少年は秘密を知った
ロムは目を見張った。なんでここに? と思ってアドルを見ても、こっちには全く視線をよこさない。
彼は文句を付けた配下の騎士を睨みつけ、さらに言った。
「見つかったのは彼のせいではないのに、その言い方はないでしょう」
「ですが皇子、なぜそう言い切れるのですか?」
総指揮の騎士が、苦笑しながらこちらを見ていた。ロムは、彼とアドルを交互に見た。皇子だって? 開いた口が塞がらなかった。
「隊長が、ミスを犯した者に報告を任せるでしょうか?」
「は……それは……」
「それと、彼の服にわずかですが返り血が付いています。先の報告での言い方から考えても、見張りを仕留めたのは彼でしょう。隊の誰かが犯したミスを、彼が埋めたに違いありません。であるならば、彼の意見は信頼に値します。時は一刻を争います」
そう言ってアドルは、総指揮の騎士を見た。
「そうですね。私もそう思います。……始めるぞ!」
周囲が慌ただしく動き始めた。ロムは偵察内容を報告した後は、自分の部隊が戻ってくるまでやる事がない。邪魔にならないように脇に避けて座り込んだ。全力で走ってきたので、それなりに疲れていた。
そこへ、アドルがやってきて隣に座った。
「やあ、お疲れ様」
「アドル……いや、アドルじゃないのか。本当の名前は」
「ごめんね。僕は、アークと言うんだ。アーク・マクライアン。今回の討伐戦には、後学のために同行してるんだよ」
それは、第二皇子の名前だった。第二といえど、第一皇子は十年以上前に亡くなったという話だから、事実上は王位の第一後継者となる。
ロムは公的な催しを見に行った事がなく、皇子の顔も知らなかった。アイラスとトールも同様に知らないだろうけど、レヴィはどうなんだろう。そういった事に興味は無さそうに思える。
「アドルの秘密はこれだったのか……」
「うん。みんなには、内緒にしておいてもらえる?」
「それはいいけど……あ、いや、いいですけど」
「やだなぁ。いつも通り話してよ」
「いいのかなぁ……」
「いいよ。友達でしょ? それにロムは、僕を利用してのし上がろうとはしないよね?」
「だってそれは……俺のなりたい職に、アド……皇子はかすりもしないから」
「アドルでいいよ。とにかく、君とは今まで通りの付き合いをしたいんだ」
それは構わないが、この場は非常にやりにくい。周囲の目が刺さる。アドルには悪いけど、早く斥候部隊が帰ってこないかなと考えていた。
「でもさ、よく毎日毎日、レヴィの工房に来れたね」
「うん。だけど、もうバレちゃって。今後は中々行けないと思うんだ……」
「そっかぁ……」
それ以上どんな言葉をかければいいか、わからなくなった。沈黙を気まずく感じて、水筒に口をつけた。
「あ~あ、レヴィさんが側室になってくれないかなぁ……」
思い切り、むせてしまった。アドルが心配して背中をさすってくれたが、誰のせいだよと心の中で悪態をついた。アドルはちょっと天然だと思う。
「……す、すごい事、考えるね……」
「だって正室は無理だし」
「レヴィの気持ちは置いておいても、側室にはならないと思うよ。正室になった誰かが悲しむようなことは、絶対にしないと思う」
「そう……だよね……」
国王は今40歳くらいだったろうか。健康で丈夫で武勇に長け、治世も安定して名君との聞こえが高い。崩御する可能性も、退位させられる可能性も低いと思う。高齢を理由に譲位するとしても、早くて10年後くらいか。アドル自身が即位前なら、結婚をしぶっても問題ないと言えば、ない。彼がレヴィを追いかける事ができるのは、あと10年という事になる。
でも確実に終わりが来る恋。落ち込んでしまったアドルの肩を、なんとはなしにぽんぽんと叩いた。
そこへ、斥候部隊の隊長が戻ってきた。今のぽんぽんを見られたかな? と内心焦った。
「ここに居たか! あ、皇子……」
隊長が、さっと跪いた。皇子を見下ろすわけにはいかないから、隊長は立ち上がれない。それに気づいたか、アドルは立ち上がった。ロムもそれにならった。
「僕の事は気にしないで、立って下さい。彼に用があるんでしょう?」
「あっ、はい。……お前、一体どういう報告をしたんだ? お叱りを受けるかと思ったが、全くお咎め無しだったぞ」
「ああ、それはアド……皇子のお陰です。報告の時に、助け船を出してくれました」
「そうだったのですか。痛み入ります」
「別に大した事はしていない。君の部下が優秀なだけだよ」
「こいつが本当に俺の……いや、私の部下であれば嬉しいのですが……お前、騎士団に入る気は無いか?」
「全くありません」
「そうか……勿体ないなぁ」
「それじゃあ、僕は失礼するよ。……ロム、また手紙を出すから」
「わかった。またね」
アドルが遠ざかってから、隊長が改めて話し始めた。
「……お前、皇子とは旧知なのか? それにしたって、タメ口はまずいんじゃないのか?」
「そうですね……すみません。気を付けます」
「まあ、気さくな方だけどな」
アドルはああ言ったが、他人の目がある時は口調には気を付けた方がいい。自分だけでなくアドルに、いや皇子としての彼に悪い噂がついてしまうかもしれない。
「うちの部隊は、もう任務は無いんですか?」
「そうだな。俺達は本隊に合流した事になっているが、実際は何もしなくても問題ない」
「そうですか……」
「なんだ? 残念そうだな」
「……討伐評価が欲しいんです」
「別にそんなのなくてもお前には高評価を出すぞ? 本来の任務に加え、味方のミスをカバーしたんだからな。追加報酬も出るはずだ。逆にあいつは無報酬になったがな」
そう言って隊長は笑った。あいつというのは物音を立ててしまった少年の事だろう。少し同情するが、自業自得だとも思う。
ロムにとっては報酬はどうでもよかった。追加で貰っても保護区に入れる事になるだけだ。それを言っても仕方ないのだけど、少し愚痴りたくなった。
「報酬が欲しいわけじゃなくて、ギルドのランクアップのために討伐評価が欲しかったんです。斥候部隊に入れられないように、技能欄は書かずに出したのになぁ……」
「お前、ここに入りたくなかったのか」
あっと、思った。さすがにそれは失礼な言い方だった。
「すみません……」
「いや、いい。目的があるなら理解できる。じゃあ、行くか」
「え? どこに?」
「この布陣だと、戦力が厳しいところが一ヶ所あるんだ。うちの隊で希望者を募って加勢に行こう。許可を貰ってくる」
ロムの返事も待たず、隊長は走り出してしまった。
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