少年は刀鍛冶に会った

 あれからアドルは頻繁に工房を訪れていた。なんて図太いんだと思う。ロムだけでなく、レヴィも迷惑そうにしていたが、アイラスが嬉しそうに対応するので、邪険にもできないようだった。今も二人並んでレヴィの作業を見学している。なんなんだ一体。


 レヴィがため息をついて立ち上がった。


「ロム、刀鍛冶の工房に行くぞ」

「短刀の件? もう話付けたの?」

「どこに行くんですか?」


 アドルが聞いてきたが、レヴィは塩対応だ。


「お前には関係ねえ。俺とロムは出かけるが、工房で悪さするんじゃねえぞ」

「しませんよ……信用がないなぁ……」

「お前、自分が信用に値すると思ってんのか? 俺は隠し事は嫌いなんだ」


 アドルは言葉を詰まらせた。ロムにはわからないが、彼には隠し事があるんだろうか。それにレヴィは気づいているのか。


「まあ別に、言いたくないならいいけどよ」


 吐き捨てるように言って、レヴィは支度を始めた。ロムは自分の刀と短い木刀を二本持って行く事にした。昼までには帰って来れるかな等と考えていた。




 刀鍛冶は、まさに職人という感じの厳つい男だった。背が高く筋肉質で、熊のようだとロムは思った。刀を打つハンマーがおもちゃのように見える。

 そして無口だ。二人が来ても挨拶もしない。ただ頷くだけ。いつもの事なのか、レヴィは気にせず話を進めている。


「こいつが言ってたやつだよ。ちょっと試してみてくれるか?」


 のそっと男が立ちあがり、表に出て行った。手招きするので慌てて追いかけた。

 外に出ると、熊……いや男は、刀を持って立っていた。腕試しってこの人とやるのか。熊を倒した事はあるけれど、こっちの方がよっぽどヤバそうだ。レヴィは楽しそうにニヤニヤしている。


「ロム、本気でやれよ。死ぬぞ?」

「え? 真剣でやるの……?」


 ロムが言い終わる前に突進してきた。図体の割に速い。刀は首を狙って袈裟懸けに振り下ろされた。本気で殺りに来てる。刀で斜めに受けて力を流し、一足飛びに距離を取った。


「ほう……」


 刀鍛冶が初めて声を出した。熊の唸り声のようだった。

 ロムは斜めにかけていた自分の革袋をはずし、レヴィに投げた。

 命のやり取りに神経が研ぎ澄まされる。こんな感覚は久しぶりだった。


 刀鍛冶は構えもせず隙だらけだが、打ち込むのはためらわれた。レヴィとは違った迫力がある。自分が井の中の蛙だと思い知らされる。

 でもこれは腕試しなのだから、こちらから何もしないわけにはいかない。


 刀を一旦鞘に納め、距離を一定に保って刀鍛冶の周りを移動した。そして、彼が向きを変えるため片足をあげた瞬間、一気に近づいた。迎えるように振り下ろされた刀を紙一重でかわし、刀の柄を握りしめた。この間合いならかわせない。とった。口端が上がっている事に、自分では気づいていなかった。


 しかし、刀を抜く事は出来なかった。レヴィに手首を掴まれていた。


「ロム、本気でやれと言ったが、本気で殺せって意味じゃねえからな」

「ごめん……」

「……いや……わしが、挑発した……」

「縮地に居合術か。お前はやっぱり、ただのガキじゃねーな」


 危なかった。刀を抜いていたら本当に殺していた。力なく、柄から手を離した。


「どうする? こいつは実力はあるが情緒不安定だ。多感なお年頃だしな。お前が嫌だというなら無理には頼まない」

「……何のために……力を求める?」


 自分に問われた気がして顔を上げると、刀鍛冶はロムを真っ直ぐ見つめていた。先程の殺気はどこへやら、とても優しい目をしていた。

 答えなきゃと思って、考えながら口を開いた。


「お、俺は……将来、目指している職があって……そのための、力が……欲しいです」

「……わかった……望みは、短刀二本……だな?」

「え、あっ、はい! ありがとうございます! ……あっ、でも今日はお金を持って来てなくて……」


 レヴィに突然誘われたものだから、手持ちは全然なかった。保護区に住んでいればお金を使う事等ないのだから、持ち歩く癖もない。


「金は俺が払う事になってる。お前は気にするな」

「え、なんで? 払うよ。自分の物になるんだから」

「こいつは礼だ。アイラスを毎日連れて来てくれるだろ?」

「そんなの、全然大したことない。俺が好きでやってるだけだし。礼っていうなら、稽古つけてくれるだけで十分だよ」

「お前がそのつもりでも、こっちとしては納得できねえんだ。本来、弟子は師が養うものだ。俺もそうして貰った。俺がそれをできなかったから、毎日通ってもらっている。あの辺りは治安も良くねえから、アイラス一人で来るのは危ねえしな」

「でも……」

「ガキのくせに遠慮するんじゃねーよ」


 それ以上の拒否はできなかった。レヴィに頭を下げた。刀鍛冶にも頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「いい……それより、刀、見せろ……」


 腰から鞘ごと刀をはずし、刀鍛冶に渡した。彼はそれを抜き放ち、刃を丁寧に調べている。レヴィも覗き込んだ。


「刃こぼれがひでえな」

「この二年間、自分で研いでたから……」

「……明日、届ける……」

「すまねえな」

「あ、ありがとうございます」


 もう一度、頭を下げた。刀鍛冶はじっと見つめてきた。心まで見透かされそうな目だった。


「刀は……心を映す鏡だ……何のために……それを振るうか、よく考える事だ……」


 その言葉は、心の奥深くに突き刺さった。

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