少年は討伐した

 来たのは二人だけだった。あの少年は来なかったようだ。


「あいつも来たがっていたが、俺が許さなかった」

「どうしてですか? 数は多い方が……」

「あいつ、腕はいいんだが実戦経験がまだないんだ。初陣で無理に激しい戦闘をさせなくていい」

「この先はそんなに厳しいんですか?」

「まあな」


 それなのに、なぜ最初から行こうとしなかったんだろう。ロムが討伐評価が欲しいと言い出さなければ、あのまま本部で待機していたような口ぶりだった


「犠牲が増えるだけで、負けはしないと思ったからさ」


 ロムの思いを読んだように隊長が答えた。その考え方はまるで。


「傭兵みたいだって? 当たりだよ。俺は傭兵上がりなんだ。自分の部下が一番大切なのさ。ま、こんな事は大っぴらに言えないけどな」

「じゃあなぜ今は、行こうしているんですか?」

「お前も、一時的ではあるが俺の部下だ。部下の願いは叶えてやりたいじゃないか……ほら、見えてきたぞ」


 ゴブリンの数が多い。遠目に見ても押されているのがわかる。これでよく負けはしないと言えたものだ。


「囲まれると厄介だ。端から崩していくぞ」

「はい」




 確かにやられはしないが相手の数が多い。倒しても倒しても次から次へとゴブリンが沸いてくる。逆にやつらは、なぜこれだけやられても士気が落ちないんだろうか。何か大きな後ろ盾があるように思えた。


「魔法使いがいるぞ!」


 注意喚起の声が響いた。声の主が指し示す方向に、武器を持たないゴブリンが居た。そいつの口が動く度に、予兆のない爆発が起きた。


 どんな生物でも『真の名』を与えられて魔法使いになると、人と同等の知能と寿命になる。それが仲間をまとめ、存在そのものが強みを与えている。


 事前に分かっていたらよかったのにと思ったけれど、魔法使いになっても見た目が変わるわけではない。こちらに魔法使いが居ればわかっただろうけど、今更嘆いても仕方ない。


 とにかく、要となる個体を倒さなければヤバい。同じように思った幾人かが矢を射かけたが、届く前に風に煽られてそれていった。


「風の守りだな。確実に仕留めるには、直接叩くしかないか……」

「俺が行きます」

「やれるか?」

「魔法使いの弱点なら、ある程度は心得ています」

「気を付けろよ。弓と矢は置いていけ。どうせ効かねえしな」


 矢筒と弓を肩からはずし、隊長に渡した。

 ロムは気配を殺し、戦線を外れて遠回りに魔法使いの方へ近づいていった。




 気づかれない最短まで近づいても、まだ距離があった。飛び道具が効かないのをいい事に、視界の良い開けた位置に居る。この距離で飛び出しても、到達する前にやられてしまう。


 魔法使いの隙をつくには、詠唱する時を狙うしかない。一旦始めた魔法を中断すると、以前アイラスが呼び出したゴーレムのように失敗する。そして複数の魔法は同時に使えない。


 ただ、先程から使っている魔法は詠唱が短すぎる。もっと大技を使ってくれないかな。でもそうなると味方に被害が出るだろうか。


 そう考えていた時、風を切る音が響いた。一際長い矢がうねりを上げて飛んできた。普通じゃないのは矢なのか射手なのか。わからないけれど、風の守りでも矢はわずかしかそれず、魔法使いの腕をかすめた。

 魔法使いは矢が放たれた方を向いて、深く息を吸い込んだ。長い詠唱を始めるのだとわかった。


 ——今しかない。


 ロムは迷わず飛び出した。周りのゴブリン達は反応しなかった。魔法使いは気づいたが、詠唱は中断しなかった。唱え終わる前に殺らなければ。走りながら短刀の柄を握りしめた。


 動けない魔法使いの、喉に向かって真横に薙ぎ払った。どんなに優秀な魔法使いでも、声が出なければ無力だ。喉仏がぱっくりと裂け、大量の血が噴水のように吹き出した。

 そこでようやく周りのゴブリン達が反応したが、逃げるロムではなく崩れ落ちる魔法使いに集まっていた。こいつらでも仲間を思う気持ちがあるのかと、ロムは冷めた目で見ながら立ち去った。




 その後は楽なものだった。残されたゴブリン達の士気は大幅に下がり、みな逃げ腰になった。その追従は他の部隊に任せ、隊長達を探した。




 元居た場所の近くに、うずくまる二人と横たわる一人を見つけた。横たわっているのは、隊長のようだった。


 近づくロムに気付いて、二人が顔を上げた。


「ああ、お前か……」

「よく、やってくれた……」


 二人がかけたねぎらいの言葉は、ロムの耳には届かなかった。二人に隠れて見えない隊長の姿を確認したくなかった。嫌な予感に口が乾いて仕方がない。息が苦しい。手足が痺れてきた。

 立っていられなくなって、ふらふらと膝をついた。その拍子に隊長の上半身が見えた。




 隊長は左手に弓を持ち、右半身が無くなっていた。その傷口は黒く焼け焦げていた。




「……お前の手助けを……が、矢を……」

「……が、……に、爆裂の……」


 二人が状況を説明してくれているようだったが、ほとんど聞き取れなかった。耳に綿が詰まったかのように、声は途切れ途切れにかすれて聞こえた。




 その後の事はよく覚えていない。誰かに手を引かれているような気がしたが、それが誰であろうとも、どうでもよくなっていた。

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