使う方法よ」


 アイラスは期待を込めた眼差しで、ニーナの次の言葉を待った。だが彼女は苦笑して首を横に振った。


「……その話は、また今度にしましょう。この呪物は預かっておくわね」




 さあ、と言ってニーナは立ち上がった。


「今日はもう帰りなさい」


 優しい口調で言った後、ニーナは一変してトールを睨みつけた。彼はまた驚いて身を引き、さらに耳がペタリと垂れ下がった。

 それから彼女は、アイラスとロムの方を向いて言った。


「本人に言っても効果がないから、あなた達に頼むわね。トールには、明日の朝まで魔法は使わせないで。まだ完全に戻りきってはいないのだから」


 その後、ニーナは珍しく玄関まで見送ってくれた。最後にさよならを言う時に、彼女は一言だけ呟いた。


「……あなたで良かったわ」


 え? と聞き返しても、彼女は微笑むだけだった。それは優しくもあり、悲しそうでもあり、アイラスにはその感情が読み取れなかった。




「今日は、いろんな事があったね」


 保護区に帰る途中、ロムがぽつりと言った。

 彼は、今日の話を聞いてどう思ったんだろう。気味が悪いと思わなかっただろうか。そう思われても仕方ないけれど、少しだけ気になった。

 不安を振り払うように、アイラスは努めて明るく答えた。


「ウン。でも、私はもう、平気だヨ?」

「そう? ……俺もさ、少し安心したんだ」

「安心? 何ニ?」

「つまり……アイラスは、捨て子じゃなかったわけでしょ? 誰もアイラスを、捨ててなかったんだなって。それだけが気になってたから、良かったなって……」


 思いがけない考え方に、アイラスは目をぱちくりさせてロムを見た。その視線に気づいて、ロムはあわてたように言い直した。


「あっ、ごめん。親が居ないのに、良くなんかないよね。俺、何言ってるんだろう……」

「ううん、そんな事なイ。ありがとウ。親が居ないなんて、気にしないヨ。ロムだって、トールだって、居ないもんネ」


 そう答えると、ロムは安心したように笑った。アイラスも深く安堵していた。




 保護区についても、食事には暗くなってから行った。トールに魔法を使わせないという事は姿も変えられないので、前のように皆の食事が終わった後、残り物を頂こうと考えたからだ。

 作戦は上手くいき、誰も居ない食堂で三人だけで遅い夕食をとった。


「食事は何とかなったが、寝る時はどうするのじゃ? このままだと場所がないぞ」

「二人はいつもどうやって寝てるの?」

「トールは猫になって、ベッドの空いてるトコで寝てるヨ。今日はトールがベッドを使ってネ。私は床で寝るカラ」

「風邪をひいてしまうぞ……」

「いっぱい服着て寝るカラ、平気!」

「それなら、俺の部屋で三人で寝ない? 土足禁止にしてるから床は綺麗だし、座布団がたくさんあるから、それを敷いたら二人くらい寝られると思うよ。掛け布団はアイラスのを持って来てね」

「そこまでせんでも……」


 言いかけて、トールは何かに気が付いたように言葉を切った。


「うむ、それがいい。その方法なら三人とも暖かく寝られそうじゃの」

「急に手の平返したね……」

「細かい事は気にせずともよい! 二人とも早く食べよ!」


 その怪しい様子の理由は、実際に寝る時になるまで、アイラスとロムにはわからなかった。

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