少年は恐ろしい世界を垣間見た

 保護区に戻ると、アイラスとトールも戻っていた。姿を見ないと思ったら、トールはまたニーナの所へ行っていたようだ。最近よく行っているけど、何の用なんだろう。逆にロムは全く呼ばれなくなった。別に寂しいとかは無いのだけど。


 トールとニーナは共に不老の魔法使いで、何かと話す事もあるのだろう。トールにその内容を、間違って聞いてしまったりしたら、隠さなきゃいけない事も顔に出てしまいそうなので、何も聞かない事にしておこうと思う。


 とにかく、アドルから手紙が来た事、大型討伐に応募してきた事を話した。二人共、とても喜んでくれた。


「どのくらいの期間行く事になるかわからないけど、多分一週間は戻って来れないから、その間アイラスはどうしよう? 一人じゃレヴィの工房に行けないよね」

「護衛なら、わしがおるぞ。道は本人が覚えておろう」

「本当に守らなきゃいけない事態になった時、トールだと困るんだよ。街中で争いが起きたら、魔法使いの方が悪い事になっちゃうから」

「では本来の姿ではどうじゃ」

「……本来の姿って、そういえば見た事ないね」

「虎じゃ」

「余計まずいよ! 何もしなくても捕まるよ!」

「レヴィに、迎えに来てもらうノ、どうカナ」


 師が弟子の送り迎えをするなんて、普通じゃ考えられないけど、レヴィならしてくれそうな気もする。


「明日は工房に行く日だから、頼んでみようか」




「別に構わねえぜ。ずっとじゃねえんだろ。それよりロム、短刀で実戦は初めてだろ。気を付けろよ。自分を過信だけはするな」

「わかった。ありがとう」

「別に礼を言われることじゃねえけどさ……」

「レヴィは、心配してるんだヨ」

「そんなんじゃねーよ! ロムに何かあったら、アイラスが悲しむだろ」

「レヴィこそ、なな何、言ってんノ!?」


 アイラスが顔を真っ赤にさせて抗議した。ロムは、なんだか嬉しいようなこそばゆいような気がした。


「アイラスも心配してくれてるの?」

「それは、だっテ、心配、するヨ……」

「ありがとう。気を付けるよ」




「そういえば、アイラスはもう、絵の依頼は受けないの?」


 途端にアイラスは、苦虫をかみつぶしたような顔になった。つまり返事は聞くまでもなかった。ロムの望みはアイラスが依頼を受けることだけれど、その道のりはとても険しいと感じた。


「受けるも何モ、あっちだって、来ないシ」

「ちょっともったいなかったね……」

「別に平気だシ! お金は、デッサンを、売って、稼いでるシ! もう今年の分、溜まったヨ?」

「へえ……結構、売れてるんだね」

「枚数だけなら俺より売れてるぞ」

「一枚が、安いかラ」


 アイラスは言い訳するように言うが、その顔は少し誇らしげだった。そしてロムを見て、思い出したように言った。


「ホーク先生の絵が、一番売れるケド、二番はロムだヨ?」

「えっ、アドルじゃないの?」

「ロムだヨ」

「そりゃあ出来が違うからな」

「どういう事?」

「アドルの絵より、お前の絵の方が丁寧に描いてんだよ。客は、丁寧さに金を出すからな」

「えっ……」

「別に、そんなつもり、ないケド……でも、ロムを描くのが、一番、嬉しいカラ」

「わしは描いてくれぬのか?」

「う~ん……需要が、無いカナ……」

「解せぬ……」


「俺の方でも、ホークとロムが人気だな」


 レヴィの一言で、場が凍り付いた。意味を理解するのに、しばらく時間がかかった。


「は?」

「え?」

「……ちょっと待っテ。レヴィが、描いてるの、春画だよネ……?」

「そうだが?」

「ロムを、モデルに、してるノ?」

「まずいのか?」

「ダメーー!!」

「なんでだよ! お前が、男と男がいいって言ったんじゃねーか!」

「そうだケド、ロムは、ダメー!! しかも相手がホーク先生とカ!!! ダメ!! 絶対!!!」

「だけどさ、前に一度、保護区の奴らが大人に連れられて来た日があっただろ? あいつら大量に買って行ったぞ」

「えぇ……俺、そういう目で見られてんの……」


 思い当たる節が無くはない。音楽の授業でホークと話していた時に、妙な視線を感じた事があった。ホークはこの事を知っているのだろうか。知ってしまったら、ファンサービスとかしそうで背筋が凍った。絶対に秘密にしておこう……。


 最近レヴィは絵を袋に入れて売っていて、ロムはもちろんアイラスすら、どんな絵を売っているか全然把握していなかったと思う。まさかそんなのを描いているとは、誰も想像できなかっただろう。


「わしは、需要がなくてよかったわ……」

「……まずかったんなら、もう描かねえよ。男はあんま描かねえから、モデルが居る方が描きやすかっただけだしな」

「なんでそういうノ、淡々と描けるノ……?」

「金のためだ」

「架空の男の人、考えるカラ、それを使ってネ……」

「そりゃ助かる。その架空の奴、お前も描いて売ってくれよ」

「なんデ?」

「ロムやホークのやつだって、大体お前が描いたのとセットで買われてたからな」


 もうこれ以上、聞きたくなかった。

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